4-1 博士の提案は理詰めがすぎる(6/6)
「それで? そのもっと条件のいい相手が、俺……って話の流れ?」
「それはつまり、エド様がアリスさんのことを大切にお想いになっているとお認めになるんですね?」
「いやいやいや待って、何を言質取ろうとしてるのこっわ」
「……実際、もしエド様がそうおっしゃってくださるなら、アリスさんにとっては僕よりも余程条件のいい相手かと思いますよ。…………ていうか、そういう人がいるんだったら先に知りたかったですよ。後から揉めるのはすごくめんどくさいですからほんとに」
あ、本音はそれね。それにしたって、本人を前にそういうこと言っちゃう? ほんと、誠実っていうか思ったこと全部そのまま言っちゃう人なんだなぁ! ちょっと笑っちゃうからずるい。
まあそういうの、わかりやすくて嫌いじゃないんだけどねぇ。貴族としてはどうなのかっていうのはちょっと一旦棚上げしてさ。
あと、基本無表情で喜怒哀楽が全然読めないんだけど、何故か『嫌』だけはちょっと読めるんだわ。今、ものすご~く嫌そうな顔をしてる気がするんだよね~。
「それにですね……、普段僕は基本的に薬草や実験結果の数字とばかりと対話する生活をしていますから、人間の気持ちの機微に疎いところがあります。特に、女性の扱いは本当に苦手で……。よく、このユルンベルク王国はいわゆる王立貴族学院のようなものがないので貴族の子女同士の出会いの場がない、という話が出ますよね」
「ああ、そうですね……。学院を作ろう、って話は貴族たちの間で度々出るらしいですが……何しろ初期投資を考えると、他に必要なところがいくらでもあるから、と後回しになっているみたいですね」
「僕はご存知の通り、クロードと共にダンホイズィアの学園へ留学していました。もちろん同級生に女性もいましたが……そういう浮いた話はゼロでした。完全に。欠片もありませんでした。悲しいほどに」
そんなこと言われても反応に困る、反応に困るよリーノ様!! 肯定も否定もできないよ!
「あ、ああ~……。そ、そうなんだねえ……」
私とフェリシア様が黙り込んでるからか、とりあえずエド様が顔を引きつらせながらも相槌だけ打ってくださった。
ごめんねありがとうエド様。
「周囲では、結構カップルが成立していましたよ。皆さん若い盛りですしね。まあ僕はその中で全く一人を貫きましたよね。多分……この空気の読めない性格のせいだろうという自覚はあるんですが」
いや自虐≪ぶっこんで来る≫じゃん!?
「……いやその自虐ネタ、自分で言っちゃう……?」
あれ。私の心の声とエド様の台詞、内容が完全に被っちゃったよ。エド様とうっかり気が合っちゃったんだけど。
「というか空気読めないわけじゃないんです。読む必要を感じないだけで」
自覚ある上に開き直ってんだわこの人……ほんと面白いな。
ちなみにうちのお兄様は例のごとくお義姉様一筋すぎて周りにも延々と惚気ていたせいで、そういう意味で女性が全く近づかなかったらしい。あいつに近づいたらやばいなって思われてたんだと思う。リーノ様も仰っていたけど、実際何度かお義姉様がダンホイズィアまで訪ねていったらしいし。
そこまでする? って感じだけど、それってやっぱり周りを牽制してたのかな。まあ、深い意味はなくて『会いたかっただけ』な可能性もあるけど、あの≪バカップル≫の場合は。ほんと≪平常運転≫で≪バカップル≫だからねあの二人。
「その点、女性の扱いにも長けていらっしゃるエド様とでしたらきっとアリスさんも朗らかに暮らすことができると思うんです。身分もお仕事も問題ないですしね。ご結婚後も、お二人でそのまま公爵邸へお勤めになる、というのもよろしいかと思いますよ」
「だからぁ、ちょっと待ってなんでそうなるの!?」
……あれ? なんかエド様、結構本気で照れてない?
「というか女性の扱いに長けてるって!? それはそうだよ俺、姉が二人と妹が一人っていう構成で女の姉妹たちに挟まれてるんだよ……しかも全員騎士、全員すっごく強い。小さい頃からさ、あの人たちの機嫌を損ねないようにって立ち回ってたらこうもなるでしょ……」
「いや、私たちのせいにされるのは心外なんだけど。お兄は元々そういう性質でしょう?」
「えっ」
「八方美人で口だけ達者。小さい頃から変わらずそんな感じよ」
「……ええ~、そうかな……?」
「実際、大層おモテらしいですし」
「モテ……てない、あれはモテてない。なんかすごい精神的に問題抱えてる系の子ばっかり寄ってくんの俺。変な依存されるのとかはもうほんと勘弁してほしいんだけどなぁ……」
変な依存? なにそれこわ。
「そんなエド様から見てアリスさんはどうなんですか? 少なくとも彼女は精神的に問題があるタイプではないでしょう?」
「……まあ、俺の歴代の自称彼女たちに比べると聖女か女神か天使か、ほんとそんな感じだよ? 拝みたくなるほどだよ。いや、いやね? でもさぁ~……」
「お綺麗というよりはお可愛らしいという形容が似合う方ですよね。やはり兄上との兄妹仲がよいからでしょうか……目上の方や年上の方に素直に頼ることができるように見受けられますし、愛嬌があって可愛がられるタイプかと」
「ああうん……確かに懐いてくれたら可愛いだろうなって思う……」
「そもそもとても努力家で優秀な方ですから、皆さんアリスさんに目をかけるんですよ。エンテ領で一緒にお仕事をさせていただきましたが、書類作成なんかもとてもお得意ですよ。外国語の能力については今更説明は不要かと思いますし」
なんか……なんかすごいほめられてる!?
あまりの気恥ずかしさに意識を失いそうになっている間にも、私がとめる間もなく二人の会話が進んでいく。
「まあ、うん。それも、うん」
「奥様にお迎えしたい、隣にいてほしいとは思いませんか?」
「…………まあ、うん。そうだね……」
え、ちょっと質感がマジっぽいんだけど。どういうこと? ねえちょっと待ってエド様! この人……本気で言ってる?
「エド様は、アインホルン公爵家の後継として立つ可能性も十分にある地位にあるお方ですからね。騎士としての実力も申し分ない方だと、兄様が言っていましたし」
……ん? アインホルン公爵家の後継? どういうこと?
考えてみれば私、この人のこと全然知らないんだよね。アインホルン家付きの護衛騎士ってこと以外には、フェリシア様がエンテ邸で教えてくださった『騎士団長の息子でイヴァン様とゼノン様の若様兄弟の従兄』ってとこまでの情報しかないんだよなぁ……。
あ、あと『女好きでウザ絡み』も言ってたかな。本人前にすると、ふーん……なんとなく、わかるような? どうなのかな? って感じだけどね。
「えぇ~? いや、後継ってのは大げさだなあ……。俺にはそんな気は全然ないんだけど……。いやでも、もし周りからそう見えてる可能性あるんだったら気を付けなきゃいけないのかもな……面倒な事態はできるだけ避けないと。そういう意味では、今教えてもらえて助かったよ」
深いため息をついてから、エド様は言葉を続けた。
「……俺としてはね。叔父様に拾ってもらった恩があるから、せめてもう少しマトモにイヴァンの補佐くらいはできるようにって思って。それで領地経営の書類周りとかを教えてもらってるだけなんだけどね……」
「とはいっても、血筋としてはその可能性はありますよね」
「まあ、一応はね。前公爵のお祖父様とは直系で血がつながってはいるから。だからイヴァンに万が一があって、しかもゼノンが国に帰ってこないってなった場合とかに継いでくれ~って頼み込まれる可能性もまあ、なくはないけど……」
ふう……と追加で更にもう一つ、憂鬱そうなため息をついてからエド様は言葉を続ける。
「……前向きに旅立ったゼノンはともかく、イヴァンがどうとか、そういうのはあんまり考えたくないかなぁ。普通に心身健康でいてほしいと思ってるよ。あいつはほんとに責任感が強くて、あいつが人一倍努力してるのも側で見てきたからね。ゼノンもね、見つけた夢をしっかり掴んでほしいし。二人とも、可愛くて自慢の従弟なんだよ」
……あれ? これまでずっと……特にフェリシア様が来る前後くらいからはずっと慌てふためいてるし、落ち着きないし、なんかとにかく忙しない人だなぁって思ってたけど。従弟の話題になった辺りから、ちょっと雰囲気変わったな?
……ふ~ん、そういう大人っぽい表情もする人なんだ……。
「あ、イヴァンとゼノンについてだけ褒めちゃったけど、もちろん実妹のフェリシアもすごく自慢の可愛い妹だからね! クラリス様の護衛になるって決めたらその道をまっすぐ進んでさ、有言実行で……そのためにすごくがんばってるし、真面目だし、本当に強くてすごい子なんだよ?」
うん、そうだね。それについては私も同意する。とても芯のある強い志を持った、素敵な方だと思うよ。
「ほら、フェリシアちゃんもちゃんと褒めておいたよ! だからイヴァンたちにやきもち焼いちゃだめだぞ~?」
「ちょっと、褒めろなんて頼んでないわよ!? あとちゃん付けとかそういうのやめてよ! 恥ずかしいから!」
「も~照れちゃって~可愛いなあ!」
言っている内容は完全にただの軽口なんだよね。でも、フェリシア様を見やる微笑みがなんだかとっても優しくて、私は思わず目を奪われる。
その穏やかな瞳が、いつも私の心を暖かく包んでくれるクロードお兄様の印象と重なった。




