↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/79

4-5 義姉と兄の圧が強すぎる(2/5)

「ああお客様……申し訳ありません」


 今日はエド様を私からお誘いした関係で、お兄様がフィッシャー家の馬車を手配してくれている。だから御者さんは、私が小さい頃からフィッシャー家に仕えてくれているよく知ってる顔だ。エド様が『お客様』と呼ばれてるのはそういう事情。

 普段は私用でもアインホルン公爵邸に馬車を出してもらってるから、こうして私がフィッシャー家の馬車に乗るのは久しぶりなんだけど。

 

「皆さま、お怪我などはありませんか?」

「それは心配ありません、俺たちみんな平気ですよ。あなたや馬も大丈夫ですか?」

「お気遣い感謝いたします、私も馬二頭とも問題ありません」


 私も、お兄様とお義姉様に続いて様子を伺いながら馬車の外へと出た。ひやりとした空気が頬を撫でる。辺りは街はずれの裏道だった。

 確かに道沿いの木立ちの枝や葉の上に少しずつ、白く溶け残った雪が見える。

 

「あ~、車輪のここ曲がっちゃってますね……」

「……ああ……本当ですね……」

「車輪、予備はあるんですよね?」

「後ろに積んでありますが……交換となると少し時間がかかるかもしれません」

「わかりました、何から手伝えばいいです?」

「えっ!?」


 エド様と一緒に車輪を覗き込んでいた御者さんが驚いた顔で慌てている。

 

「いえいえ! お客様は若様とお嬢様たちと一緒にお待ちください! 作業は私一人でできますから……」

「何言ってるんですか、こういう作業は頭数揃えた方が速いに決まってますよ! 大丈夫です、俺は公爵家でも馬車での遠出はよくしてますし、車輪の交換も普段から結構やりますから」


 言われてみればそうか。例えば公爵邸の旦那様たちが乗っている馬車に護衛騎士として乗っていたとして、その馬車が故障したなら当然使用人のエド様は修理を手伝うわけだもんね。

 

「そ、そうですか……? ……確かにお嬢様たちを長い時間お待たせするよりは、お手伝いをお願いした方がいいかもしれません。劇の開演時間も気になりますし……」

「そうですよ。せっかくの歌劇、間に合わなかったらもったいないですからね! すいませんクロード様、手が空いてらっしゃいます?」

「ええ、僕もお手伝いしますよ。なんでも言ってください」

「助かります! じゃ、車輪の替えを取り出してほしいんですけど場所は……えっと」

「座席の後ろ側でございます」

「わかったよ」

「じゃあその間に、俺たちでこっちは外しておきますか」

「はい、よろしくお願いします。その、若様……すいません」

「う~ん……今回については僕もエドゥアルト様の言う通りだと思うし、そうなるとやっぱり手早く済ませた方がいいんじゃないかな。今日は寒いからあまりこうして長い時間待つのも辛いしね」

「それは確かにそうなんですが……」

「うちの家の人には内緒にしておこうね」


 使用人である御者さんにとっては、エド様もだけどお兄様に手伝わせることにかなり抵抗がありそうだなあ。考えてみれば、こういうとき普段はクロードお兄様は見てるだけのことが多いかも? 使用人の仕事をとっちゃいけないってことなんだろうねえ……。ただ今回に限っていえば確かに開演時間や寒さも気になるし、エド様の判断もそれはそれで正解な気がするよ。

 身分なんて関係なく動ける人が動いた方が効率がいいはずなんだけどその理屈だけじゃ回らないところ、身分制度とか貴族社会って……本当にめんどくさ……いや、複雑だよねぇ~。

 

「あっ! クロードさん、ほら、作業用グローブもどうぞ! 指輪が傷ついたら大変ですから」

「お気遣いありがとうございます、エドゥアルト様。大切なティナさんとの婚約の証なので、気が付いてくださって助かりました」


 エド様からグローブを受け取ったクロードお兄様の左手薬指には、華奢な金の指輪が嵌っている。もちろん、お義姉様も同じものを身に着けているよ。商会の仕事で諸国を飛び回っているお義姉様とお兄様は今はまだ離れた場所で過ごすことも多いけど、こういうものでお互いの繋がりをいつも確認しているんだって。それにしても、エド様……そんな細かいところよく見てるな。

 

「ええと……あったあった。車輪ってこれですよね?」


 お兄様は作業用グローブを身に着けるのと同時に脱いだコートをお義姉様に預けて、上着とブラウスを肘までまくっていた。お兄様が後部座席から取り出した車輪を受け取ったエド様は一瞬驚いた顔をする。

 

「おっ、これ結構重くないです? 軽々と持ち上げてたけどクロード様、もしかして割と鍛えてますね?」

「いえ、実はお恥ずかしながら……僕は子供の頃にかなり太っていたんです。ですので、その頃のようにみっともない体型に戻ってはいけないなと思って。それに事務官としての仕事も体力があるにこしたことはないですし、一応基礎的な鍛錬くらいはしています。……もちろん現役の騎士様には敵わないと思いますけどね」

「まあ~、そこは確かに負けられないですかねえ!」


 二人が和やかに談笑している声が聞こえてきた。

 エド様とクロードお兄様が仲良くなっているの見ると、嬉しい気持ちももちろんあるけど……なんだか同時にちょっとそわそわするな、なんでだろうね……。

 

「それにしても、お兄様って結構力持ちなんだねえ、知らなかった」

「そうだね。自分でも言ってたけど、クロード君は体力作りの≪筋トレ≫を始めたんだよ。といっても始めたのは最近だからアリスちゃんは知らなくても仕方ないかもね」


 私の視線の先と同じ方向を見ながら、お義姉様がつぶやいた。彼女がしゃべるごとに吐く息が白くなって、ふわりと空へ上っていく。

 

「ほら……また子供の頃みたいに太らないように、ってのももちろんあるけどさ。体力がなきゃ大好きな読書をぶっ続けでやるとかできないからって。途中で倒れちゃうでしょ? 今だから若いってだけでそういう無茶が効くけどねえ、この先身体を全く鍛えてなくてそのまま衰えていくとそういうのも段々難しくなると思うし」

「あ~……」


 そういう動機。なるほど。まあ、結果的にそれで健康になるならいいのかなあ?

 

「少なくとも、私を持ち上げられるくらいには普通に鍛えてるよ」

「えっそうなんだ? ドレスも一緒だと重いよね?」

「……あぁ、うん。ドレスはね……確かに重いかもね?」


 ……ん? なに、そこでどうして視線があさっての方向に向いた? ……もしかしてだけど、ドレス着てないときに持ち上げられたことがあるのかな? 

 ……ドレス着てないってことは、つまり……。……うん。これ下手に突っ込んだらこっちが火傷する案件じゃない?

 

「…………お義姉様」

「……はい…………。ごめん、失言だったわ……」

「その自覚があるなら、私はともかく他の人相手のときには気をつけなよ」

「……だよねぇ~、つい。やっぱアリスちゃん相手だと気が緩むなぁ……以後、気をつけまぁす」


 ……まあ。まあまあまあ。一応勝手に妹の立場から弁解させてもらうとすれば、領地の災害のせいで正式な結婚が先延ばしになってるだけでそういう事情がなければきっと今頃もう籍を入れてるはずの二人だから……うん、ね。二人の普段の距離感見てればまあ、なんとなく……わかるし。

 うちの領地の財政状況もやっと先が見通せるようになってきて、二人の挙式もいよいよ具体的な日程決めに入ったみたいだからね……誤差といえば誤差だよ、うん。

 

 しかしまあ作業をしている男性陣三人を見ると、こうしてお義姉様と二人で待っているだけなのは少し申し訳ない気持ちになる。とはいってもいつものお仕着せを着ているならともかく今日はドレスな上に寒いから上着も着こんでいて動きにくいし、おとなしくしておくしかないんだけど。

 結局私とお義姉様の二人は、置き石に驚いてしょんぼりしてしまった馬に干し草のおやつをあげて励ますことにした。すごく大人しい馬で私たちでも扱えたけど、まあ逆に言えばこれだけ大人しい子だから石に驚いちゃったりもしたのかもだねえ。まだ若い雌馬なんだって。この子が怪我とかしなくて、本当によかったよ。もちろん、もう一頭の元気な方にも一緒のおやつをあげたよ。

 

「そういえば……」


 お義姉様は馬のたてがみを撫でながら、馬の背中ごしに少し離れた場所にいる男性陣の方へ視線を向けつつ言った。

 

「エドゥアルト様のことだけど。騎士団では王都治安維持部に長い期間いらっしゃったみたいだよ」

「え、そうなんだ。元王立騎士団員ていう話は軽く聞いてたけど、具体的に何のお仕事をしてたかまでは知らないなあ」

「ちょうどいいタイミングだから今伝えておくね……エドゥアルト様の評判について、こっちで調査できた分だけでも」


 ティナお義姉様は、男性陣から目を離さないまま続ける。彼ら、いや、エド様がこっちに来て話を聞かれるようなら切り上げないといけない類の話なのかな。

 彼女の次の言葉を待ちながら、私は思わず息を止めていたことに気づいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。