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4-3 お義姉様の審判は遠慮がなさすぎる(1/3)

「調子はどう? 夜会で怪我したって聞いてびっくりしたけど、思ったより全然元気そうだね~」


 フィッシャー家の王都タウンハウス、ほとんど使っていないけどいつも掃除の行き届いた私の自室。そのソファに腰かけた私の足元を見て、対面からこれまたソファに腰掛けたティナお義姉様は微笑んだ。

 視線の先の私の足首はまだ一応包帯で巻かれている。怪我をした例の夜会から一夜明けた今、痛みはかなり引いた。念のためと、朝にお医者様が来てくださったけどね。

 

「わざわざお見舞いなんて申し訳ないよ、たいした怪我じゃないんだから」

「いや、単に仕事で王都の方面に来てたから寄っただけだし、たまにはゆっくり話したいって思ったから。アリスちゃんもさあ、最近は普段お仕事で忙しいからなかなかこんな機会も作れないし。それに……たまにはクロード君抜きで女子だけで話すのも楽しいでしょ? まあ、≪ガールズトーク≫っていうか、もうお互い少女(ガール)って歳じゃないけどねぇ」


 クロードお兄様は今、外国へと泊りがけの出張をなさっている。そのせいで昨晩の夜会に来れなかったんだもんね。確かにティナお義姉様と二人だけでこうしてゆっくり話すのは、かなり久しぶりかもしれない。

 

「あとついでだしこれも持ってきた」

「それ、新刊? こっちのシリーズは……見たことないけど」


 お義姉様が部屋に入ってきたとき、一緒に来たイロンデル商会の従僕が鞄から取り出して机に積み上げて行った何冊かの冊子を指差したのを見て、私は目を瞬かせた。

 

「だいたい合ってる。それぞれベールンゲンとドリスダンの若年層向け(ティーンズ)小説。こっちは≪ざまぁ≫主軸の成り上がり系商人もので、こっちは≪異能バトル≫ありラブコメだわ。どっちも地元では結構流行ってるシリーズなんだけど、もしユルンベルクでもウケそうな内容だったら訳して売り出そうかと思ってるの。だからまずアリスちゃんに読んでもらって感想聞きたくて」

「ああ、いつもの依頼か……まあいいけど」


 ルイーズ様の小説の訳語版をお義姉様が手掛けているという事実を知ってから、私は度々この手の話を受けるようになった。なかなかこうして直接渡される機会は少なくて、普段は大抵公爵邸に荷物として手紙と一緒に届くけどね。

 

 お義姉様はイロンデル商会の一員として、こうして色々な地方固有の商品を仕入れては別の場所での販路を開拓する仕事を任されている。他にも日用品とか食品とかも色々と目利きしていて、こういう大衆向け小説なんかについてもその一環だそうで。

 ちなみに本といえばとにかく読んでしまうお兄様に聞かないの? と尋ねたら、クロード君は本ならなんでも面白いって言っちゃう人だから参考にならないんだよ~とのこと。あ~そうね。人が書いた文章なら全てが尊い、書籍文章全肯定お兄様だからね。

 

「私の意見だけで決めるわけじゃないんでしょ?」

「もちろん、色んな人に意見は聞くつもりだよ。でもなかなかユルンベルク人で翻訳前他言語の本をすぐ読んでくれる、かつこういう大衆小説を読み慣れてて目が肥えてる人ってほんと少なくてさぁ~いつも助かってます!」

「まあ私も面白い小説をこうしてタダで読ませてもらえてるわけだしいいけどねえ……面白くなかったら読むのやめるけどいい?」

「もちろんもちろん! それならそれで『ここがおもしろくなかった』のフィードバックちょうだいね、それも参考にするから! あ、それとこっちはルイーズちゃんの新シリーズね。まだユルンベルクの翻訳版は準備中どころかエングリーン母国でも発売前の仮刷りだよ。だからエングリーンの原書だけどアリスちゃんなら大丈夫だよね」


 ルイーズ様、新シリーズの展開始めたのかあ……精力的に活動なさっているんだね。

 ティナお義姉様は最近小説を訳す作業は専門の人を雇っているらしいんだけど、ルイーズ様の作品だけはご自分で翻訳しているみたい。あの子と関わると色々と面白いから〜とのこと。まあ言いたいことはわかる気がする。

 

「ルイーズ様といえば、あの方……私がお会いしたあの日は、ものすごく速足で廊下を進んでらっしゃったけど……思いだす限りものすごく踵が高い靴だったよね……?」

「そうだねえ~。あの子、あの高さのヒールで走るし跳ぶしうずくまるし、大暴れしてたっけねえ」


 実はあの日、私はちょっと日和って低めの踵の靴を履いていた。どうせ同行するのはお兄様とお義姉様で身内だしなーって思って。今思えば、そうでなければ廊下を大股でずんずんと進んでいくあのルイーズ様の速足についていけなかったと思う。

 

「私も昨日は珍しく、ちょっと踵の高い靴を履いたんだよ。だからくじいちゃったのかなぁ……若様に贈っていただいたやつだから履かないわけにはいかなくて。ダンスの時とかもキツくてさ~でもやっぱり、たまには練習してないとダメってことかぁ」

「まあ、それはある。慣れるまでは脚が痛いけど、踵が高いと姿勢は綺麗に見えるよねえ」


 やっぱりそうか~避けて通れない道なんだな……。昨晩の夜会にも、すっごい高いヒールの靴を履いて上品に歩いてる令嬢が何人もいてすごかったよ。まあ、ルイーズ様みたいに大暴れしてる人はいなかったけど。

 

「それにしても、ほんとに皆大袈裟なんだって……ちょっと足を捻っただけなのに担架で運ばれるし……三日は休めって言われるし……」

「担架! ドレスで!?」

「そう、ドレスで……スカートが担架から飛び出してバサーってなってた!」

「あははは、それは大変だったね!!」


 ひとしきり笑ったあと、ティナお義姉様はカップをソーサーへと置いた。カタリ、という音が妙に耳に響く。

 

「……で。ここからが本題なんだけど~……」


 思わせぶりに間をとると、彼女のじとりとした猫のような目が私をとらえる。口元はニヤっと笑っていて、その表情を見て正直嫌な予感しかしない。

 

「……ねえねえ、夜会はさ、クロード君が代わりを頼んだレーヴェ子爵の次男にエスコートされてたはずじゃん? タウンハウス(ここ)まで送ってくれたっていう男性はその次男じゃなかったんだよね? 誰なの? どういう経緯?」


 あ~うん。なんとなく予想はしてたけど、やっぱり今日はそれを聞きに来たのか……。お義姉様、目が爛々と輝いてるよ……。

 ……とりあえず、ちょっと話題を核心から逸らして反応を見てみるか。

 

「……あれ、リーノ様のことはティナお義姉様ご存じなの?」

「レーヴェ子爵次男? 知ってるよ~。あの、全然表情変わらない寝てるんだか起きてるんだかわからない、いっつもむすっとした人だよね!」


 お義姉様は、自分で自分の眉間に指をあてて皺を作ってみせる。あ、間違いなくリーノ様だなそれは。

 

「私、クロード君が留学してる間に何度かダンホイズィアを訪ねたから。その頃クロード君、あの人とよく一緒にいたからね~。直接話したこともあるし」

「ああ、ご本人もそう言ってたよ。あのよくしゃべる、小柄な……って言ってた」

「え!? 覚えてもらってたんだ、意外~! だっていかにも他人に興味なさそうじゃんあの人!」


 ……すごい失礼だけどまあ、確かにそういう印象になるのもわからなくもないよ。もしくは、お義姉様のインパクトが相当強かったか、だよね。

 それにしても……そもそもリーノ様にエスコートされる予定だったとかその後結局リーノ様は私を送らなかったとか、そういうのどうして知ってるのかな……とは思ったんだけど。その辺りを聞いても『まあ、独自の情報網がね~』と誤魔化された。まあ……うちのタウンハウスの使用人の誰かから聞いたとかそのあたりでしょ。私は今公爵邸に住み込みで働いているから基本的に帰ってくることは少ないけど、普段はここにクロードお兄様が住んでいるわけで。お義姉様はお兄様を度々訪ねてきているみたいだし、ここの使用人ともある程度顔見知りなんだろうね。

 

 確かにねえ、出発の時迎えに来てくれた人と夜に送ってくれた人が違ったわけだもんね。使用人は誰も何も言わなかったけど、なんでかなとは思ってたのかも。

 

「で、誰? ねえねえ、誰?」


 いやもう、すっごい眩しい満面の笑顔じゃん……。う~んやっぱりこの人を誤魔化すのは無理か……。

 

「……いや……あの……。残念だけど、お義姉様が期待してるようなことは何もないよ……。庭園へ出てるときに怪我しちゃったから、それを心配して付き添ってくださってて。その流れでうちまで送ってくださっただけだよ~……公爵邸の使用人として同僚の方でさ」

「ふうん。そうなんだ~。よかったねえ、偶然(・・)同僚の方に見付けてもらえて」


 うん、まあ……偶然(・・)では……ないんだけどねえ。

 

「……ふぅん、偶然じゃないのかぁ……。なるほどね~……? じゃあ、どういう経緯なの?」


 一瞬目を泳がせた私の表情を目ざとくみつけて、ティナお義姉様は鋭く突っ込んでくる。……やっぱり私がこの人に口で勝てるわけがなかった。

 

「えーと、それはその……ね……」

「……よし。わかった、とりあえずひととおり最初から全部話してごらんなさい。全部だよ全部。ほらほら。どうせ暇でしょ、時間はありあまってるんだから!」

「えっ、まあそうだけど……でもだからって全部話す理由にはならなくない?」

「理由? それはまあ、面白そうだから? 私が聞きたいんだもん!」


 だからすごいいい笑顔で言うんだよねこの人……。もう観念せざるを得ないか……いいよ負けだよ負け、私の負け!

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