4-5 義姉と兄の圧が強すぎる(5/5)
「領地に引きこもる、というのなら僕だって可能ならそうしたいですよ……。最終的な野望は領地に私設図書館を建てることですねぇ、完成した暁にはそこにずっと引きこもります」
……そんな野望があったんだ、お兄様。初めて聞いたよ……。いやまあ、お兄様は確かに小さい図書館なら建てられるんじゃないのってくらいの蔵書があって領地の私室でもタウンハウスの自室でも本の雪崩がよく起きてるけどねえ。いつかあの下敷きになって死人が出る前に、確かに一度整理した方がいいとは思うけど……。
というかお義姉様、もしお兄様が『司書になるためには手段を選んでいられません』とか言い始めたら、全力で阻止してよね。ほんとに頼むよ。
「クロード君それさぁ、前も言ってたけど……図書館だとモトがとれないでしょ。貴重な文献もあるんだから、貸本屋にしてお金を取りなよ。商売にしな、ちゃんと。そうやって一度ちゃんと仕組みを整えて、軌道に乗せたらそのまま回ってこっちにお金だけ入ってくるようにしておくんだよ」
「不労所得?」
「いや、管理はある程度しないといけないから完全に不労の所得ではない」
「そうかぁ……残念。働かずにお金が入ってくればいいのに……」
「クロード君、あなたは働いてください。せっかく世のため人のために役立つ能力を持ってるんだから」
「……は~い、ティナさんにそう言われちゃ仕方がないなぁ……僕、ティナさんに見放されたら生きていけないから」
「はいはい。引きこもるのもダメだからね?」
お義姉様はいつものことって感じで軽く流してるけど、改めて考えるとお兄様のお義姉様への愛ってだいぶ、かなり、質量が重たいよね……。
「でもねえ、貸本屋かぁ……。僕としては、本を持ち逃げされると困るから持ち出し禁止方式にして『図書館』の方がいいんだけどなあ」
「それなら、持ち出し禁止方式かつ一律で入館料とるかだね。そうすれば商売として回るんじゃない?」
「え~……、私だったら入館料まで払って入るのならちょっと見て周るくらいじゃもったいないなって思っちゃうかも。私も本が好きだし余裕で一日過ごせるだろうけど、そうなると今度は喉乾いたりお腹空いたりするよね……?」
「ああ、それなら……」
私の言葉に、エド様が声をあげる。お義姉様とお兄様が、なになに? という顔でこっちを向いた。
「いわゆる賭博場で、入場料に一杯分の飲み物代金が含まれてるところがありますね。メニューは基本アルコールでしたけど、ソフトドリンクもありました。別料金でおつまみみたいなのも売ってましたよ」
騎士団時代に、付き合いでそういうところにも行ったことがあるんだって。いわゆるカードゲームとかルーレットとかがあってディーラーさんがいるようなところね。わぁ、いかにも大人の社交場だあ。
「あぁ~なるほど。確かにワンドリンク含めての値段なら付加価値が出て、入館料自体の割高感が薄まるかもしれないね……客層を考えてアルコールじゃなくてお茶とかコーヒーとか果実水にして、もちろん二杯目以降はお金をとって。で、お茶菓子や軽食を提供したらそっちでも利益が出るかもしれないな……」
「ん~、じゃあ、カフェ併設ってこと? それなら、お義姉様が目利きで選んできた商品とかも購入できるようにしたらいいんじゃないのかな……」
「ああ、確かに。小規模のセレクトショップみたいにするのか。そしたらうちの商会が嚙んでるってブランドのイメージ付けにもなる、か……といってもフィッシャー領では既にもううちのブランドは結構強いけどなぁ……」
お義姉様はまだぶつぶつとつぶやきながら、構想を固めているみたい。
「ああでも、最終的にはフィッシャー領に本店を構えて領の観光名所的に据える方向で考えてもいいかもしれないけど、あっちでいきなり人が呼べるかだよねえ……まずは小規模に王都でそのモデルを試しに作ってみて様子を見て……飲食物を出すなら実際本の棄損なんかの問題もあるだろうからどの程度の対策が必要かは検証が必要だし。入館時に身分証必須の会員登録させて弁償の誓約書でも取るか……? いやでもそこまでやると敷居が高くなるよなぁ……」
今、彼女の頭の中では新しい商売の仕組みがどんどんと組みあがって行ってるんだろうなぁ。こういうところ、やっぱりお義姉様は生粋の商人の気質なんだなぁと思う。
「ありがとうエドゥアルト様、おかげでいいアイデアがまとまりそうだよ~! ……あっ……」
お義姉様、エド様に向けて満面の笑みでサムズアップしてから、やっちまった! って顔で固まってる。
「あぁ~油断しちゃったぁ~! せっかくずっと猫を被って令嬢言葉で『ですわ』で接してたのに……商売の話になるとダメだわ、ついテンション上がって素が出る……!」
ああ、ほんとだ。普段通りの言葉に戻ってるわ。まあさっきからお兄様との会話では完全に戻ってたから今更だけどねえ。確かにエド様に対してだけは、ちゃんとしゃべってたか、一応。
「いえいえ、お気になさらず。正直、アリスちゃんに対して気兼ねない態度で接している様子をうらやましいと思っていたところです。どうかマルティーヌ様も、クロード様も。今後俺に対しては気さくに接していただけると嬉しいですよ」
「……あのねえ、エドゥアルト様。そういうとこ、そういうとこだよ」
「えっ、どういうところですか?」
「そういう、距離詰めるのがやたらと速いところだよ! 私にはクロード君っていう婚約者がいるからいいけどさぁ」
はい、そこ、お兄様、いちいちデレデレしない。
「そうじゃなかったら……男慣れしてない生娘だったら『もっと気兼ねなく接してくださいね』なんて言われたら変な勘違いだってするんじゃないの!? この《距離近》の《ガチ恋製造機》! 気をつけなさいよ!」
「えっ!? 《ガチコ》……? ……何?」
ごめんエド様、あとでちゃんと説明するからね……。お義姉様語録はちょっと独特だから、初心者には難易度が高い。
「それならばエドゥアルト様も、どうぞ僕たちに対してももっと気兼ねなく……それこそ、アリスに対するように接してくださると嬉しいですよ。僕とエドゥアルト様、年齢も同じくらいではありませんか? それに身分でいえばエドゥアルト様が一番高いですからね」
そうだねえ、忘れがちだけど侯爵家子息だもんねこの人ね~忘れがちだけど。
「あー……まあ、身分のことは置いておいても、年齢は確かにそうだねえ。なら、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかなぁ。マルティーヌ様もよろしいですか?」
「あーうん、そうね、大丈夫大丈夫。じゃあ呼び方も変えようかなぁ~エドゥアルト様って長いんよ。エッちゃんでいい?」
距離の詰め方爆速なの、エド様のこと言えないよねえお義姉様……。それに対してエド様は爆笑してる。
「その呼ばれ方はさすがに初めてだよ! ほんと面白いね君のお義姉様……!」
「え~なんか、はい。褒められましたか? ありがとうございます?」
「はは、なにそれ!」
エド様は、私のその返しさえも笑いのツボに入っちゃったみたいで、そのまま腹を抱えて笑っている。
馬車が故障する前のような緊張感はもう完全になくなっていて、それが嬉しいような、でもなんだか擽ったいような……なんかちょっと変な気分だな。
「それに、マルティーヌ様ってもしかして俺に対してずっと猫被ってたつもりだったの? 俺、君がこの隣の部屋でゼノンに絡むルイーズ様に掴みかかってるところも見てるから今更だよ?」
「は?」
「えっ!? え、なんでエド様、ルイーズ様のお名前を……?」
あれぇ? 私、エド様にその話したっけ!? っていうか隣の部屋……? そういえば、ルイーズ様と一緒に奥様を訪ねてきたとき、こんな感じの部屋だった気がする! あの部屋ってここの隣だったの!? えっ、じゃあ、えっ。
「……ああ、もしかして、とは思っていたんですが……。やっぱりそうだったんですねぇ」
驚く私とお義姉様を前に、クロードお兄様だけがやけにゆっくりと頷いている。
「あの日……公爵家ご子息とご夫人のお二人の護衛をなさっていらっしゃいましたよね?」
「そうそう、そうだよ~。カロリーナ叔母様とゼノンの後ろ側で護衛として立ってたよ~」
あっ。あー!! そうだ、ルイーズ様がゼノン様に対していきなり跪いたりとか床に伏せたりとかの奇行をし始めたときに対応を迷って動けなかったり、その後も爆笑してた騎士がいた!
あれか! あれがエド様だったの!?
「……マジかぁ。それはいよいよ、猫被って損したな……最初から普通モードで行けばよかった……!! あとクロード君、気づいてたのならなんで黙ってたの!?」
「いや、僕もね、もしかしてそうかなぁとは思ってはいたんだけど……、確証まではなくて」
「あ、じゃあアリスちゃん、ついでに聞くけど……やっぱりあれも気づいてない? バートの嘘婚約式の囮作戦。あの日、アリスちゃんも出発を見送りに来てくれてたでしょ?」
ああ、ナタリア先輩とバート様の嘘婚約式……そう、囮作戦の本物感を増すために、使用人たちもできる限り玄関に集まって皆でお見送りをしたんだよね。私もバート様たちが出発するまでを見送ってから、その後で本物のナタリア先輩のところへ向かったんだった。
見送りってことは、エド様はその時のことを言ってる?
「まあ、変装してたし俺としてはバレてない方が断然ありがたかったからな~」
「もしかして……エド様が、偽ナタリア先輩だったんですか!?」
「あ、よかったやっぱりバレてなかったね! 現役王立騎士団員にはなかなか条件に合う騎士がいなかったらしくて、騎士団は退団した身だけど俺もその日だけは協力したんだよ。バートは世話が焼けるけど可愛い後輩だし、ナタリアちゃんにも同僚としてたくさんお世話になったからね、協力すること自体は全然吝かではなかったんだけど。でもなぁ、女装してる姿で、もしアリスちゃんに気づかれたらって思うとそれはさすがにちょっと嫌だったからなぁ……」
あ~……あの時確かナタリア先輩は、バート様が信頼している彼の先輩が押さえに回ってくれてる、って言ってたっけね? しかも女性に扮しても違和感が少ないくらいに男性としては小柄で、更に言えば出発地の公爵邸周辺や王都の地理や警備についてもよく把握してる……と。
なるほど、言われてみれば確かに条件がぴったりではあるんだ。
「そうだったんだ……え、髪色は?」
「カツラだよ」
「えっ真夏じゃなかったですか!?」
「そう、すっごい暑かった」
「大変でしたね……。……え~、そうなんだ、そうと知ってればもっとしっかり見ておけばよかった勿体ない! もううろ覚えだなぁ、エド様の女装姿……!」
「うん。そのまま今すぐ忘れてね」
「えっ何、女装!? エっちゃん女装趣味あるの!?」
お義姉様、食いつきよすぎだよ。その瞬発力をもっと違うことに使いなよ。
「ちがうよ~、そういうの大きい声で言ってたら変な噂になったりするからやめてね!? たまたま、仕事の関係で必要だっただけ!」
「なんだ、つまんない。もし次の機会に女装することがあったら絶対教えてね! エっちゃんなら、絶対美少女確定じゃん?」
「……元々金輪際やらないつもりだったけど、そう言われて更にその意志が固くなったよ。絶対やらない!」
「え〜? 確かにエド様ならお似合いになりそうですし、もったいないですねえ」
「クロードさんまでそういうこと言う……。本当にやめてください……」
「クロード君が一緒にやってあげたらエっちゃんもやってくれるんじゃない?」
「え? それは嫌だけど?」
お兄様の瞬時の全否定掌返しに、私とお義姉様は同時に吹き出した。
ごめんね、エド様。うちのお兄様こういうとこある人なんだ。エド様は呆れてるけど、多分あれ、私とお義姉様の反応も込みでのあの反応だな。ごめんね、慣れてね。
それにしてももしかして……エド様って、夜会よりも前から実は私の視界にはちらちらと入って来てたのかな。……つまり、≪サブリミナル≫エド様、ってこと……?
んーでもいやまあ、私がエド様という個人を認識してなかっただけでその前から普通に私たちは同僚ではあったわけだし。それ自体は別にそこまで不自然な話ではないとは思うんだけどね?
でもなぁ。私はエド様のこと認識してなかったのに、エド様はずっと私のこと認識してたわけでしょ? ……なんかやっぱ、ずるいよなぁ。




