4-6 こいつほんとにいい性格してやがる(3/4)
「えぇ~? 何をあいつもたもたやってんの? そもそも、夜会でアリスがリーノに口説かれてたとこにわざわざ割って入ったんだろ? そしたらさあ、そのまま告白だろ~!? なんだよじれったいな!!」
「…………いや、私に言われましても……」
え~? じゃあイヴァン様の視点だと、『夜会でリーノ様にエスコートされた私を心配してついて行ったエド様』って構図はもう『エド様は最初から私とリーノ様の仲を邪魔しに行くつもりだった』っていう形に見えてたってこと?
ちょっと正確な状況とは違うけど、ただ、まあ……確かに結果的にはだいたいそういう感じになったのかもしれないよねえ……。うん、だいたい合ってるわ、だいたい……。
「一緒にいる時間が増えたのは事実ですし、間違いなく親密にはなってるとは思うんですけど……その、恋人になってほしいとか結婚考えてるとかそういう具体的な話は、まだ全くないですね」
「ちなみにアリスさんは、もしエドさんにそう言われたらどうお答えになるおつもりですか?」
「う~ん……。そこが、ちょっと難しいところではありますよね……。私ももちろん、エド様には好感は持っていますよ。そうでなければ誘われてもさすがに二人で出かけたり、お兄様とお義姉様が同行する場に連れて行ったりしないです」
さすがにそれくらいの分別はありますからね。
夜会でケガをした次の日、お義姉様に『もしその気がないなら早めにきっぱりそう言ってあげたほうが親切』って言われたことをちゃんと覚えているよ。私は自分としては、その言葉に納得した上で行動できてると思ってる。
「ただ……平民同士ならもっと気軽に『じゃあ試しにお付き合いしましょ』『合わなかったし別れましょ』みたいなのもあるみたいですけど、貴族同士なのでどうしても交際の先に結婚するかどうかとか家同士がなんとかって話になるじゃないですか……。もし別れることになった場合にはやっぱり私の方が絶対に社交界に残る傷が大きいので……多分、エド様がひっかかってるのはそのへんじゃないのかな~って」
「なるほど……理屈はわかるけど、あいつそんな想定して……もしかして別れるかも? とか考えて怖がってんの? エドのやつ、本当に本命に対しては慎重というか臆病というか…………」
……本命。本命、ねえ……。
やっぱりそういうことなのかなぁ。少なくともエド様と幼い頃から兄弟みたいに育ってて、彼のことをずっと兄みたいに慕ってるこの人には、そう見えてる……ってことだよねえ……?
「この状況、傍から見てる分にはほんとに面白いけど当事者のお前は大変だな……」
「私だって多分自分のことじゃなくて傍から見てる立場だったらすごく面白いと思いますけど」
「うん、まあ、そうだよな……。……なんかすまんな」
「謝らなくていいですけど。……本音は?」
「…………言ってもいい? …………従兄が一人で情けない姿晒してドタバタ空回りしてるの、すっ……ごい、面白いなぁ……!」
この人は……また、そんないい笑顔で言うしさあ……!! いや、ほんといい性格してやがるよ。ほんと、そういうとこある!
これがエド様とかクロードお兄様だったらはたき倒してるとこだけど、この人、腐っても若様なんだもんなあ! ギリッ。
「はぁ〜……。……さっき若様は、夜会で告白したんじゃないかなんておっしゃってましたけど。その時点で告白されててもさすがに気持ちにお応えするのは無理だったと思いますね……だって名前と顔しか一致してなかった状態でしたし、なんなら向こうだけ自分のこと知ってたの結構怖かったですし……今なら、うん……。またちょっと状況が違いますけど……」
「……うん、それは間違いなく逃げ回ってたエドが全面的に悪いやつだな。俺相手にじゃれてる暇があるなら、もっと早くに自分からアリスに近づいて好意を示していくべきだったと思うわ。俺も面白がってないでちゃんとあいつにそう言えばよかったんだよなぁ。それについては……俺も、すまなかったな」
……ああ、そうね。確かに寝落ち事件のすぐあとくらいから、あの時は大変だったね、もう大丈夫? ……とかって気遣いされたりとかして、それから少しずつ話す機会が増えて……みたいな感じで段階を踏んでくれたら、普通に自然に少しずつ親しくなってたと思うんだよな〜?
いきなり避けられた上に、接触の機会ができた途端に秒で距離詰めて来たからさぁ。で、そのまま宙ぶらりんだしさ……? だからこういうわけのわからないことになってるんだよね……?
私、悪くないよね~?
「なんだよ~あいつ、俺のところには、今日アリスちゃんががんばってただの可愛かっただのいちいち言いに来てただろ~? あいつ、ほんと、ちゃんと本人に言えよぉ!!」
「はぁ? 若様の前ではそんなこと言ってるんですかエド様。なんなんですか! 私だって、ほんと、ちゃんと本人から聞きたいですけどぉ!?」
「…………」
二人して頭を抱えてうなっていても、もうニコラス様も止めてくれないじゃん……。苦笑いされてるよ……。
「ほんとあいつめんどくさいやつだな……。はぁ……、俺がこんなこと頼む筋合いじゃないのはわかってるんだが……アリス、できれば、エドのこと前向きに考えてはもらえないか?」
「前向き……。それはエド様とのお付き合い? 婚約? そういう話です?」
「ああ。あいつはこれまで色々と大変なことも多かったし、俺も散々世話をかけたし……なんていうか、幸せになってほしいんだよ。面倒見もいいし根はほんといいヤツなんだよ〜……って、俺が言わなくてもアリスはもうそんなこと知ってるだろ? な!?」
そういえば……エド様もイヴァン様のこと、可愛い従弟だしがんばってるところずっと見てたとか言ってたよね。寝落ち事件の頃の心身を心配してたりもしたし……。
なに? この人たちお互いがお互いを大好きなのでは……? 私を挟んで伝書鳩にして従兄弟でイチャイチャするんじゃありません! も~、仕方ない人たちだな!
「例えばの話ですが、実際にアリスさんとエド様が結婚なさるとして……そうですね、アリスさんのご実家のフィッシャー辺境伯家は、アインホルン公爵家と同じ貴族派寄りの派閥ですよね。リュード侯爵家は代々中立ではありますが、ご存じの通りエドさんのお父上である現当主の侯爵ヴィルヘルム様は、旦那様の兄上様で元々アインホルンの家門です。その関係で、ほぼ同派閥と見なされておりますね」
まあ貴族派っていっても、別に王家と敵対しているというわけじゃないんだけどね。敢えて言うならば『王家に対して諫言を行える立場の家』、みたいな感じかな。
「そういう意味では、お前らは家同士で面倒な軋轢とかはないんだな。まあそもそも二人とも後継じゃないからなぁ……嫁入りだの婿入りだので、領地や邸の運営とかを考えずともいい辺りに限っては話が簡単そうだ」
「それこそ、私と妻のように結婚後も公爵邸でお勤めを続けるというのも可能かと思いますよ」
ニコラス様と奥様のぺルラ様は、どちらも伯爵家の三男と次女なんだって。どちらの家もアインホルンと同派閥貴族派の家門。それぞれの親御さんが前公爵様に働き口を紹介してもらって、公爵邸に勤め始めてから職場で出会って結婚したんだそう。
あー……だからこの話が始まったときの若様の『アリスはエドと結婚しても、公爵邸に残ってくれるんだろ?』って言葉が出たわけか? なるほどね、ニコラス様とぺルラ様の夫妻と同じように、二人でここに夫婦で勤めるってこともできるわけなんだね。
はぁ……やっと話がつながったよ! ここまで長い道のりだった!!
「なるほど、家の関係とか結婚後については問題なさそうというのはわかりました。お二人はエド様の為人を昔からご存じかと思いますが……その上で、相手に私ってどうなんですかね……」
「……それはもう…………エドの方があれだけ惚れ込んでるからなぁ〜……」
……ふぅん。イヴァン様から見たら、そうなんだねえ……じゃあほんと、なんで私本人に何も言ってこないんだあの人は。
「絶対お前のこと大切にすると思う」
「そ、そうですか……」
いや、そう真正面から言い切られると、さすがになんかちょっとどう反応していいかわかんない……。
「私もいいと思いますよ。もちろんお二人それぞれのお気持ちについてちゃんと確かめることが前提ですが、お二人の交わす会話など聞いている限りは、価値観なども似ている感じがします」
丁寧な言い回しだけど、まあ、普通に気が合ってる感じするし仲良さそうじゃん、って意味だよね。
「……とりあえず、ですね。若様の言いたいことについてはだいたいわかりました……。ただ実際に、告白もうしてるんじゃないかだのなんだので、私と若様の間の状況認識が完全に食い違ってたわけですよね?」
「まあ、そうだな」
「……これ以上こじらせないためには、やっぱり私がエド様から直接、今後どうしていきたいのか……ということについてのお気持ちをお聞きして、それを受けて私がどうすべきかを判断したいんです。ですから……私はエド様が自分から仰ってくださるまで、その言葉を待つことにします。すべての話はそれからです」
「あぁ……それはそう。それはそうほんとに正論なんだけど……今、そのすべての話が始まるためのスタートライン自体がものすごいスピードで遠ざかって行って地平線の向こうに消えていったぞ……」
そうだねえ~。スタートラインが、びゅーんと見えないとこまですっとんでいったね……。イヴァン様、窓の外の方向見てすっごい遠い目してるじゃん。
窓の外を見れば、このまだ寒い季節にしては暖かい日差しが静かに降り注いでいる。風も穏やかで……なんか……腹立つくらい平和だな…………。
「そうなると、どういう状況になればエドさんが覚悟を決めて素直に気持ちをおっしゃるか、という話になりますね……」
「あいつの性格上、俺とかが変に突っつくと多分余計こじらせて意地を張りそうなんだよなぁ……」
まぁ……想像はできる。……ほんと、つくづくめんどくさい人なんだよねえ。
「結局しばらくはこのまま様子見が一番妥当か……。とりあえず、さっきまでの俺みたいに、じれったいな早くくっつけ……みたいな感情から余計なことはしないように……そういうのを使用人たちに通達しといた方がいいか? はぁ……色恋沙汰って理屈だけじゃ解決しないというのは知ってはいたが、実際はこんなにも面倒で儘ならないもんなんだな……。とにかくアリス、どうかエドのこと頼む。この通りだ」
言ってイヴァン様は、やれやれといった風に肩をすくめて両手を広げた。
使用人に『この通りだ』だなんて、そんなこと言っちゃっていいのかな~公爵家子息の威厳とは……と頭をかすめるけどさ。でももし仲のいい友人が個人的に、大好きな従兄のためにこうしてお願いしてくれてる、って思えば、……それは悪い気がしないんだよね。
普通に考えれば雇用主の公爵様のご子息である若様を友人扱いなんて恐れ多いことなんだけど、そう思わせてくれるこの気安い距離感がなんだか心地いいなと思ってしまう。イヴァン様がわざわざそう振舞っているのはきっとエド様のためなんだろうし、そう思うと余計にね。
「まあ最終的にどう転ぶかはわかりませんが、とりあえず私たちなりのペースでゆっくり物事を進めていこうと思いますよ」
「そうだな。最終的には、いい報告が聞けるよう期待して待ってるからな。頼んだぞ」
「いやあの、それを私に頼まれてもですよ……ほんとに、エド様次第ですからねぇ……」
「それはそう」
「ほんとに。そうなんです……」
私と若様が二人してむむむと唸っている様子をなんだか微笑ましそうに見守りながら机上の書類を整えていたニコラス様が、ふと、私に向き直りおもむろに口を開いた。
「アリスさん……一つ、少し意地悪な質問をしてもよろしいでしょうか?」




