4-7 みんな婚約者のことが好きすぎる(2/6)
「若様!」
「フェリシア……まさか、お前がリーノと婚約することになるとはなぁ……人生、なかなか予想のできないことが起こるもんだな」
「……イヴァン……」
フェリシア様が、眉間にぐっと皺を寄せる。花嫁さんがしていい表情じゃないよそれ……いや、まだ婚約だから花嫁ではないのかな? 言い方が難しいね。
「そんな顔するなよ、今日みたいなめでたい日にわざわざ喧嘩を売りには来ないっての。普通に従妹の婚約を従兄として祝いに来ただけだからな? な、クラリス?」
「はい、おにいさま。おねえさま、今日はアドリーノ博士とのご婚約……本当に、おめでとうございます……! ぼくもとても嬉しいです!」
イヴァン様と腕を組み、清楚でさわやかな水色のドレスに身を包んだクラリス様が天使のような笑顔を浮かべて言った。今日は車椅子ではなく、少したどたどしいながらも自分の脚で歩いている。まあ……ドレスの裾から覗く足首はやっぱり心配になるほど細いし、一歩でも踏み外そうものならすぐにでもそのまま抱き上げそうな雰囲気でイヴァン様が横からがっちり支えてるけどねえ……。
「……ありがとうございます、クラリス様……」
クラリス様の言葉に、フェリシア様も表情を和らげる。
「今日は、すごくお顔色もよろしいです。お身体の調子もよさそうですね」
「ええ、それもこれも、いつもおねえさまがぼくを守ってくださっているおかげです。そのおかげで、ぼくは今日おねえさまをお祝いに来ることができました。ほんとうに、いつも感謝しているんですよ」
「クラリス様……もったいないお言葉です」
「クラリス……」
フェリシア様だけならわかるんだけど、隣のイヴァン様も顔が溶けてるわ。はいはい、いつものやつね~。
「……今日は私は主催側として皆さんをもてなす役目があるから……甚だ不本意だけど、今日一日はクラリス様の護衛をお休みするわ。だからイヴァン、あなたにクラリス様のことを任せます」
「ああ、もちろんそのつもりだ。かすり傷ひとつ絶対につけさせないから安心しろ。もし曲者でも来ようものなら命に代えても守るからな」
「……相変わらず、クラリス様が絡むと表現がいちいち大袈裟ね」
「それについてはお前には言われたくないよなぁ……」
あれ……? フェリシア様とイヴァン様、なんかこう……お互いに対してちょっと、微笑みあってない……? あの二人いつもいがみ合ってるイメージだったけど、もしかして最近少しは関係が改善してるのかな。いや、内面としては信頼し合ってるのは知ってるよ、でも知らない人が見るとやっぱりびっくりするもんね、って話。
そういう意味ではフェリシア様がずっとクラリス様の護衛を続けて、しかもイヴァン様とクラリス様がこのままご結婚されるならあの二人の関係があまりに悪く見えるままだったら絶対よくないよなーとは思ってたからさ。
「まあ……当主が騎士団長で一族郎党みんな騎士揃いのリュード侯爵家にのこのこやってくる曲者がいたらそれは相当なバカだと思うわ……」
「それはそうだな」
うん、そうだね……守りは鉄壁ですよね……。今日は、フェリシア様のご両親に、加えて例のお姉様お二人、それからそのそれぞれの旦那さんも来てるってエド様言ってたものなあ。ここまで全員騎士だもの。ヴェレダ様の旦那さんのダクス領嫡男も、ヴェレダ様と結婚するまでは王立騎士団で修行していたんだって。
マッチョな一族だよな~……ここに飛び込むリーノ様、あなたも大概≪メンタル岩盤≫じゃない? いやまあ婿入りなわけじゃないし飛び込むってのはちょっと違うかもだけどねえ……? あと……それで言うならエド様と結婚する人も同じ話か……。
「それよりも心配なのはクラリス様のご体調よ。よくご様子を見てさしあげて」
「ああ、もちろんだ。調子が悪そうなら絶対に無理はさせないし、それに調子が悪くなる前にこまめに休憩できるようにとお前がこちらの屋敷に部屋と侍女を手配してくれているんだろう? リュード家の家令からそう連絡をもらったぞ」
「ええ、その方が安心だと思って」
「はぁ。……もう二人とも、いつまで経っても過保護なんですから……ぼくは今日、ほんとうにとても調子がいいのに……」
「そう思ってるときが危ないんです」
「そう思ってるときが危ないんだぞ!」
同時に口にして、フェリシア様とイヴァン様が顔を見合わせる。クラリス様が、鈴が転がるように可笑しそうにコロコロと笑っていた。二人はちょっと気まずそうにしてるけど、なんだかんだ仲良しじゃん。
よかったよかった。この従兄妹同士も、このままいい方向に行けばいいのにな。
「ああ、リーノ。今日は本当におめでとう。出来の悪い従妹だけど、よろしく頼むよ」
……一言余計なんだよな。ほらフェリシア様、またすっごい睨んでるじゃん。
せっかくさっきまで和やかだったのに、ほーんと……この≪ノンデリ≫若様はさぁ……。
「イヴァン様。今日はお越しいただいてありがとうございます」
まあ、その辺りリーノ様はまるっとスルーしたけどね。いやリーノ様もリーノ様でさすが相変わらずメンタル強いわ。
「イヴァン様とクラリス様におきましては、僕がフェリシア様と顔をつなぐきっかけをつくってくださったこと、大変ご恩に感じております」
「アドリーノ博士……先日エンテ邸に滞在していただいた際には、大変お世話になりました。そのことについて、ここであらためてお礼を言わせてください。ぼくの方がアドリーノ博士とクロード博士に助けていただいたと思っているので……こうして博士にお礼を言われてしまうと、なんだか不思議な気持ちです」
「まあ、そうだな……俺も、クラリスの件ではリーノに本当に感謝してる。でも言われてみれば確かに、二人が知り合うきっかけというか初対面の場を作ったのは俺だったか……? 俺がリーノに声をかけてエンテ邸へ来てもらって、その先にフェリシアがいたわけだからな」
「そうでしょう。ですからこの場合はお互いに、ありがとうございました……が、いいんですかね?」
「ふふ、そうですね、確かにそうです! ……ほんとうに、おねえさまの旦那様になられる方がすてきな方でよかった」
「……もったいないお言葉です」
お、お? リーノ様がちょっと口角上げてる!? がんばってちょっと微笑もうとしてない!? え~努力っ! 努力してるよリーノ様……!
まあ、確かにね~結婚後の社交とか目上の人と接するときのことを考えたら、少しは愛想笑いくらいはできた方がいいよね!? 練習したのかな~それってやっぱり……フェリシア様のため、ってこと? だよね? えっ、やばい、ちょっとときめいちゃった……!
と、思わず隣のエド様の肩をバシバシと叩こうと思ったら。あれ……。エド様いないな?
あれ……さっきまで隣にいたはずなのに……いつの間にか、どこか行っちゃった?
「……僕たちが婚約するきっかけになったといえば、アリスさんもそうですね」
「えっ、あ、はい!?」
だからリーノ様、その、たまにやるやつやめてください。その急に死角から会話のボールを豪速球で投げてくるの、心臓に悪いのでほんと……私、今ほぼ≪モブ≫だったじゃん。
私今、エド様を探してたんだけど!?
「僕がとある夜会でアリスさんをエスコートさせていただいたことがありまして。あの日アリスさんを心配して駆けつけてくださったエド様に同行なさっていたのがフェリシア様で……その後色々あって僕とフェリシア様が二人で行動することになったんです」
「ええ、そうでしたね。その時に初めて具体的に私たちの婚約の話が出たと記憶しています。……なんだか随分前のことのような気もするけど、実際はたったの数カ月前だなんて……なんだか不思議だわ」
「本当に。そうですね」
微笑み合う今日の主役を前にすると、私もなんだか幸せな気分になって来る。うふふ、幸せのおすそ分けだ。
うん、それはいいんだよ。それはいいんだけど、それはそれとして、エド様は~?
「アリス、どうした? エドか?」
「……あっ、若様! ごきげんよう! そうです、エド様です」
「ほら、あっちであいつの実家連中に囲まれてるぞ」
「あ~……ほんとだ……」
いつの間に……。フェリシア様の親族の……つまりご自分の実家に縁がある騎士様たちに囲まれてるわ。正装だけどねえ、騎士様たちは体型でわかるんだよ……ヒントは筋肉。
「お前はこっちと話してて気づいてなかったみたいだけど、さっき腕をつかまれて連れて行かれてたぞ。お前の方、ちらちら見てたけど」
「あ~……それは悪いことしましたね。助けに行った方がいいです?」
「いや、実家連中との時間を作ってやるのも悪くないんじゃないか? あいつ王立騎士団やめた手前、負い目があってあまりこっちに帰って来てないみたいでな。向こうは全然そんなの気にしてないと思うんだがな~」
そうだね、エド様を囲んでいる騎士様たちの笑顔を見ると、エド様と話したいことが尽きないって感じだ。
エド様が公爵邸に住み込みなのはもちろん知ってるけど、なんかこっちの実家にはあんまり顔を出さないみたいなことは確かに本人が言ってた気がする。なるほど、理由ってそれか……ああ見えて割と繊細なんだよねえ。
確かにあの感じだと、ほんとに親族の皆さんはそんなの気にしてないんじゃないかなぁ? 話が盛り上がっているのなら、私はそれはそれでいいんだけどね。多分、そのうちこっちに帰ってきてくださるでしょう。
「そうだアリス、さっきはフェリシアとの話に割り込んで悪かったな」
「いえ、お気になさらず。主役とあまり話し込んでもいけませんし、切り上げるいいタイミングでしたから」
「そう言ってもらえると助かる」
「ごきげんよう、アリスさん」
「はい、こちらこそ、クラリス様ごきげんよう」
にこにこと無垢な笑顔を向けてくださるクラリス様は、本人が言う通りなんだか調子がよさそうだ。
今日は天気もよくて、さわやかな風を受けて明るい日の光に照らされて……なんか幻覚かもしれないけど、もはやこの美少女、発光してない? 今日は髪の毛も半分上げていて、薄くだけどお化粧もなさっているみたい。
……なんかもう向こうに見える庭園のお花も、彼女を主役に描かれた絵画のために誂えられた背景の一部に見えてくる気がするんだよ……。美少女ってすごいな……。
「そういえば、今日はお前は親族ってことで来てるのか?」
「え、親族ですか? 私、フェリシア様ともリーノ様とも親族ではないですけど……」
「いや。フェリシアの兄の婚約者扱いっていう意味で」
「……ん? どういう意味です……?」
言い方に揶揄うような空気が含まれているのを感じて、私は半眼でイヴァン様を軽く睨んだ。
「フェリシア様のお兄様ってつまりそれ、エド様のことですよね? なんですかそれ煽ってます?」
ん? 喧嘩なら買いますけど?
「いやそんな食ってかかって来るなよ、軽い冗談だろ。いよいよそうなったんじゃないのかな〜そうだったら面白い、もとい、いいのにな~とは思ってるけど」
ほら見たことか、面白いとか言うじゃん!?
そういう人だよねぇ若様は! 知ってるよ!! ギリリィ!




