2-4 報せを待つ時間が長すぎる(3/3)
「先輩……お綺麗です。本当に……ほんとうに……!」
「アリスさん、泣きすぎですよ……」
純白のドレスを纏った先輩の服を汚さないようにと少し距離をとっていたのによしよしと頭を撫でられて、私は慌てて自分のハンカチで涙と鼻水を拭った。
例の囮作戦決行から、はやいもので一カ月ほどが経った。作戦については、結論から言うとちゃんと無事に成功したといっていいみたい。少なくともバート様たち騎士団のみなさんは無事に帰還なさったし、例の組織も中核人員が軒並み逮捕されて解体されたそうだ。
ナタリア先輩のクズ実父も例外なくちゃんと逮捕されていて、今は王城の地下牢に拘禁されているんだって。まだ余罪を含めて詳しい捜査をしたり、共犯者や別件の実行犯を捜索したりと色々捜査が動いている途中の段階らしいけど……。だから裁判にかけられたり、その判決が出たり……っていうのはまだだいぶ先の話なのだそうだ。
まあおそらく少なくとも実父の身柄は無罪放免というわけにはいかないはず……というのが現段階の見立てでね、ナタリア先輩の義母ミルダ様との離縁もその辺り、実父の罪状とかが確定してからということみたい。
この国ではまだまだ子は親の管理下にあるという価値観が根強いから、実子であるナタリア先輩を攫おうとしたことについては『多少強引ではあったが公爵家から取り戻そうとしただけ』『父親の権限』と言い張られたら罪に問うのは難しいかもしれない。それから愛人たちとの不貞についても外聞は悪いし訴えれば慰謝料をぶんどれたりとかはするかもしれないけど、罰が必要な罪ではないんだよねえ。
ただ、人身売買のために見目のいい子供や女性を誘拐したり、禁止薬物の密売をしたり……という犯罪を行っていた組織の運営幹部だったという証拠が揃っているらしくてね。実行犯ではなくても、犯罪を指示したり唆したりしていたらしいから。
実父は税務局の文官だったんだって。脱税の幇助をすることで取引として様々な立場の人を組織に抱き込んでいたらしい。
私たちから見れば彼の悪行だけを知っているから本当に諸悪の根源みたいな感じなんだけど、騙された人たちが言うには、第一印象は普通に真面目そうで親切ですごく丁寧な人なんだってさ。なんならちょっと気弱そうに見えるくらいなんだって。
節税のアドバイスを親切心からだと信じて真に受けたら、それが実は法に触れる脱税で。税務局の自分ならもみ消すことができる、その見返りに組織の運営に協力しろって取引……いや、取引というよりもはや脅迫かな? そうやって組織の協力者、もとい手下を集める手口だったみたいだね。
「ナタリアさん、ご実家での暮らしはどうですか?」
「ええ、お義母様にもお義姉様にもとてもよくしていただいていて……今の期間だけでも少しでも親孝行できたら、と思っているんですよ」
ぺルラ様の言葉に微笑んだナタリア先輩は、お義母様のミルダ様の強い希望で半月ほど前に公爵邸を退職してからご実家のフックス伯爵家のタウンハウスに住んでいるそうだ。バート様との正式婚姻後は予定通り騎士団の寮へ住む予定だそうだけれど、それまでの間ね。
確かに、拘禁されてる実父が帰って来る心配ももうないし。お義姉様……お名前は確か、メリッサ様だったかな? 例の異母姉とも、双方話し合いの末ちゃんと和解したみたいだよ。
……本当に話し合いだったのかはちょっと怖くて詳しく聞けないけどね、きっと話し合いだよね……。拳で語ったりはしてないはずだよ、きっと……。
ナタリア先輩……純白の儀礼服とヴェールを纏った彼女は本当に透き通るような美人で、まるで女神様みたい……。いやぁバート様はほんとに慧眼。幸せ者! うらやましいな~!
もちろんバート様もしっかり騎士団の正装を着こなしていて、正直こないだの作戦の嘘婚約式の時よりも更に三割増しくらいにかっこよく見えるよ! やっぱりもう、全身から幸せオーラが出てるよね~!?
ナタリア先輩はもう公爵邸を退職なさっているし本来ならばここへ立ち寄る必要はないんだけど、旦那様が保証人になってくださってる関係もあるし、せっかくだからと奥様旦那様や私たちに晴れ姿を見せるために遠回りしてわざわざご挨拶に来てくれたらしい。旦那さまたちへの挨拶を済ませ、今はナタリア先輩とバート様のお二人が玄関ホールに集まった使用人たちに囲まれている。
「それでは公爵閣下、奥様。失礼いたします」
客間の扉が開き、公爵夫妻へのご挨拶を終えた人たちが列をなして玄関ホールへと向かってくる。
先頭にはレーヴェ子爵夫妻、その後ろにリーノ様。それからナタリア先輩の義母ミルダ様と、その傍らには異母姉メリッサ様がいらっしゃる。メリッサ様……遠目からぱっと見た感じではあるけど、表情も晴れ晴れとしていらっしゃるように見えるね。彼女も実父から何かしらの被害をこうむっていたみたいだから、その件が解決してほっとしているのかもしれない。
私と直接の面識はないけどさ。考えてみればミルダ様もメリッサ様も、本当にご苦労なさったんだろうなあ……。ナタリア先輩はもちろんだけど、そのお二人も含めて……今後はどうか、皆が穏やかで幸せな暮らしをしていただきたいものだよね。
メリッサ様の後ろは……異母兄ルークス様とその奥様かしら。その後ろで侍女に抱かれているのが異母兄のお子さんかな。
いや、こう見ると大所帯だねえ。この人数でこれから神殿へ向かうんだなぁ、大変だ! でも今回は確かに色々と事情が複雑な婚約だし、きっと今日を迎えるにあたって関係者みなさんそれぞれ募る想いがあるでしょう。
「あまり引き留めてはいられませんね……そろそろナタリアさんはご出発の時間のようです」
ぺルラ様の言葉に、私を含めて使用人みんな名残惜しそうな表情を隠せない。
もっとお話ししたい気持ちもあるけど、神殿の儀式の時間が迫っているという現実がある。うう、……寂しいなぁ。
「ナタリアさん、あなたはもうここの使用人ではありませんが私たちにとって家族のようなものです。また、お茶でもしにおいでなさって。いつでも歓迎ですわ」
「家族……。そうですね、まだまだ心配が尽きない妹分もいますから……ぺルラ様にそう言っていただけるのであれば、また近々様子を見に参りますね」
ぺルラ様から私の方へと視線を向けていつものように柔らかく微笑む先輩の笑顔に、思わず目頭が熱くなって鼻がツーンとする。
そうか……先輩、私のことを妹みたいって思ってくださってたんだ……! 私も、先輩のことお姉様みたいだと思ってお慕いしています……! ずっとずっと、これからも……!
「それでは皆様、失礼します! ナタリアが大変お世話になりました!!」
バート様の元気な挨拶を合図にして、一行は順番に馬車へと乗り込んで行く。
逆光で降り注ぐ残暑の強い日差しに目を細めながらも、バート様にエスコートされた先輩の背中を見送って、私は珍しく神殿の方向へと身体を向けた。私、普段は神様にお祈りなんてあんまりしないんだけど、今日くらいはしておこうかなぁ。
神様、お願いします。ナタリア先輩と、彼女を取り巻く皆さんの今後の人生が……どうか幸せに満ちた暖かいものでありますように。
今回でお話の第二章が完結となります。次の更新は、章完結恒例の設定資料を投稿します。その次から第三章です。第三章はまた別のキャラクターに焦点を当てつつ新しいキャラクターも出てきたりしますが、アリス自身の恋愛についてはあともうちょっと待っていていただけると嬉しいです。
なおこの小説は完結まで書き上げてから一話ずつ順次投稿していますが、第四章で完結の予定です。




