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4-1 博士の提案は理詰めがすぎる(1/6)

「あぁ~……緊張したぁ……」

「……まあ、最低限の義務は果たしましたし……。少しくらいこうして息抜きをしても許されると思いますよ……」

「息抜き……。そうなんですよね、そういう文字通りの意味でおっしゃったわけではないとは承知した上で言うんですけど、実際にコルセットもキツくて正直息がし辛いです……ドレスも重いですし」


 私の髪色をもう少し深くしたようなモーヴピンクのこのドレス。質もよくてデザインもすごく可愛いんだけどね、クリノリンの骨でぶわっと広がった布がね。量がね。……重いんだよね……。特に最近はデイドレスですらなくて動きやすいお仕着せで過ごすことが多いから、余計に普段とのギャップが辛い……。

 

「はぁ……こういう夜会用のドレスなんて普段着ないからなぁ……私、ほんとにおかしくないですか? 場違いじゃないかなぁ……」

「まさか。とてもお綺麗ですよ。だというのに……エスコートが僕なんかで本当によかったんですかね……」

「いえいえ、そもそもはうちのお兄様が無理を言ったからですよね……! 私もお兄様も助かりましたと感謝こそすれ、リーノ様がお気に病む必要なんて何もないんです……!」


 そう……本来今日エスコートしてくださる予定だったお兄様は、今私の隣にはいない。なんでも急に外務局の仕事で外国への出張が入ってしまったらしくてね。で、お兄様とそれからまだエンテ邸にいらっしゃるイヴァン様の二人から頼まれたバーターがこのリーノ様。

 まあ、お兄様が頼むなら彼よな、ってのもわからんでもないけど。聞けばお兄様だって一応友人とかそれなりに仲のいい同僚とかもまあいるはいるみたいだけど、私と面識がある人という条件つきだとまあ確かに……リーノ様くらいしか選択肢がないかもね。

 

 私のドレスと揃いのお兄様のスーツも仕立て上がってたからちょっと残念だけど、それはそれでまた別の機会に着てもらおう。

 そんな経緯で本当に急に決まったリーノ様の参加だったから、彼のスーツは私のドレスと色味の似た既製品をお直ししたもので納期超特急。胸元のチーフだけが私のドレスと共布で、まあギリギリ揃いの装いの範囲でしょう。

 

「まあお互い、こういうのも勉強ですか」

「そうですね……このまま公爵邸に使用人として勤め続けるなら、夜会の主催の方に回る可能性も高いですし……」


 最近はたまたま機会がないらしいけど、以前は結構頻繁にアインホルン邸でも夜会を開いていたみたい。

 まあ……多分ゼノン様のお相手を探すためっていう目的があったからかなぁ? だからゼノン様がいらっしゃらなくなって、最近は頻度も減ったってことなのかもね。

 

「それもそうですが。アリスさんは結婚なさって貴族夫人になる可能性もありますよね? そうなれば社交で夜会や茶会へ出席する義務もあるんじゃないですか」

「え? ああ、まあ一応、そうですねえ……」


 貴族夫人かぁ……。まあ、嫁入りする相手がいないんですけどね~。ははっ……。

 

「まあ、王太子妃殿下へご挨拶はできましたし、最低限一曲は踊りましたしね。少し風に当たったら会場に戻って、あとは適当に美味しいものでも食べて帰りましょう……」

「そうですね……」


 リーノ様も私に負けず劣らずでこういう夜会とかにはめっぽう縁も興味もないみたい。エンテ邸からの復路の馬車でも仰っていたとおり、招待状も普通に無視するつもりだったらしい。……そういう、ちょっと浮世離れしてるというか、あんまり世間体を気にしないところあるんだよねえ、リーノ様。

 お兄様とかイヴァン様は、この人のそういうところをちょっと心配してるんじゃないかなぁ……? ある程度は付き合いもしていかないとねえ、貴族社会で生きてくなら……。まあ、口に出して本人には言わないけど。

 っていうかこの内容って全部自分にもブーメランで刺さるから、確実に≪お前が言うな案件≫なのよね……。

 

「もう少し歩くと東屋(ガゼボ)がありますので、一度そちらへ腰かけて休みませんか? ……あそこなら、今の季節まだギリギリ残っている紅葉が見えると思います。これから冬にかけては植物自体は葉が落ちて寂しい見た目になりますが、代わりに枝に白く積雪したりもします。噴水が凍る様もなかなか美しくて見ごたえがありますよ」


 あまり自分からしゃべる印象のなかったリーノ様が、今日はなんだかちょっと饒舌だ。なんとなくだけど……少し、機嫌がよさそう?

 

「リーノ様……庭園のことについて、随分お詳しいんですね?」

「……ああ、ええと……。そうですね、そう……かもしれないです。僕の父様は子爵ですが庭師で、王宮庭園管理官というお役目をいただいています。この庭もアルノルド父様が整えているんですよ」


 へえ、そうだったんだ。王宮の中庭の管理を任されるってことは間違いなく国でトップレベルの庭師ってことだよね。

 

「僕たち兄弟は、幼い頃に母様に連れられてよくここへ来ていましたから……もちろんその頃は父様はまだ管理官ではなく、下っ端でしたが」


 私はその王宮庭園管理官という役職を初めて聞いたんだけれど、所属は内務局なんだって。官吏の中では文官に区分されて、その中で特別な技術を持つ職人さんということで技官。

 リーノ様も薬学研究院の研究者なので、同じく文官の技官だね。

 

 ちなみにイヴァン様とクロードお兄様は、それぞれ法務局と外務局に所属している、文官の事務官。更に言えばバート様も王立機関である王立騎士団にお勤めで官吏ではあるんだけれど、騎士様だから文官でなく武官になるみたい。

 国の官吏さんたちにも、色々と区分があるんだねえ……領地にいた頃は、本で国の組織体系とかを勉強しても正直ピンとこなかったもんだけど。だってあの頃は、私の周りに国にお勤めしてる人っていえばクロードお兄様と、それから元文官のフリードお父様の二人しかいなかったから。

 

 ナタリア先輩襲撃事件の後の会議や婚約式の前の挨拶に邸へといらっしゃっていたレーヴェ子爵アルノルド様のお姿を思い出すと、なるほどなと思う。そっか、あの騎士様と並んでも遜色ないたくましい筋肉とか肌が日に焼けた感じ、屋外の庭園で力仕事を任されてる職人さんだからなんだね……。

 管理官なので本来ならもう設計の最終チェックだの部下への指示だけだのして仕事を回すべきなのに、どうしても現場で作業したがるもんで部下たちは困っているようですよ……とのこと。

 ふふ、それも実際のお姿を思い出すと、なんとなくわかる気がするなぁ。うちのフリードお父様も割とそんな感じだから、ちょっと親近感があるね。

 

 この広い庭で、延々と走り回って体力がつきすぎた結果運動能力その他才能を開花させたのがバート様、植物の植生に興味を持ってそっちを突き詰めて行って研究者にまでなったのがリーノ様……ってことなんだって。レーヴェ子爵家は領地なし貴族だから、リーノ様やバート様にとってはこのお庭が、私にとっての故郷フィッシャー領みたいなものなのかもしれないね。

 

 相変わらずこの人表情自体は全然変わらないんだけど、庭の話になってからこっちなんとなく雰囲気が柔らかくなった気がする。ナタリア先輩の事件の時に出会って、その後エンテ邸でそれなりの時間を共に過ごして。少しずつ彼の扱いとか気持ちの変化とかもわかるようになってきて慣れてきた感じがするね……。実際ちょっと癖が強い人ではあるけど、話していると結構面白いし。

 

「母様といえば……なんですが。最近、少し面倒なことになっていまして。まあ、緊張ほぐしついでに、少し愚痴を聞いてもらえますか?」

「ええ、私でよければいくらでも……。面倒? お身体の調子でも崩されているんですか……?」

「ああいえ、そういう面倒ではありませんのでご心配は不要ですよ。ありがとうございます」

「それでしたらよかったです。……あ、ではどういう面倒(・・)なんですか……?」

「それが……」


 リーノ様はそこで言葉を区切って、短く息を吐いた。ちょっとだけ遠い目になっている気がする。

 

「……グレーテ母様はナタリア義姉さんのことを本当にとても気に入っていまして、バート兄様の結婚をすごく喜んでいるみたいなんです。そこまではいいんですよ、僕も同じ気持ちでナタリア義姉さんのことも好ましく思っていますし、兄様が幸せになることも自分のことのように嬉しいですから。ただ、母様の矛先が最近……特にエンテ邸から帰ってきてからこっち、自分に向かってきていましてですね……。早い話が、僕にはいい人(・・・)はいないのか、とそういう内容をかなりしつこく何度も尋ねて来ていまして。もう、最近は顔を合わせる度にその話題、って感じで……」

「あー……なるほど。まあ、お母様のお気持ちも、わからなくはないですね……」


 まあ確かに、バート様の幸せそうなお姿を見ていたらもう一人の息子も同じように幸せになってほしいって思う気持ちもわからなくはないけどね。ま~本人にしてみたら面倒というかだいぶ煩わしいやつだ。大変だなぁ。

 

「そうですね……。実際僕も、クラリス様のことを一途に想うイヴァン様を間近で拝見して純粋に、夫婦の絆というのはいいものだな、と思いましたよ。同時に、自分が誰かにあのような強い感情を向けることができるのだろうかと……それについては甚だ疑問です……」

「…………」


 それは、私も思う。

 イヴァン様とクラリス様。ナタリア先輩とバート様。それからクロードお兄様とティナお義姉様。とにかく仲のよい婚約者同士を見ていて微笑ましいなって好ましく思う気持ちはある。あるけどねえ……じゃあ、自分があんな風に、想って想われて……みたいな? 誰かとそうなるのかな、っていう想像をしようとしても……実際どうなのかなぁ、無理なんじゃない? 

 だって……そんな相手いないしなぁ……。

 

「正直……僕の『愛情』は、おそらく兄様へ向けられる以上のものを兄様以外には向けられないと思うのです」

「…………ああ、はい……」


 ……これも帰りの馬車で仰っていた話だわ。

 いや、まあ、兄様のために一生独身で支える覚悟だったとか言ってたもんね……。リーノ様の兄弟愛、割と質量が重たいし湿度が高いんだよなぁ。

 

「そうなると、もうお互いに利害が一致する方と契約的な結婚をするしかないのかと……」


 ……ん? ちょっと待ってください、これ、どういう流れですか。そういう流れですか。

 ……まあ、ね? なんとなく察していたところはあるよ。ただ、自分がそういう対象と思われてるとは思ってなくて……というかなんかそう思いたくなくて、敢えて考えないようにしてましたね……。

 

「アリスさん。以前、すぐには婚約者を定める気がないと仰っていましたが……それは、何か理由があるのか、伺ってもよろしいですか……?」

「いえ、その……あまり、大した意味のある発言ではないのです。ただ、お兄様とお義姉様の様子なんかを見ていると、あんなにも熱烈に愛し合うような相手が自分にとって現れるのかどうか……そういう自分が、全然想像できなくて」

「……では、特別嫌いな相手でなくて、利害が一致する相手となら……婚約するのもあり、と、お考えになりますか?」


 …………うん。……あーはい。…………これ、わかった。ちょっと待ってください、でも、これ……逃げ場がないな?

 

「その相手として……僕、というのは考えられませんか?」


 あーあぁ~あー……。はい。やっぱり。やっぱりね、これ、そういう流れですよね~……?

 

「……その、私と、リーノ様が……婚約してゆくゆくは夫婦になる、ということですか?」

「…………」


 ちょ、そこで目を逸らして黙らないでください!! こっちも恥ずかしくなるから!!

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