4-6 こいつほんとにいい性格してやがる(1/4)
「アリスさんがいらっしゃって本当に助かりました。いつもありがとうございます」
「こちらこそ、お役に立てて嬉しいです」
ニコラス様にこんな風ににこやかにお礼を言われると、私も悪い気はしない。
彼が今手に持っているのは、ドリスダン語の手紙……というか、依頼書かな。ドリスダン公国はエングリーンを越えてまだ西の先にある、距離的にはここから少し遠い小国だけれど。平地が多くて、アインホルンの領地と気候の似た場所があるんだって。そういう関係で、農産物の取引に関する依頼が来たみたいだね。
私の今日午後のシフトは洗濯場でそっちに向かおうとしてたところを、ニコラス様に呼びとめられてイヴァン様の執務室でこの書類の翻訳やその他諸々の作業を手伝うことになった……という経緯ね。
機会がそんなに多いわけじゃないけど、こういう仕事を頼まれることはこれまでもたまにあった。
「そういえば、そもそもこういう外国語の絡む案件って私がいないときはどうしてたんですか?」
「私も近隣諸国の言語でしたら辞書を片手に簡単な読み書き程度はできますが、アリスさんのように熟達はしていません。ですから、本当に頼りにしているんですよ」
「恐縮です」
熟達というとなんか大袈裟に聞こえるけどまあ……頼りにしてもらえてること自体は嬉しいし、お世辞にも聞こえないから微笑んでお礼を受け取っておく。
……こういう時にこっちも変な謙遜はしない方がいいんだよね? そういう処世術みたいなやつも、ここに来てから私が周りの皆さんから学んだことの一つだ。
「お前が来る前か? 基本は外務局に丸投げだったぞ。もちろん外交に絡む話だし今回だって最終的には外務局に回答を用意してもらうことにはなるわけだけどな。でもアインホルンの領地の話なんだし、せめて叩き台くらいは作って持って行きたくてな」
あー。最終的な判断は外務局がすることには変わりないけど、一応自領の話だし『こう回答するのはどうか』って提案はしたいってことかな? なるほどねえ。
イヴァン様ってこういうところ、地味に割と真面目なんだよねえ。
「だからほんとアリスがいてくれて助かってる!」
「だったらなんか手当てくださいよ。技能特別手当みたいなやつ」
「……なるほどなぁ、特別手当か……。そういうのもありかもしれないな……」
「ああ~いえ! 今適当に思いついただけなのでそんなに本気にとられると困ります!」
「お前の場合ならほら、いつもの感じで甘いものとか? …………いや、ダメだな。最近、お前エドとよく出かけて美味しいもの食べに行ったりしてるんだろ? もう食べ物では釣れないか……?」
いえ、そんなことないですけどね。美味しいものは美味しいので全然いいですけどね。なんぼあってもいいですけど。
「アリスはエドと結婚しても、公爵邸に残ってくれるんだろ?」
「は?」
おっと、目上の相手に対してちょっと低いトーンで圧の強い『は?』が出てしまったよ。
いや、でも、これ、私悪くないよね? そんないきなり斜め上からの寝耳に水なとんでもないこと言われたら、それは『は?』だよね?
「結婚……って何の話です? 誰と誰が?」
「え? お前と、エド?」
「いやなんでですか」
ほんとになんでですか。普通に意味がわからないんですけど。
なんでですか、ねえ。って揺さぶりたいのを必死に抑えた私、偉い。
「……。……その、ですね。……どこから飛び出てきたんですかその発想……?」
「だってお前ら、付き合ってるんじゃないの?」
「はぁ? 付き合ってませんけど!?」
「えっ、じゃあなんで、お前ら休日に二人で出かけたりしてるんだ!?」
……うん……まあ、二人して同じ日に休みを申請したり、普通に二人で公爵邸から出かけていって二人で公爵邸に帰ってきたりしてるもんね。二人とも住み込みだしね。それこそ使用人の皆さんはもう皆知ってると思う。だって別に隠すようなことしてないもん。
私は若干の頭痛を感じて、額を押さえながら声を絞り出すように答えた。
「いや、あの……なんでといわれても……誘ってもらってるからですが……? 予定がない日なら、別に断る理由もないですし……」
だってね~色々と美味しいものとか食べられるところに連れてってくれるんだよね~。まあ、食べるついでに色々お話ししたりとか、買い物に寄ったりとかもするよ?
あ、用事がある日もそうだし、用事がない日でも普通に一人で過ごしたい休日もあるからね、そういう日は普通に断るし。読みたい本を積んでるときとかね。
正直にそう言えばエド様はそれに別に嫌な顔とか全然しなくて、じゃあまた今度ね~って感じで気楽に言ってくださる。そこもいい。
「別に用事のない日は絶対エド様とでかけてるわけじゃないですよ。この間はフェリシア様とナタリア先輩と三人ででかけたりもしましたし……」
そうそう。エンテ邸で約束してた、フェリシア様とご一緒する件、やっと実現したんだよ。
といっても二人ではなくてね。私とナタリア先輩は職場の元同僚で、私とフェリシア様はありがたいことに個人的な友人にならせてもらったわけで、私はお二人をそれぞれ知っているんだよ。ただ、ナタリア先輩とフェリシア様のお二人……未来の夫同士が兄弟で義姉妹になる予定のお二人が、まだあまりお互いのことをご存じではなくて。
だからいっそ私も含めて三人で親交を深めましょうの会、まあつまり普通に王都市街に遊びに行くだけの会をやったんだけどねえ。
「それがですね、聞いてくださいよ若様。途中でナタリア先輩が失礼な男に絡まれちゃって……」
それもこれも、私が平民にも人気のお店に行きたいって強請ったからでね……。そこでナタリア先輩に目をつけたどこぞの貴族の子息が声かけてきてしつこくて。
護衛もつけずに貴族令嬢が三人で平民も来る店に来てたから、つまりは安く見られたんだと思う。あと実際ナタリア先輩がすっごく美人だからってのもあるよなぁ……。
「え、マジか? そんなトラブルに巻き込まれて、お前ら全員大丈夫だったのか?」
「ああ、何事もありませんでしたよ。そもそも護衛を連れていかなかったのはフェリシア様がいたからですから」
「ああ……なるほど。そういうこと……。あいつはその辺りの下手な騎士より強いもんなぁ……」
すごかったんだよ。
私が見かねて店員さんに助けを求めに行って帰って来た瞬間だったんだけど、どうも男が強引にナタリア先輩の腕を引っ張ろうとしたみたいでね。その直前にフェリシア様がドレス姿のまますこーんと足払いしてナンパ男を床にひっくり返しちゃって。
男は何が起こったのかわけもわからなかったんだろうね、目を白黒させてたよ。
その時のフェリシア様、すごーくにこやかに『あら、うっかり足がひっかかってしまったようで申し訳ありません。もしお怪我などなさっていたら大変ですから、治療費などについては必要があれば実家のリュード侯爵家でお話をお聞きいたしますが?』って。そしたら真っ青になって首をブンブン横に振りながら一目散に逃げようとしたの。
さすがに王都で貴族やってるなら末端でも、リュード侯爵が騎士団長だとか侯爵家が代々騎士の家系だとかその程度は知ってるってことよね。はぁ~イケメン仕草。
あれ、言い方は丁寧だったけどつまりは≪表へ出ろや≫だもんな。私もナタリア先輩も、思わずきゅんとしちゃったよ……。
まあ、逃げようとしたところを店員さんが呼んでくれた騎士団の人が来て連れてってくれたんだけどね。
男のしつこい様子に呆れてた店員さんや周りのお客さんたちが口々に証言してくれたから、その後の話もすごくスムーズに進んだよ。
「ナタリア先輩も、あと数秒遅かったら私が手を出していたところだったので助かりました~とか言ってて、彼女は彼女で相変わらずほんと血の気が多いですよね~」
先輩らしくて元気でよろしい。そして義姉妹の二人の親睦が深まったようでそれもとてもよろしい。うんうん。
「いやまあ、フェリシアとナタリアどっちもほんと相変わらずなようで微笑ましいが……」
そうなの。二人ともまさに≪平常運転≫だった。ね、とても心温まるエピソードだったでしょ?
「…………そうか、あの二人って義姉妹になるのか……。いや、ええ……? それって大丈夫か? あの二人が力を合わせちゃったらもう誰も手を付けられなくないか……?」
わかるよ。二人ともベクトルが違うけどすっごい強い女だもんね。≪混ぜるな危険≫てやつかな? 変な化学反応が起こったら手を付けられなくなるかもねー?
ま、それはそれで面白そうだから私は構いませんが?
「まああの二人の話は一旦今は置いておいてだな。エドの話に戻るけどいいか?」
「ああ、はい」




