4-5 義姉と兄の圧が強すぎる(3/5)
「……確かに、本人が言ってたっていう話の通り悪い評判も数は多かったんだけどねえ。改めてその辺りよく調査し直すとね、大抵出所が≪おさわり禁止物件≫なんだわ」
「≪おさわり≫……なに?」
「ああ、ごめんごめん。普段から他にも揉め事起こしてたりして、マトモな人ならあんまり取り合わないような問題のある人物や家、ってことね」
出たよ、お義姉様語録。なるほど……なるべく接触するな、で、触るの禁止、ってことね。
「結構過激な話を言いまわってる人もいるみたいだけど、そういうのに限って他の家ともいくつも揉め事抱えてるような面倒な連中でさぁ。真に受けてるのは≪情弱≫だけで、ある程度の判断能力がある人たち……特に私が情報のやりとりしてるような人たちは、むしろそんな話をわざわざ喧伝されてて気の毒だね~って感じだったよ」
過激な話、ねえ……。それ、あんまり具体的には聞きたくないなぁ。ティナお義姉様も敢えて言わないってのは、そういうことだよねえ。
「なんというか、誰にでも親身になりすぎて、優しくしすぎちゃって……それで逆に、手を離した途端に逆恨みみたいなのを買っちゃう……みたいな感じ?」
優しいから、きっと面倒なのに絡まれやすいんだなぁ、多分。
「あーはいはい、≪メンヘラ製造機≫なのかな。それはまた気の毒なことで」
ま~たわからない単語が出てきた。≪メンヘラ製造機≫?
精神的な健康について世話が必要な人……つまり精神的に問題があったり不安定だったりっていう人、ここで言うならそういう若い女の子のことかな? 製造……っていうと大袈裟だけど、そういう素質のある子に好かれたり頼られたり付きまとわれたり依存されたり。そういう病んだ性質を引き出してしまう人って意味みたいだねえ。≪メンヘラ≫と≪ヤンデレ≫は似て非なるものだけれど場合によっては近い性質と言えることもあるらしい。
……知らないよ。お義姉様語録の語彙が増えていっても使いどころがないよ。さっきも≪情弱≫とか言ってたし。情報弱者? ふーん。なるほどわからん。
「親身になるといえばねえ。そっちは貴族の情報筋というより商会関係者の平民サイドの話だけどさ。王都治安維持部にいた頃は、エドゥアルト様は結構人気者だったみたいだよ。ほら、貴族出身の騎士様には平民の話なんてまともに取り合ってくれない人もざらにいるわけじゃん、そういう連中とは違ってすごく頼りにされてたらしくて。それこそ若い女子たちにとっては≪ガチ恋製造機≫みたいに扱われてたってさ」
王都の若い女子たちが読む雑誌や新聞には、王立騎士団の『推し騎士ランキング』みたいなのがあるんだって。なにそれ怖い。
イケメン騎士たちが名を連ねるそういうランキングに派手に乗ったりはしないエド様だけど、でも実は推してる、みたいな子も数が多くはないけどいたそうでね。
あとそのランキング、ゼノン様とかバート様とか載ってるのかどうか気になるな~ゼノン様は騎士団にいた頃は載っててそう! あの人見た目だけはいいから。見た目だけは。
「≪ガチ恋≫かぁ……でも、わからなくはないかも……。エド様って、誰に対してもすごく気さくだもんね。平民とか、身分や立場が下の相手に偉ぶったりはしそうにないから」
そうなんだよね~。彼が弱い立場の相手に高圧的に接してるところとか、ちょっと想像がつかないんだよ。
「根本的に、性格がお人好しなんだと思うよ。そう考えると、ちょっとタイプが似てるよねえ……」
「え? 誰? お兄様?」
「いや、それよりも、お義父様と似てる」
「…………お父様……? うちの?」
「そう。フィッシャー伯爵。フリード様ね」
急に出てきた意外な名前に私は目を瞬かせた。
「……あ~でも。それも確かに言われてみればわからなくもない。……あの人も使用人とか領民の平民とか、なんでもかんでも誰にでも寄り添って走り回るからなぁ……。娘としては、ほんとに大丈夫かな? って心配に感じちゃうところもあるけど、行いとしては間違いなく美徳ではあるよね」
「…………お義父様はね。一見お人好しすぎて周りにいいように使われてるように見えるかもしれないけど、譲らない一線は絶対譲らないんだよ」
そう言うお義姉様の表情が存外に真剣で、私は思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
「それに利害が衝突したときに双方納得できる落としどころを作って誰も悪者にしない、誰も恨まれない、みたいな状況作るのがほんとに上手い。それでいて自分や自領は不利にならないよう立ち回れる。ああいう調整能力がある人は国内外にもなかなかいないよ。少なくとも私には真似できないな……」
…………全然、ただのお人好しだと思ってた……。お義姉様の中でお父様ってそういう評価なんだね、初めて知ったよ。
「アリスちゃんは身内だから、近いからこそ見えにくいところはあると思う。でもお義父様はね、すごい人だよ。あなたが学ぶべきところはまだまだたくさんあるから、そのつもりでいた方がいいと思う」
そうなのか……。お義姉様がそう言うのなら、今後はお父様の仕事をそういう視点でも見てみるべきなのかもしれないね。
こういう助言って本当に貴重だよね、ありがたい。誰も彼もわざわざ言ってくれるわけじゃないから。ほんと、金言として心に刻んでおこう。
「クロードくんもそれなりだけど、最終的に笑顔の圧で黙らせるみたいなとこあるからな……。あとクロードくんは基本的にのんびりしてて面倒くさがりじゃない? それに対してエドゥアルト様やお義父様は、常にしゃべってて常にちょこまか動いてるよね。こやかましいというか」
「こやかましい……」
「落ち着きがないというか」
「うん、あの、それは褒めてないよね? お父様のことも、エド様のことも」
「褒めてはないけど貶してもないよ? 欠点ていうほどではないでしょ、単純に長所とも言い難いけど。性質だよ性質」
……まあ、確かに言われてみればそういうところあるかもしれない?
お兄様は、貴族としての責任とか仕事がなければ多分本をどっさり持ち込んで自室から出てこないタイプの人間だわ。なんならお義姉様の目や、彼女と一緒にいるための地位や身分のために仕方なく仕事してるけどそれがなければ引きこもってても全然平気そう。
それに対してエド様もお父様も、常にあれこれ動いたりしゃべったりしてるイメージだよね。こっちはそれこそ部屋に閉じ込めてじっとしてなさいって言ったら最後、そのまま退屈で死にそう。
「そういう辺り併せて考えると、むしろクロードくんよりもエドゥアルト様の方がフットワークの軽いお義父様に性質が近いかもしれない」
お兄様が深海魚タイプ、お父様とエド様が回遊魚タイプって感じ? もしくはちょこまかうごく小動物か。
「……それにしてもエドゥアルト様、それだけ市井で人気あったからさ。彼はなんで騎士団やめたんですか~? って結構皆に聞かれたんだけど。実際なんでなんだろうねえ、知ってる?」
「いや、知らないなぁ……」
う~ん、でも。公爵邸に来ることになった経緯については『叔父様に拾ってもらった』とかいう言い方してたからなぁ。つまり他に行き場がなくて、みたいな? 次の職場が決まる前に、不本意だけど騎士団をやめたってことだよね?
……多分、なんかあんまり楽しい話じゃない気はするんだよね。
「そっか~そこだけ気になるな。あとで本人に聞いてみよ~っと」
……とにかくノリが軽いんだよな、お義姉は。もちろん私だって確かに気にはなるし、聞けるものなら聞きたいとは思うけどね……。
「ティナさん、アリス。お話の途中でごめんね。馬車の修理が終わったけど……」
「おつかれさま、話は別に大丈夫……ってちょっともう、クロードくん?」
「え? なにかな?」
「ほらもう、ここ! タイが解けかけてるけど~? せっかく私のリボンとお揃いの柄なんだから、そこはしっかりビシッと決めてよね?」
「あ、……ほんとだ、馬車のどこかにひっかけたかな?」
「もう仕方ない人なんだから……結び直してあげるからほら、はい! 座って座って」
「えへへ、ティナさんごめんねえ、でもありがとう~」
お兄様は自分の胸元でタイを直してくれている至近距離のお義姉様を見つめながら、デレデレと嬉しそうにしている。髪の毛を一筋手に取ってそこに口づけして、『クロード君、邪魔』ってお義姉様に怒られて髪の毛からぱっと手を放してる。で、怒られたのに、というかむしろ怒られて余計にデレデレしてる気がするし、ずっとうっとりした視線でお義姉様を見つめてるんだよなあ。
……あ~甘いです。胸やけがします。もしかして今日一日ずっとこんな感じなのかな。
思わず呆れていたら、私と同じくお兄様とお義姉様の方へ視線を向けながらエド様がこちらに近づいてきた。
「……本当に仲がいいよねえ、アリスちゃんのお兄さんとお義姉さんは」
「…………そうですね」
「微笑ましいねえ~」
は~……。ここで、恋愛小説ならヒーローが『うらやましいな、僕たちもああなりたいと思わない?』とかって決め顔でのイケメン台詞をヒロインにかけそうなもんだけど、言わないところが……エド様だよなぁ~。普通に何の裏もなさそうに二人をにこにことした笑顔で見てる。
……エド様は、作業したと思えないほど全然服装の乱れなんてないんだよ。私が直してあげるとこない。馬車に乗ったときのままの上品なジャケット姿だよ……いや、普通に考えればそれが当たり前だし私も面倒なことしなくていいから楽なんだけどね~?
なんとなくイラっとして、エド様の服の袖を引っ張ってみた。エド様は一度だけ目を瞬かせて私を見たけどそのままえへって感じで微笑んだ。……なんなの!




