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2-4 報せを待つ時間が長すぎる(1/3)

「みなさん、お疲れさまです」


 私が半地下へ続く扉をノックすると、一呼吸ほどの時間を置いて扉が内側から開かれた。

 

「あら、アリスさん!」


 今日はバート様とナタリア先輩が二人で連れ立って、神殿で婚約の誓いを立てる日……ということになっている。半月ほど前に起こった例の誘拐未遂事件の影響で、まだ先だった予定を早めて二人の婚約を結ぶことになったという設定(・・)だ。

 先輩とバート様はまだ婚約を各方面に認めてもらうための根回しをしてる途中の段階だったらしくて、実際に婚約するのはこれからだったんだって。

 そういえば紹介してくれたとき、ナタリア先輩は婚約内定者(・・・)って言ってたっけ? もうほとんど確定だから、周りも皆『婚約者』って言っちゃってるけどね。私がティナお義姉様をお義姉様って呼んでるようなもんかな。

 

 実際に私は先ほど玄関前の馬車止めで、正装したバート様とナタリア先輩(・・・・・・)が乗り込んだ馬車を見送ってきたところだ。

 でも今、扉の向こう側……扉を開けてくれた青年に守られるような位置で、いつものお仕着せに掃除用のマスクと頭巾を身に着けたナタリア先輩が私に向かって微笑んでいる。そう……さっきバート様と出発した先輩は偽物で、今私の目の前にいる先輩が本物なんだよね。

 

「……ナタリア様、こちらは同僚の方ですか?」

「ええ、この方は間違いなく普段から同僚として勤務しているこの公爵邸の侍女です」

「了解しました。お入りください」


 扉を開けてくださったこの青年とは別に、ナタリア先輩のすぐ近くにももう一人青年が控えているのが見える。従僕のような動きやすそうで質素な服を着ているこのお二人は、いつもこの公爵邸に勤めている使用人ではない。今日だけ特別にナタリア先輩を護衛するために派遣されている、王立騎士団に所属している騎士様たちだ。

 シャツの内側に薄い革鎧を着込んであるし、ベストの内側には短剣を隠してあるんだって。

 

「ありがとうございます、失礼します」


 私はトレイ片手に扉をくぐる。瞬間、カビっぽい臭いが鼻についた。さすが倉庫、こまめに掃除をしていてもどうしても埃っぽい。

 

「先ほどバート様たちは無事にご出発なされましたよ。私もお見送りに加わってきました」

「そうですか……」


 ナタリア先輩の顔色が少し沈んで見えるのは、この倉庫が薄暗いからというだけではないだろう。そりゃあやっぱり、バート様のことが心配だと思う。当たり前だよ。

 

「奥様に言われて、みなさんに差し入れをお持ちしたんです」

「みなさん……とは、私どもにもですか? なんだか申し訳ないですね……いただいてもいいんでしょうか」

「いえ隊長、せっかくですしいただきましょう? ねえナタリア様。ちょうどいいので一度休憩するのはどうですか?」

「え、でも、私……」

「ああ……確かに。私どもはともかく、ナタリア様はそろそろ休憩をとった方がいい頃合いかもしれませんね。かなり長い時間片づけに集中しておいでですから」

「……あっ、すいません。騎士様たちにこんなことに付き合っていただいて申し訳ないです」

「いえ……私たちは構わないんですよ、いくらでもお付き合いいたします。時間もたくさんありますし、何かしていたいというナタリア様のお気持ちもわかりますから」

「そうなんです……。なんだかただ待つだけではどうしても悪い方向に物事を考えてしまって……」 

「まあ片付けの手伝いなんて、騎士団の地獄の演習に比べたら天国みたいな仕事ですから俺たちはいいんですけど!」

「ああ……そういえば君は来月実地演習でしたね」

「あーやめてください思い出させないでください!! とにかく、ナタリア様をあんまり無理させたら、俺らがバート先輩に怒られるんで。だから休憩しましょう!」

「でも……」

「…………はい!」


 先輩と騎士様たちの話が膠着し始めたのを見て、私は軽くパンパンと手を打った。

 

「じゃ、休憩でいいですね? 暑いですから、せめて香りだけでもすっきりしたハーブティーをお持ちしましたからね! はい、先輩はそっちの作業台を片付けてください!」

「ふふ……アリスさんの勢いにはかないませんね」


 ありがとうございますと微笑みながら、ナタリア先輩は頭巾とマスクを外した。

 

「……先輩、バート様ならきっと大丈夫ですよ。お強いんですよね? ええと、その。騎士団の方から見て、その辺りってどうなんですか?」

「そうですねぇ。バート先輩は、俺たち若手の中では一番の有望株って言われてますよ。きっと将来すごく出世するんじゃないですかねぇ?」

「奥様としては、なかなか支えがいのある旦那様になると思いますよ」

「……はい、もちろんそのつもりで私もがんばります」

「お〜! さすが、あのバート先輩の奥様になる方ですね〜」


 倉庫の中の作業台を引っ張り出して埃を拭いてから、私はその上に簡易的なお茶セットを並べた。いい季節なら、本当は客間とかお庭がいいんだけどね~こんな薄暗い半地下じゃなくてさ。まあ、今回ばかりは事情が事情だからね……。

 この倉庫は屋敷の裏側の地下部分に相当する場所で、裏庭にある一か所しかない出入口からしか出入りできない。ここなら外から見ても誰がいるのかわかりにくいし、使用人がそこにいても不自然じゃない……ということでここがナタリア先輩の待機場所になったという事情があるから仕方ない。

 

 ただ今は外が暑いからなぁ、地下は逆にありかもしれないわ。気持ちだけちょっと涼しい風が通るんだよね、これからもたまにここで休もうかな? 

 ……ただ、このカビ臭いのさえなんとかなったらもっといいんだけどな……。

 

「実際、わざわざバート様ご自身が囮にならなくてもいいんじゃないですかね……」

 

 私がお茶請けとして持って来た干しブドウをかじりながらため息と同時にこぼすと、騎士様もミントの香りのお茶を飲み込んでから苦笑いなさった。

 

「そうですよねぇ……バート先輩は剣の腕は確かなんですけどね~」

「まあ……彼は細かい作戦に沿って行動したり、現場で臨機応変に対応する……そういうことはどちらかというと不得手な印象かもしれないですね……」

「あの人は普段から頭を使うことが全般的に苦手ですからね。本人は開き直って『頭を使う能力が母様のお腹の中で全部弟に吸収されちゃって俺はバカなのかもしれん!』とか言ってますけど」


 あぁ~騎士様たちが敢えてバカって単語を直接言わないようにぼやかして言ってたのにナタリア先輩は直球で言っちゃうんだ……。まあ、先輩が言うのならいいのかな。私や騎士様が婚約者の先輩の前で言うのはカドが立つけどねえ。

 それにリーノ様が確かに頭脳派っぽいのもわかる。語り口も冷静だし、技官としてお勤めだと仰っていたし。

 

「バートさんに背格好が似ていて、普段からそういう潜入などの任務をこなしている人材もいたそうです。ただ、バートさん自身ががかなり強硬に作戦への参加を主張したらしいんですよ」

「私も最初は反対したんです。でもバート様は絶対に譲ってくださらなくて……。その……バート様が怪我をなさるとか……私はそういう心配はしていませんよ。どちらかというと、以前のようにやりすぎてしまわないかが心配です……」


 苦笑いしながら応えた彼女の本心は、半分本音、半分強がりといったところだろう。バート様がどれほどお強くても、危険な作戦なら万が一もあるものね。

 どうもバート様はナタリア先輩を害する連中を絶対に許さないっていう強い意志を曲げなくて、それでどうしても作戦に加わる! って引かなかったみたい。

 

「作戦が決行できる日取りも限られていますから。日にちも迫っていた中で、結局仕方なく彼を組み込む形で作戦を立てた……と聞いていますよ」

「ああ……神殿での婚約式は日程決めが面倒ですからね……」

「そうなんですよねえ、日程決め、結構難しくて」


 やっぱりみんな、星回りがいい日に婚約とか挙式は執り行うからなぁ。それと関係者の都合と色々と調整して……って感じで。

 うちのお兄様とお義姉様の婚約式の時も、結構何度も日程を立て直した記憶があるよ。

 

「確か一か月に一回くらいのサイクルでしかいい日取りは巡ってこないはずですもんね。まあ、事情があればそういうのを無視して執り行う場合もありますけど、ほとんどの人は縁起を担ぎますし」


 神殿でちゃんと婚約を成立させてしまえば、例の実父もナタリア先輩へ手を出し辛くなる。しかも婚約の保証人はアインホルン公爵というなかなか強力なカードだもん。もし万が一にもまた半月前の事件みたいなことがあって、最悪攫われて変なところに嫁がされるかもとかいう事態になったとしても『私にはもう神殿と公爵様に認められた婚約者がいますけど?』って言えるのはかなり大きな抑止力になるそうだ。

 まあ逆に言うならば向こうからすると、都合のいい相手に嫁がせようとするなら神殿での手続き……具体的にはバート様との婚約を取り消し申請したりね、そういうすごーく面倒な手順がすご~く増えるらしいからねえ……。もしまだナタリア先輩を何かしら利用しようとしているのなら多少強引にでも可能な限り今日の儀式は阻止したいと思うはずだよね。

 『今日あの二人が婚約式を挙げる予定らしい』という噂を意識的にいろんな場所に撒いてあるらしいので、きっとひっかかってくれるはず。

 

「ここだけの話なんですけど。どうも、あと最後の一手……その組織の拠点をなかなか掴めないらしいんですよねぇ……あちらさんも、かなり用心深く転々と場所を移しているらしくて」


 拠点とか言い逃れできないほどのはっきりした証拠とか、そういうものをしっかりと突き止めるのが作戦の目的ってことなのかな? それを材料にして、組織本体を徹底的に叩くつもりってことなんだろうね。

 

「拠点……じゃあ、バート様たちは作戦としてわざと攫われるってことですか? それで、どこに連れていかれるのかを確認して……みたいな?」

「ざっくりと言えばそんな感じですね。ただ連れて行かれた先がそのまま拠点とは限らないですから、その動きに加わった組織の人間たちをそれぞれマークしてそれぞれ尾行して……という流れになるはずですよ」


 えー……そんな作戦、ほんと結構臨機応変に対応しなきゃいけなさそうだけど、バート様大丈夫かな……? まあ、絶対失敗できないって思いはあるだろうからきっとうまくやってはくれるだろうけど。

 もちろん二人の護衛騎士という名目で馬車に同乗している騎士だけではなくて、御者役や偽ナタリア先輩も含めて、皆それぞれ手練れの騎士様らしい。馬車の中だけでなくて、一般人に扮して街に紛れて外から馬車を警戒している騎士様たちもいるそうだ。

 まあなかなか結構な人数の騎士団の方たちが動員されているんだねえ、騎士団側も本気で組織を潰すつもりというのがわかるよ。その背後にいるクズ実父を含めて組織の中核を引きずり出すという最終目的に向けて、皆が動いているんだね。

 

 万が一ナタリア先輩が替え玉であることが露呈した場合、そのタイミングによっては本物の先輩を狙ってこちらの公爵邸まで刺客を送って来る可能性もゼロではないんだって。そういう理由で、今日はこのお二人を含めこの公爵邸に何人も王立騎士団の団員が配置されているみたい。

 なにそれ怖すぎるんだけど……って《ドン引き》してたら、騎士様はまあその可能性はかなり低いですよと笑いながら言ってくださった。とはいえ向こうも今かなり追い詰められているはずだから。そういう時の悪人って後先考えないなりふり構わない行動に出たりもするものらしいから、それに備えて念のため……って感じなんだって。

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