4-5 義姉と兄の圧が強すぎる(4/5)
修理を終えた馬車は再び快調に走り出し、私たちは無事に会場の劇場へと到着することができた。
お義姉様が後援者の商会長の名前で手配してくれたからだと思うけど、劇場のスタッフさんがわざわざ一人案内係として出迎えてくれて控室まで案内してくれる。観劇自体は通路の向こう側のボックス席なんだけどね、開演までの時間はこの控室でゆっくりくつろげるの。
時間の余裕も十分にあって、私はのんびりと今日の演目案内を見たりスタッフさんにお願いして何か飲みものをお願いしようかなぁとか考えてたりしていたんだけど、お義姉様の『エドゥアルト様』という呼びかけの声に顔を上げた。
「なんでしょうか? マルティーヌ様」
「開演までまだ時間もありますし……少し、馬車での話の続きをしてもよろしいかしら?」
「ええ、もちろん」
あれ? なんとなくさっきまでとエド様の雰囲気が違う? お義姉様の一挙手一投足を気にしてたような感じが薄くなって、少し余裕が出てきた感じがする。
馬車の修理でクロードお兄様と結構打ち解けてたし、そういうので緊張が解けてきたってことかな。
「エドゥアルト様の身辺調査の中で、騎士団で王都治安維持部にいらっしゃった頃のお話をたくさん耳にいたしました。それはもう皆さん、エドゥアルト様はとても親身になってくださって随分とお世話になった……と、商会関係者の特に平民たちが口を揃えて言っておりましたわよ。だからこそ、どうして騎士団をおやめになったのか、皆さんそこを気にされていて……。差支えなければ、教えてはいただけませんか?」
……さっき『なんでやめたんだろね~本人に聞いてみよ〜っと』とか言ってたのと同じ人物と思えないこの貞淑さなんだよねぇ……。詐欺だよねえ。
「そうなんですか? 申し訳ないなぁ、大した理由があるわけではないんですが……。まあ、ざっくり言えば人間関係の悪さに嫌気がさして、といったところでしょうかね」
「えっ。騎士団、人間関係悪いんですか?」
「いや、全体、全員がそうじゃないとは思うよ。俺の周りが特別そうだったっていうだけだとは思う」
王立騎士団は完全実力主義で、爵位や身分が低くても活躍すれば取り立てられる。よっぽど手柄を立てた場合ではあるけど、うまくやれば家が陞爵したり平民でも一代名誉男爵位がもらえたり……なんてのも決して夢ではないらしい。だから、他人よりも手柄を立てたり上の人に気に入られたり……みたいな出世競争に目の色変えて取り組んでいる人たちも、決して少なくはないんだって。ふーん、結構殺伐としてんだね、騎士団って。
ちなみに、騎士様たち……武官だけでなくて文官も基本は実力主義だから、部署によっては同じように殺伐としてるみたいだけど。お兄様が『うちはそんなことないですけどね~』って意外そうにしてて、エド様が『いや、外務局は文官のエリート中のエリートが集まる超精鋭ですからね、しかもクロード様はそこに名指しでスカウトされてるんですからね?』ってちょっと呆れてた。
……やっぱりお兄様、パブリックイメージはかなりキラキラエリート文官なんだわ。私が知ってる怠惰ダメ人間お兄様像とだいぶ乖離してるけど、それはまあ……きっと本人が仕事をちゃんとがんばっているからこそ、そういう成果が出てるわけでね。いいことではあるんだよね。
「実際、俺は本当に恵まれているんですよ。母は代々騎士の家系で父は現役騎士団長ですからね。騎士団の内情にも当然自然と詳しくなりましたし、父や母と同年代の先輩方には子供の頃から可愛がられてきましたから」
ま~確かにその条件なら、実際上の人に取り立てられるかどうかって話になった時は絶対に有利だもんなあ。本人が別にそう望んでなくてもね。そんな環境じゃあ、やっぱり騎士団長の実の息子のエド様っていい意味でも悪い意味でもとにかく注目されてしまうよねえ。だから、常にプレッシャーや周囲からの妬みの視線を感じていたんだって。
「……俺も、決して自分に悪いところがあったとは思ってないですけど。でも俺を妬むヤツらの気持ちを想像すれば、世の中って不公平だなと嘆くのも理解できます。でもじゃあ俺がそういうヤツらと立場を今から変わってあげるってわけにもいかないですし……俺にできるのはせめて、椅子の空きの数を増やすくらいかなって」
競争から降りて≪イチ抜けた≫、ってことかぁ。
どんな組織もやっぱりどうしてもピラミッド型になりがちで、出世すればするほど皆が座りたい椅子の数……つまり就けるポストの数は減っていくからなぁ……そればっかりは仕方ないんだけど。
だからエド様の行動は、自分の心を守るためでもあったし、同時に同僚たちのためでもあったわけなんだね。
「エド様……」
「えっ、何? どうしたのアリスちゃん、そんなうるうるした瞳で見つめてきて」
「……これまで、随分とご苦労なさって来られたんですねえ!!」
私が思わず肩をバシバシ叩きながら言うと、エド様はかなり困惑した様子で瞳を揺らした。
「えっ、ええ……? なんか思ってたのと違う反応来たな……あの、これ、俺喜んでいいやつですかね?」
でもね、本当に偉いと思うんだよ。本人は王立騎士団で周囲の期待に応えられなかったとか思ってるのかもしれないけど、正直そんなのどうでもよくない?
無理な環境で辛いままがんばって自分をすり減らすのはよくないって判断して、ちゃんと楽に息ができる場所である公爵邸っていう勤め先を自分で見つけてらっしゃるんだよ。
言いたいやつには言わせとけ! 少なくとも、公爵邸や私たち共通の知人友人にはそんなこととやかく言うやつはいないから!
「これからはどうか幸せになってください!!」
「……いやアリスちゃん、それどういう立場からの感想なの……? ねえ、君、俺の母親か何かかな?」
「ちょ、誰があなたのママですか!?」
えっやだ、それは勘弁してください!! 私が慌てたのを見て、エド様が先ほどまでとは一転、妙に余裕のある笑みを浮かべる。
「もっとほめてよ~アリスママ~」
「うわっやめてください気持ち悪っ!! 私、あなたのママになる気はないですよ!?」
「ふっ……あはは……」
満面の笑みを浮かべるエド様の顔をぺしぺしとはたいていたら、向こう側に座っていたお義姉様が肩を震わせて笑っていた。
「な~にを仲良くじゃれ合ってるのかなあ、この子たち……」
お義姉様、小声だけど言葉が普段通りに戻ってるじゃん。お兄様もその隣で、相変わらずにこにこと穏やかに微笑んでいる。
「いや…………。よかったねえアリス、なんか……なんかね、安心したよ」
ねえお兄様、それどういう種類の安心なのよ。
でもね。私がそういう小説とかを読みすぎてるだけなのかもしれないけど、なんというか……任務で近しい仲間が命を失ったとかさ、組織の陰謀に巻き込まれて陥れられたとかさぁ……そういう、酷い心の傷になるような話ではなくて……そこはちょっとだけ、安心したんだよね。
もちろんそれが、プレッシャーや妬みに耐えかねたこととどっちがマシか……なんてそこを比べるような話じゃないのかもしれないけど。エド様ご自身が自分の辛い気持ちに向き合ってちゃんと自分で判断して騎士団をやめた。そして公爵邸っていう新しい居場所を自分でみつけた。もうほんとそれで大正解の合格、満点花丸だよ!
「……はぁ~なるほど、エドゥアルト様ありがとうございました。あまり思い出したくないお話でしょうに、詳しく教えてくださって感謝いたします。おかげで納得いたしましたわ」
「いえ、とんでもありません。もし今後私の進退を気にかけてくださっている方がいらっしゃったら、適当にやってるよとお伝えくださいね」
「ええ、承りました。……実はわたくし、エドゥアルト様の口から人間関係と聞いた時に真っ先に女性関係の方を思い浮かべてしまいましたけども……違ったんですわね、それについてはお詫びいたしますわ」
「………………」
……ねえ、なんかちょっと顔色が変わったんだけど、どういうこと。
「あら、もしかしてそちらにも心当たりがおありですか?」
「…………ないことはないです」
「エド様エド様、そこは詳しく」
「えっ、ええ~……? 言わなきゃダメな流れ? これ」
「ダメですね。詳しく!」
「…………先に弁解しておくと、俺の方にはその気はなかったんだよ? ただ、婚約者のいる令嬢が俺にすり寄ってきてさ、その子の婚約者が同僚だったりとか……そういうことが……」
あ~……。まあ、それは確かに揉めるわ……。そもそもその令嬢は婚約者がいる身でありながらゼノン様に懸想していたそうで。それはやめときなよ、今の婚約者に不満があるの? とかって相談に乗ってたら……という流れだそうです。なんかもう全方位に気の毒だよ。
それは一例だけど、似たような揉め事が他にもまあまあ頻繁にあったんだってさ。……巻き込まれ体質かな?
「はあぁ……なんでだろうねぇ〜……。俺は平和に暮らしたいだけなのに……」
「本当にそう思うならリュード家の領地に引きこもるとかしかないんじゃないですか?」
「……うん、まあ、そう。でもそっちはそっちで、上の姉さんの邪魔になる気がするんだよなぁ……。未だにねえ、姉さんよりも男の俺が侯爵位を継げとか、跡取りは王都騎士団じゃなくて領地にいろ……みたいなこと言う年寄りもいるからさぁ」
「あぁ……」
「その状況で、男の俺が王都の騎士団辞めて領地に帰ったらどうなると思う?」
「……それは…………変な意味の意思表示にとられますね……?」
「うん、そういうことなんだよ〜。だからねぇ、それはそれでまた変な軋轢が生まれそうでね……」
「そもそもエドゥアルト様は、リュード侯爵の跡目を継ぐご意思はないんですか?」
「そういえばそうですよねえ。ないんですか? 全く?」
「あー、ないない。ないよ。アインホルン公爵家を継ぐ気はもっとない!」
言われてみれば、エド様ってなんかそういう出世欲とか人の上に立ちたい、みたいな意欲がなさそうだよね。
リュード侯爵家についてはもし他に継ぐ人がいないならやらないでもないけど、上のお姉様とそのお婿さんがもうそのつもりでいらっしゃるし家族の中ではそれで話がついているから別に自分がどうこうというつもりはないみたい。それでも、親戚連中のご老人方にはまだうだうだ言う人たちもいるそうな。
アインホルン公爵家の方も、イヴァン様を押しのけてまで……なんてつもりは毛頭ないそうで。
「跡継ぎ問題に関する揉め事は、貴族社会とは切っても切り離せませんわね……皆さんご苦労なさっているようです」
言い方が他人事~。まあ、平民のお義姉様にとってはまさしく他人事だよね~間違ってはないわ。
でも平民でもさあ、商人であれば店とか稼業とか、農家であれば農地とか。そういうのを兄弟のうち誰が継ぐかとかでそういう競争だの揉め事だのもあって、貴族の跡継ぎ問題と似たようなことになってたりもするとは聞くけどねぇ。




