2-4 報せを待つ時間が長すぎる(2/3)
しかし、私……完全に部外者なのにここまで色々事情を知らされてしまっているんだよなぁ……。正直、ここまで首を突っ込むつもりはなかったんだけどさぁ、それでも先輩が不安がっているなら力になりたいじゃん……これまでたくさんお世話になってるし。
私にできることは、こうしてそばにいて励ますことくらいだけど……それでも。
……あ、そうだ!
「バート様、素敵でしたよ。騎士団の正装? っていうんですか? 装飾がいっぱいのかっちりした詰襟がとっても似合ってらっしゃって、この暑いのにちゃんと着こなしていらっしゃって……正直先日とは別人みたいでした」
「あら、そうなんですか?」
バート様の話に、ナタリア先輩の声が少し明るくなる。そう、私に今できることは、これくらいだ。
「……あ、でも口を開いたらバート様でしたね! 公爵様へのご挨拶とか、ちょっと口調が崩れちゃってて……必死で敬語にしようとはしてる様子は見てとれたんですけど」
「ふふ、そうでしょうね……! 想像できます」
先輩に笑顔が戻ってちょっとだけほっとした私は、半地下の倉庫から明り取りの窓から差し込む強い日差しを見上げた。
この場所、どうしても閉塞感があるというか……どうも時間が経っているのかわかりにくくてなんだか気持ちだけそわそわだけしちゃうなぁ。
倉庫を見渡せば、私の記憶の中の状態よりかなり掃除と整頓が進んでいる。どうもじっとしていられなかったナタリア先輩がかなり片付けてくださったみたい。
ナタリア先輩ご自身が集中して取り組んでくださっただけでなくて、普段ならわざわざ従僕を呼びに行かなきゃいけないような重い家具や荷物をこの護衛の騎士様たちがひょいっと持ってくださったりしたらしくて余計に効率が上がってしまったみたいなんだよね。まあ、ありがたい話だけど。
「正直言うと……あの素敵な儀礼服を着た先輩を見たかったです……。うう、せめて袖を通すだけでもしてほしかったなぁ……」
偽ナタリア先輩が来ていた純白のドレス、素敵だったんだよね。ヴェールを目深に被ってお顔は隠していらっしゃったけど。
まあ、偽物なんだからあれはわざとだよね。
「私はせめてバート様の凛々しい姿だけでも拝見したかったです……」
その気持ちもわかるなあ。でも、お姿を見てしまったらきっと隣に立ちたいなって思いが止められなくなっちゃってたかもしれないもんねぇ、そういう意味ではこの倉庫で待機しておいてもらっててよかったのかもしれない。
「その……先輩としては、演技だとはわかっていてもバート様の隣に別の女性、っていうのはお辛くないですか……?」
「いえ、それは……。あれ? アリスさん、お聞きになってないんですか?」
え? 何の話ですかね? お聞きになってないです、はい。
「偽物のナタリア様は、あれは男性の騎士ですよ」
「えっ!? 普通に女性だと思ってました……! 私、この目で見ましたけど、バート様と並んでもあまり違和感がなかったですが……」
「ああ、彼は男性にしてはやや小柄ですからね。それに、そもそも王立騎士団の女性騎士の数ってすごく少ないんですよ。優秀な女性騎士は爵位の高い家の令嬢や貴族夫人に専属護衛として雇われることが多くて、そちらの方が待遇もいいですからなかなか騎士団を選んでもらえないんです」
なるほどね~爵位の高い家だと、令嬢とか夫人とかに一人ずつに専属護衛がついたりすることもあるのか……。まあ確かに、女性の護衛は同性の女性騎士の方が都合がいい場面も多くあるもんねえ。
着替えの場とか女性しか入れない場所へ行くこともあれば、未婚男女が密室で二人きりになったら外聞が悪いから立ち会って……みたいな時にも役に立つ。
王立騎士団にも女性騎士が全くいないわけじゃないんだけど、その数少ない精鋭たちは今回別件で出払っていてこっちの作戦へ回す人員が確保できなかった、という事情もあるみたい。
「え? 俺は、バート先輩がナタリア様以外の女性を隣に立たせるなんてあまりに不義理だ、その気はない……って、これまた強く主張したらしいって聞きましたけど」
若い方の騎士様が思わず綻ばせた口元を隠せない様子で言うと、ナタリア先輩はさすがに少し頬を紅く染めている。
は~。愛されてるんだねえ~……。ごちそうさまで~す。
「だからといってナタリア様ご自身を危険な目に合わせるわけにはいかないですもんね? だから、男性騎士が女装して成り代わる、ってことでやっと納得したらしいですよ」
「さすがに、ナタリア先輩も『ご自身が行く』とは仰らなかったんですね……」
一瞬ね……事件翌日に『怒っている』と言っていた彼女なら、そういうことも言いかねないかな〜なんて思ったんだけど。そんな考えをナタリア先輩は笑顔で否定する。
「ええ、もちろんです。さすがに自分の身の程をわきまえていますので……。私が実力行使をしていた相手なんて、所詮は躾のなっていない孤児院の子供や、娼館の若い見習い娘程度ですからね」
彼女は例え精神的には強くて武闘派だったとしても、武器を持ち組織立って襲ってくるような暴漢と戦えるような訓練は受けていない。自分が騎士様たちと一緒に戦えるだなんて思い上がっては厳しい訓練をなさっている騎士様達に失礼だから、と言って彼女は微笑んだ。
確かに……仕事にはそれぞれ領分があって、騎士様たちはその道のプロなんだものね、餅は餅屋ってやつだよ。
……まあ、その後『もちろん本当は直接一発食らわせてやりたい気持ちもありますが』っていうつぶやきが聞こえた気がするけど気の所為だよね。私には何も聞こえなかった。そういうことにしたい。
「今回私の代わりをしてくださってる方は、騎士団でのバート様の先輩にあたる人で、バート様がすごく信頼しているんですよ」
あ~なるほど。バート様が多少暴走するかもって危険性があっても、お守り役をつけて安全策はとってるってことか。バート様でも自分が信頼してる先輩の言うことなら聞くよね、っていう。
……なんか……その人の負担が結構大きそうだけど……大丈夫なのかな?
「その人はですね……」
「……! 隊長」
「……ああ」
騎士様二人が同じタイミングではっと顔を上げ、お互いに目配せする。
無言になって耳をすませているようだけど……私は足音とか気配とかそういうの全然気づかなかったけど、お二人は何か感じたってことよね。
騎士様って特別に耳がいいのか、それともやっぱりそういう訓練をなさっているんだろうなぁ。
「お二人とも、お話の途中で申し訳ありません」
真剣な様子で言われて、私とナタリア先輩も思わず息を止める勢いで無言になりながら『とんでもないです』と首を横に振った。
……あ、確かにやっと足音っぽいのが聞こえてきたかも。そしてその足音は、扉の前でぴたりと止まる。
「……私たち騎士団員に支給されている靴が立てる特徴的な足音ですので、おそらく私たちの仲間だとは思いますが……。念のため、まずは私が扉を開けて確認しますので、お二人はこの者と一緒に私の後ろから付いてきていただけますか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
私たちが神妙に頷くのを確認してから一人扉へ向かった騎士様は、ゆっくりと様子を伺いながら扉を半分開けた。その瞬間、真夏の太陽に熱された空気がもわっと一塊分入ってきて頬を撫でていく。
……扉の向こう側に人が立っているのはわかるんだけど、私の視界からだと青年の胸から下しか見えないな。普段ここの公爵邸の護衛騎士様たちが着ている服とは違うように見えるから、きっと王立騎士団の方なんじゃないかな?
「ナタリア嬢、公爵様がお呼びです。執務室へといらっしゃるように、とのことです。そちらの使用人の方もご同行いただけますか?」
二人の騎士様たちがほっとした笑顔になりつつうなずいてくださったので、私たちは三人の騎士様についてきていただきながら旦那様の執務室へと向かった。
公爵邸は、ぱっと見てそんなに普段と様子が違った感じはない。ただ、毎日ここで暮らしている私にとってみれば、なんとなく空気がピリピリした緊張感に包まれているな……と感じるけどね。
でもまあ例えば出入りの業者とか、普段ここで生活していない人は全然気づかないだろうなって程度だけど……。
階段を上り廊下を進んだ先、私たちを呼びに来た騎士様がドアをノックするとドアの中から執事が声で応答する。内側からドアが開かれ、私たちは旦那様の執務室へと足を進めた。
執務机にいらっしゃる旦那様の周りを、たくさんの執事や従僕、護衛騎士がずらりと囲んでいる。それから窓際の応接セットのソファにはカロリーナ奥様が優雅に腰掛けていて、その周りも侍女と護衛騎士が囲んでいた。
使用人たちの中に、ちらほらと見たことがない顔があるけれど……きっと彼らも今日だけ王立騎士団から派遣されてきている騎士様たちなんだろうなあ。
「……ナタリア君。今しがた騎士団から一報が入って、作戦は無事に進んでいる、ナタリア君も公爵邸敷地内であれば行動しても構わない、との連絡を受けた。念のため、護衛は引き続き傍にいさせるように」
「承知いたしました」
執務机の向こう側からの旦那様の言葉に、ナタリア先輩はカーテシーで返した。
無事に進んでいる、か……。その感じだと、まだバート様たちが無事に帰投した、っていうところまで話が進んだわけではなさそうだね。作戦通り狙い通り攫われたところ、ってくらいかな……。
う~ん、無事だといいけど。
「ナタリアさん……倉庫にいては状況がわからず、不安な気持ちで過ごしていたのではないかしら? もしナタリアさんがよければ、私と一緒にこの部屋で連絡を待ちましょう。……とはいえ、ここにいてもこうして連絡を待つだけなのは変わらないのだけれど……」
カロリーナ奥様が、心配そうな表情で言葉をかけてくださる。
うん……確かに倉庫内だと薄暗くて時間の経過もわかりにくくてなんだか圧迫感があったけど、こっちのお部屋だと窓から光が入って明るいし風も通るし、気持ちもやっぱり明るくなるね。いやまあ……旦那様と奥様が一緒っていう意味で別の緊張感はあるけども、それでも。
「奥様……ありがたいお言葉ですが、よろしいのですか?」
「もちろんよ。それにこういう機会がなければゆっくり話もできないでしょう? 私はナタリアさんも、それからアリスさんも……あなたたちのことは娘のように思っていますから……。……はぁ、私も男二人だけではなくて娘も産めばよかったわ……」
おっとりとつぶやく奥様に、旦那様が苦笑いしながら言葉を続ける。
「……カロリーナよ、そんな言葉を聞いたら息子たちが嘆いてしまわないかね?」
「ええ、もちろんイヴァンもゼノンも二人とも、とっても自慢の息子たちよ。でもね、やっぱり娘っていいなぁって思うことがあるのよ……」
まあ……それは若様に素敵な奥様を見つけていただいてですね、嫁いできてくださるのをお迎えするしかないんじゃないですかね。
……あ~……、そういえば思い出しちゃった、この方って私やナタリア先輩に若様たちの嫁になれって言ってた人なんだよな……。最近はその話題が奥様たちの口からは出ないけど、もう諦めてくださったんだろうか。それならいいんだけど。
ゼノン様については、今からわざわざ国を渡って追いかけていけなんて言わないと思うけど、イヴァン様についてはもしかしたらまだ諦めてないかもしれないんじゃない……?
さっきの奥様の言い方だと多分ナタリア先輩だけでなく私も一緒にここにいろって感じだろうけど、その辺りの話を蒸し返されるとちょっと気まずいな……。
……よし、決めた。ナタリア先輩には悪いけどここは逃げよう。うん。
「ナタリア先輩は、奥様のお言葉通りこのままこのお部屋にいらっしゃいますか? それでしたら私は通常の業務に戻ります」
「あら、そう? アリスさんも一緒にいたらいいのに……」
あっ、やっぱり奥様的にはそのつもりだったっぽい! ごめんなさい!
「いえ、今日は警備にあたってくださっている騎士団の騎士様たちのお世話もありますし、お仕事はたくさんありますので」
「そうですね、ずっと侍女が二人も抜けるわけにはいきませんものね……。護衛の皆さんにご迷惑をかけるわけにはいかないとはわかっていても自由に動くことができないこの身がもどかしくて、本当に申し訳ないわ」
「皆さん、ナタリア先輩のご事情は承知しているので大丈夫ですよ。皆先輩の味方です! お仕事、私が先輩の分までがんばるので任せてください!」
「ふふ、ありがとう、アリスさん」
先輩の微笑ましいな、とでも言いたげな笑顔を見るとちょっと擽ったい気分だけど、でも俄然やる気がわいてきた! そもそも、先輩は近い将来退職してこの屋敷からいらっしゃらなくなっちゃうって決まっているんだもんね……私もそろそろ覚悟をして、先輩がいない体制にも慣れないとね。




