4-5 義姉と兄の圧が強すぎる(1/5)
「失礼かとは存じましたが……今日お招きするに辺り、エドゥアルト様の為人については一通り調査をさせていただきましたの」
馬車の中の空気がピリっと緊張する。私の隣に腰を下ろしたエド様が、ティナお義姉様の言葉に反応して背筋を伸ばした。
「今日もいつも商会が押さえている最上階のブロック席と、セットで通路側の控室を用意させているのですけれど。もしそこで万が一何かしらの問題が起こった場合、我がイロンデル商会の品位が疑われますものね。可愛い義妹と親しくしてくださっているからといって、どんな方でもお招きする、というわけにはいきませんもの。その点はご理解いただけて?」
今向かっているのは、ユルンベルク王都で一番大きくてお義姉様のイロンデル商会が後援者として支援している劇場。そう、去年の春にカロリーナ奥様とゼノン様のお二人が観劇する日と同日に私たちも行って、ルイーズ様とも会ったあの会場だね。
あのときは商会は劇団だけの後援者だったけど、あの件をきっかけに劇場自体にも支援をはじめたみたい。
「ええ、それは至極当然のご判断です」
「エドゥアルト様がそのことにお気を悪くなさっていなければいいのですけれど」
「まさか、そんなことはありませんよ。それで、その調査の結果俺……私は合格をいただけたということでいいんですか?」
「そうですね、書類審査では及第点でなんとか合格……といったところでしょうか。不合格でしたら、そもそもそんな方にお声がけをするとお思いかしら?」
ティナお義姉様の言葉と笑顔の圧に、ちょっとだけエド様の顔が引きつってる。今日の観劇は、元々はお義姉様に誘われてお兄様と三人で行く予定だったところをエド様にも声をかけ四人で行くことになったんだよね。
ほら、最近よくエド様が私をあれこれと誘ってくださっているのでそのお返しというか日頃のお礼というかでね、私から誘ってみたら二つ返事で了承をくれた。
ちなみに、せっかくならエド様も誘ってみたら? と提案してくれたのはお義姉様。
まあ……私だってそれを完全に額面通りに受け取ってはいないっていうかね、お義姉様の提案に深い意味とか何もない、とは思ってないよ。
きっとティナお義姉様とクロードお兄様は、エド様に直接会ってみたいんだよね? つまりは最近私とすごく親しくしてくれてるエド様がどんな人なのか知りたいんだと思う。
さすがにその程度は察してるからね、私も。察してるのはエド様もだろうけど。お互い、口に出して確認し合ったわけじゃないけどね。
「まあ公爵邸にお勤めという時点で身分も品位も十分に保証されているようなものですから、調査といっても形だけですよ。そもそもアリスが公爵邸へ出仕するという話が決まって以降、公爵邸へお勤めの方や出入りの方など、こちらでも一通り調査はさせていただいてますし。ただ、さすが公爵閣下です。皆様揃って品行方正で身綺麗な方ばかりでこちらが驚かされますね」
えっ、何それ。一通り調査した、って結構な人数いるよ!? それを全員調査してんの!?
「可愛い義妹が悪い影響を受けてはいけませんもの、ねえ?」
「そうだねえ」
そういう理由で!? 初めて知ったけど、ねえちょっと過保護じゃない……? って多分、今私が口を挟まない方がいい空気よね? これ。
……あと幼少期にはお義姉様のやんちゃな悪巧みに色々とつき合わされてたわけだけど、ああいうのについては悪い影響じゃないんですかね? ねえ、今目の前にいる張本人〜?
「アリスちゃ……アリスさんは、本当にご家族に大切にされていらっしゃるんですね」
「あら。あらあらあら。普段通りアリスちゃんと呼んでいただいてもわたくしたちは全然構わないんですよ? 先ほども、二人の間ではそう呼び合っていらっしゃいましたよね? アリスちゃん、エド様……と、愛称で……。いえ本当に、随分親しくしてくださっているようで……」
またティナお義姉様の目の形がアーチ型になってる。絶対に面白がってるときの目だよ、あれ……。
もしくは、猛禽類の捕食者の目だよね……エド様は睨まれた小動物かな? エド様、確かにちょっと小動物っぽいよね。
「えっ……それはその…………。……参ったな……。ねえ、どうしようアリスちゃん……」
「そこで私に助けを求めるところがダメですよね、エド様は」
「……うっ、ごもっとも……!」
「ふふふ……二人は本当に仲がよろしいのね。可愛い義妹にこんなにも親密に接してくださる方がいらっしゃって、わたくしとても嬉しいのです。ねえ、普段も休日などもご一緒なさっているようだと聞いておりますけど、どのようなご様子なのかしら?」
「え、え……と、それはその~」
なになに? なんでエド様そんな目を泳がせてるの。普通に二人ででかけてるだけだし、別に隠すようなことじゃないでしょ? と私が口を開こうとした直前。
「……ティナさんティナさん」
クロードお兄様が、ちょっと前のめりになったティナお義姉様の肩をちょんちょんとつついた。
「あんまり質問責めにするのはどうかなぁ? エドゥアルト様も、お困りになっているよ?」
「そうかな?」
「そうだよ。もう少し手加減してあげたらどう?」
「ええ……? 私はアリスちゃんの代わりにこの子にとって大切なことだけを尋ねてるつもりだけど? もしかしてクロード君、私が自分の興味のためだけに質問してると思ってる?」
「まあ……、そうだね。正直ちょっとそう見えるかも」
「………………」
その言葉にお義姉様はちょっとだけ気まずそうに、でもいたずらっぽくお兄様の方へ向けて微笑んだ。あれは『バレたか』って顔だね、知ってる。
エド様は、私の横でちょっとだけ安心したように小さく息を吐いた。
「エドゥアルト様、僕としても妹にとって頼りになる方がこうして側にいてくださることはとても喜ばしいことです。これからもどうか、アリスをよろしくお願いしますね」
「……っ、はい! もちろんです!!」
不意をつかれたように慌てつつもしっかりと返事をしたエド様のその表情を見て、クロードお兄様は一段、笑みを深くする。
……ん? エド様が更に背筋を伸ばした気がするんだけど。なに?
「おっと!!」
「うわっ!」
馬の甲高い嘶きが響き、同時に馬車がいきなり大きく傾いてから急停止した。傾いた側の窓際に身体が引っ張られて倒れ込みそうになるも、隣に座っていたエド様が壁と私の間に腕を滑り込ませて咄嗟に受け止めてくださる。
私を抱き寄せてる腕と反対側の腕でしっかり壁を押さえてくれたおかげで私は頭や身体を打ったりはしなかったんだけどね、それはありがたいんだけどね! 顔、顔が近い!!
私の視線に気づいたのか、エド様は少し慌てて私から距離を取った。
「だ、大丈夫? どこか打ったりとかは……」
「はいっおかげさまでっ全然平気ですっ!! その、えっと! エド様こそお怪我はありませんか!? 腕の上に私、勢いよく乗っちゃいましたけど」
「いやいや、これくらいは全然平気だよ~これでも騎士だからねっ!」
ちなみに同じ馬車内の向かい側では同じような体制で、傾いて下になった側にいたクロードお兄様が上から倒れてきたお義姉様をしっかり抱き留めている。
お義姉様は特に小柄で華奢だから、お兄様が抱き留めないとコロコロっと転がっちゃいかねないもんね、それはわかるんだよ。でもそれにしたってまだずっと抱きしめてる意味なくない? 見つめ合ってる意味なくない? ……相変わらずというかなんというか、この二人は本当に距離が近いよね~。もう照れてすらないんだよ。
二人にとってこういうのがもう日常ってことだよねえ。やだやだ、≪平常運転≫こわい。
「それにしても何かあったのかな……? ちょっと様子見てくるね! ……どうしました~? 大丈夫ですか~?」
エド様は、止める間もなく馬車の扉を開けて半身だけ出しながら外へと呼びかけた。
「すいません! 大きな石が道路上に飛び出していたんですが、今朝まで雪が積もっていたからわからなくなっていたんでしょうね。片方の馬がそれに驚いてしまったようで……」
すぐにエド様の言葉に応じる御者のおじさんの声が聞こえてくる。
エド様は軽く扉の外を見まわしてから、そのまま外へと出て行った。




