4-2 なんだよこいつめんどくさすぎる(4/4)
「あの……ですね」
「うん?」
「これは私の我儘なんですけど……できれば今後はもう接触しないとかそういうこと言わないでほしいです……」
なんでそう思うのかは、自分でも理由がうまく説明できないけど。
でもなんだか今ちゃんとそう言っておかないと、後で後悔しそうな気がする。
「……そ、そうかぁ…………。あ~……そう言われちゃうと、そりゃ俺だって…………。……まずいなほんとに失敗した…………そんなつもりじゃなかったのになー!」
「ええと……なんか、ご迷惑をかけているみたいですいません……?」
「いや、いやいやいや。迷惑とかじゃなくてね! というかアリスちゃんはほんとに何も悪くないんだけどねっ!?」
「じゃあ、これからも私とお話してくれますか? なるべく接触しない、ってのは撤回してもらえます?」
「……そ、そう、そうだねぇ……」
ん~? なんか煮え切らないな。
思わず下から顔を覗き込んだら、エド様はヒエッとか言いながら赤くなってちょっと後ずさった。東屋の柱に頭をぶつける直前で咄嗟に回避してる。ああ……つい無意識に距離が近くなってたな……クロードお兄様とお話するときくらいに、思わず接近しちゃってたわ……。
あっ。ああー! そうだよ。お兄様で思い出した! この感じね、なんか見覚えあるって思ってたんだ!
ご存じ、うちのクロードお兄様とティナお義姉様は年中イチャイチャの≪バカップル≫夫婦なんですけどね。お義姉様って、わざとお兄様を照れさせて遊ぶ悪癖があって……。例えばわざと人前でお菓子を『はい、あ~ん♡』ってやったりとかするのよね。
で、お兄様もお義姉様にはでろでろに甘いから怒ったり振り払ったりとかせずに受け入れはするんだけど、でも恥ずかしいのは恥ずかしいらしくていっつも真っ赤になるんだわ。それを見たときのお義姉様の満足気というかこう……蕩ける笑顔を毎度毎度見せられてるわけでですね……私はその一連の流れにいつも胸やけを起こしてるわけなんだけどね……。
で、あの時の、恥ずかしくて照れてどうしようもないけど同時にうわ~っ幸せ~みたいなお兄様の表情ね。あれと、今のエド様がね、すっごい似てるわ。
「…………撤回したいのはやまやまなんだけど……もしかしたら、無理かも……」
「え~。……なんでですか」
「ちょ、ええ!? ……あ~もう、参ったなぁほんとに…………なるべく、努力する、けど…………」
…………うーん……。あのね。私だって別にエド様のこといじめたいとか追い詰めたいとかは思ってないんだよ。ただ、普通に今後も今日みたいに、色々お話したいなって思ってるだけ。今日エド様とお話したのは結構楽しかったんだよ、なんならもっとお話ししてみたいと思ってるんだよ。ほんとにただ、それだけなんだけどな~?
「ほんとですか……?」
「え、ちょ、待ってって、近い近い!!」
私がずい、と接近すればエド様は思わず後ずさる。その一連の流れがなんだか楽しくなってきてしまったというか……私の中になんだか妙な悪戯心みたいなものが芽生えてきたのを自覚する。
ははあ……なるほどねぇ、ティナお義姉様は、お兄様を揶揄うときはいつもこういう気持ちなのか……。
なるほどなるほど、これは確かに……。…………ちょっと楽しいかもしれないね……?
「もう!! 足首はもういいの!? それならもう会場に帰る!? なんなら俺が横抱きにして連れて帰ってもいいんだからね!?」
「よっ……!?」
思わぬ反撃に、今度は私が思わず後ずさった。
「横抱きですか!? えっ、ちょっと待ってくださいそれはさすがに恥ずかしいからほんとにやめてください!! それに私、ドレスも合わせて相当重いですしっ! ちょっとこの場で持ち上げるだけならともかく抱えて広間まで歩いて帰るのはさすがに騎士様でも無理なんじゃあ……」
「……ふぅん、そういうこと言う~? そんなに俺が弱そうに見える? こう見えても鍛えてるんだよ? 試してみようか?」
「へっ……?」
「…………」
え、え、なに? すごくいい笑顔でこっちをじっと見てくるんだけど、何~?
「な、何を……ですか?」
「ほんとに俺がアリスちゃんを持ち上げられないかどうかだよ。試してみればわかるでしょ。よしわかった、一回やってみようか!」
ニヤリと笑いながら、エド様はその場で両手の掌を上に向けてわきわきと動かしている。横抱きってつまり、あれよね。エンテ邸で若様がクラリス様を抱っこしてたやつじゃない……? いわゆる、お姫様抱っこ。
つまり? エド様がその腕を私の膝の下と背中に通して、それから私がエド様の首に手を回して、ってこと……? なんなら顔を寄せちゃったりして……?
少女小説の挿絵で周りに花が飛び散っていそうな構図を自分に当てはめて想像しながら、段々と顔が火照ってくるのを感じる。いや……無理! それは、無理じゃない……!? いろんな意味で!!
「無理です! ムリムリ!! ほんと無理ですって!!」
「…………はあ。もー、冗談だからね、冗談! そこまで全力で拒否されたらさすがにちょっと凹むなー。揶揄われる側の気持ち、わかってもらおうと思っただけなのに……」
……あ、あぁ~やられた、そういうことか! 本気で言ってるわけじゃなくて、私がエド様を揶揄おうとしたからそれをそのまま鏡みたいにやりかえしてきただけ……。
それに対してこんなに本気で照れちゃったのか! あー! なんか悔しい!!
「俺のこと揶揄うのがちょっと楽しくなってきて調子に乗り始めてたの、わかってたからね? これからはね、そういうのはやり返されてもいい相手だけにするんだよ。わかったね?」
エド様はそう言うと、私の頭を軽くぽんぽんと叩いた。その手の大きさと暖かさに、私はふとお兄様を思い出す。……エド様って若く見えるし雰囲気も気さくでなんだか同年代のように思ってしまうけど、フェリシア様のお兄様で、私より年上のイヴァン様の従兄で……実際はお兄様と同じくらいの年なんだよね。
……うん、だからね。私より大人なのは事実そうなんだよ。でも私のことこうやって子供扱いするのはどうなの? なんなの? 私はお前の妹ではないのだが……? ……なーんか、一度収まってたのにまた胸の中がもやもやしてきたな~……?
「その……お話中のところ、失礼します……」
遠慮がちな声に顔を上げると、エド様の背中の向こうに人影が見えた。
「…………ああ、見回りの騎士団員? ご苦労様〜」
「いえ、職務ですので。そちら、フィッシャー伯爵令嬢様……でお間違いないでしょうか?」
「え、ええ。はい」
いきなりエド様以外の方と顔を合わせるなんて思ってなくて慌てる。
どうしようまだ顔赤いままだったら……心臓もまだバクバクいってる気がするし……。
「リュード侯爵令嬢様にお話を伺いまして。お怪我で歩けない状態で東屋にいらっしゃるはず、とお聞きして参じました」
「ああ、見回りじゃなくてアリスちゃんを探しに来てくれたのか。フェリシアが頼んでくれたんだね。さすがあの子は、こういうことによく気が回るなぁ」
声をかけてくださった騎士様がこのチームの隊長なのかな。その後ろに、隊長よりは少し年若そうな騎士が二人で合計三人。後ろの騎士は、何か長い棒に布をぐるぐると巻いた旗のようなものを背負っている。
「お怪我と伺っていなかったら、お二人の逢瀬のお邪魔なんてしなかったんですけどねぇ、すいません」
「逢瀬……」
旗を背負った若い騎士が軽い調子で言った言葉を思わず繰り返してしまう。えぇ……? でもそうか、わざわざ人気のない庭園に二人で抜け出して東屋にいるという状況、しかもこの距離感ね……。まあ、客観的に見たら確かに私とエド様が逢瀬を交わしてるように見えるのも仕方ないか……。≪こんなつまらないパーティー、二人で抜け出しちゃわない?≫をやっちゃってたように見えたかな?
実際は抜け出したのは私が緊張しすぎたからだし、連れ出してくれたのはエド様でなくてリーノ様なんだけどね。
その後、軽口騎士は隊長にしこたま怒られていた。うんうん、余計な軽口はよくないよ、反省しな~。今日予定してた恋人とのデートが急遽入れられたこの仕事でダメになったんです〜ってぶつくさ言ってて、まあそれは確かに可哀想ではあるけどさ! だからといって参加者に毒吐いちゃダメだよ。
それから私は騎士様たちがもってきてくださった担架に乗せられて運ばれて、王城の医務室で手当てを受けた。そう……布のついた旗みたいな棒は、布を広げると担架だったの……。正直担架に乗るのは恥ずかしくてかなり抵抗したけど……でも確かに歩かなくてよくて、楽でした……ありがたいことです。
医務室では炎症抑えの湿布を貼りなおしてもらって痛み止めの薬湯をいただいた。
リーノ様はハチの件でまだ色々と動き回っているらしくて合流は難しそう、と会場の様子を見てから医務室へと帰ってきたエド様が教えてくださった。そういう事情もあって、私は夜会会場の広間へは戻らず医務室からそのままフィッシャー家のタウンハウスへと帰宅することを決めた。
エド様はその旨をリーノ様へと言付けする手配もしてくださった上に、そのまま私をタウンハウスまで送ってくださった。




