2-3 薄幸令嬢は血の気が多すぎる(3/3)
「そ、それじゃあ、昨日の事故って……やっぱり事故ではなく事件だったんですか……?」
私が冷や汗をかきながら話題を変えたことに気づいたか気づかなかったかはわからないけれど、ナタリア先輩はまたおっとりとした仕草でうなずいた。
「そうですね……」
「第一報では事故とか揉め事、といった感じで伝わったようですが、実際は襲撃事件というか……誘拐未遂事件です」
リーノ様の補足に、思わず息を呑む。
誘拐未遂事件……って言葉を聞いてしまうと、それはやっぱりなかなかの一大事に思えるなぁ……。
「まあ、十中八九あのクズ……いえ、実父の手の者によるものでしょう。私をまだ金という価値に換えようとしているんだと思います。おそらくバート様との婚約話が耳に入って焦ったのか……公爵邸にいる間は手出しできないので、移動中を狙ったんでしょうね」
昨日ナタリア先輩たちは騎士団の寮の契約に行く予定だった。
バート様は長男で嫡子なんだけど、結婚後レーヴェ子爵家のタウンハウスに住むのはセキュリティに不安があるってことで騎士団の寮に住むことを選択した、という裏の事情があったそう。
ただその契約へ向かう間に襲われたということで、騎士団の内部に情報を流した者がいるんじゃないかという話にもなっているみたい。だから今、公爵邸の応接室に騎士団の偉い人も来てるみたいで……本当は騎士団長が来たがっていたけど止められて、信頼できる部下の方が代わりに来たんだって。
初めて知ったんだけど、騎士団長のリュード侯爵って旦那様……アインホルン公爵の兄上なんだそうだ。つまり言うなればここの公爵邸が実家ってことらしい。嫡子が公爵家を継がなかったパターンみたいだね。
バート様が害獣討伐で騎士団長に気に入られたって話があったけど、そりゃあご自分のお兄様である騎士団長に口添えされたら旦那様も確かにそれは……だいぶ圧を感じたでしょうよ……。
「じゃあ、目的はナタリア先輩の誘拐だったってことですか?」
「ええ。私さえ言うことを聞いて大人しくついて来れば同乗者には危害は加えない、って言われました。多分まだ未婚のうちにそれなりの価値をつけてくれるところに売り飛ばすつもりだったんでしょう。実父のところに一度身柄が移ってしまえば、『公爵家で無理やり住み込みで働かされていた娘を実父の自分が保護した』とか言えますからね。実際は逆で公爵家に保護してもらっているわけですが……」
「じゃ、じゃあ皆さんお怪我とかは……!?」
「……レーヴェ家で雇っている御者が、馬車を停めるために刃物で脅されたようでその時にかすり傷を。あ、馬も驚いて少し暴れて軽く怪我をしたようですが……。その他は、特に誰も大きな怪我などありませんよ」
「……こちらより向こうの被害のほうがよっぽど甚大ですよね。一応ギリギリ正当防衛の範囲かとは思いますけど……」
「そうですね……。まあ、なんといいますか。バート兄様が実行犯をみんな返り討ちにしちゃいまして……」
「あぁ~……まあ、そうなりますよねぇ……」
そりゃ目の前でナタリア先輩に危害を加えられるかもって話になれば大人しくできるわけがないよなぁ、バート様も。
性格的にもそうだろうし気持ちもわかるし、実際反撃できるだけの能力が伴ってしまってるわけで……。仕方ないわぁ、それは。
「ただこちらの反撃が早すぎたからか、向こうの撤退も早くて……結局実行犯たちを取り逃がしてしまったんです。詰所では、バート兄様が騎士団の上官に『もっとうまくやれ、一人くらいは生け捕りにしろ!』って怒られてましたよ」
「それに対してバート様も『殺さなかっただけ褒めてほしい』とか言ってましたからね……」
それは褒めるところなんですか……? ほんとに殺しちゃいかねないの怖すぎるんだけど……?
とはいえ、まあその上官の言うこともわかるよね。情報を吐かせられる実行犯を逃がしちゃったのは確かにちょっと痛いかも。
昨晩ナタリア先輩が公爵邸へ帰宅するまでに結構な時間がかかった原因は、その辺りのお説教……もとい、事情聴取にかなり時間がかかったから、というのが事の顛末みたい。
「兄様は一晩明けてもまだかなりの興奮状態でしたので、今回は連れてきてもらえず邸で留守番していますよ」
相当不服そうでしたけどね。多分今頃は、邸の裏庭で素振りでもしてると思います……とリーノ様は付け加えた。
「当事者三人のうち多分一番冷静だから……という理由で、一応僕が呼ばれたわけですが……」
「今は皆さん、何を話しているんですか?」
「それは……」
ナタリア先輩の言葉に、一度私の方をちらりと見て言葉を止めるリーノ様。
そうだよねぇ……私、ただの部外者だから。私の前で話すわけにはいかないよねえ。
「あの、私は席を外しましょうか?」
「いえ、それは逆に……。僕と義姉さんが二人きりになる方が問題がありますね」
「……あぁ~そっか~」
めんどくさいな~貴族って!
……婚約者がいるのにその弟と醜聞が立つとか……なんかゴシップ好きな人がいかにも好きそうなネタだよねえ~なんとなく。だからリーノ様も、意識的に気をつけていらっしゃるんだろうね。
「アリスさんなら、きっと私の不利になるようなことはなさらないと思いますから大丈夫ですよ」
「そうですね……口外しないとお約束しますので、信用していただければ……」
と、言うしかないよねえ……。私も正直、ここまで色々聞いちゃっただけに内容にちょっと興味はあるしなぁ……。
「……わかりました。僕が聞いたところまでの話の内容ですがお話します」
はー……。聞くしかないな……うん、覚悟を決めよう……。
「……ナタリア義姉さんを攫おうとした実行犯は、裏社会の組織の使い捨て人員のようです。組織は誘拐した女性や子供を使って人身売買をしている他にも禁止薬物密売やらなんやら、金になる悪事にかなり手を染めているようですね。ローク氏はその組織とかなり密に繋がっている……というか組織の幹部的な立ち位置にいるらしいです。なんでも新しい愛人がかなり金食い虫なようで」
ローク氏というのが、例のクズ父の名前かな。ていうかまた新しい愛人いるんだ。お盛んすぎない?
「ですからこの機会に……と、確実に尻尾を掴む方法を皆で考えておいででしたよ。ミルダ様はそれを突き付けて相手方の有責で離縁できるようにと、証拠集めを万全になさっているようです。ご同行されたルークス様も、父親にはほとほと愛想が尽きたと仰っていました」
「そうなのですね。お義母様とは昨日騎士団の屯所へわざわざ駆けつけてくださって、久しぶりにお会いしましたけど。彼女は相変わらず凛となさっていて本当に素敵な方です。本当にあのクズと一刻も早く縁を切れるようにお祈り申し上げます……」
ああ、一台目の馬車に乗っていたお二人が、ミルダ様とルークス様……ナタリア先輩のお義母様と異母兄だったのかな。
「メリッサ様については、ナタリア義姉さんと同じような被害にあう可能性があり、実際にその予兆もあったということで……。念のためルークス様の奥様のご実家で、ルークス様のお子様もご一緒に三人で保護されているそうですよ」
メリッサ様……例のお可哀そうな異母姉か……。
そうだなぁ~実父の人間性がそういう感じだったら、ナタリア先輩と似たような悪事をその令嬢にも働く可能性はあるよな……。つくづく、酷い話だわ。
「ああ、イレーネ様のご実家は侯爵家ですものね。それはメリッサ様もデニス様も、フックス伯爵家へいるより安全でしょう」
……知らない名前がいっぱい出てきた……。イレーネ様が、ナタリア先輩の異母兄ルークス様の奥様。デニス様が、ルークス様とイレーネ様のお子様だそうです。まだ赤ちゃんなんだって。
「ですので、今度こそ本格的にローク氏と組織を言い逃れできないまでに徹底的に追い詰める作戦を練っているようですよ。騎士団も巻き込んで大規模にやるみたいですね」
なるほど、だから騎士団の方もいらっしゃったのか。騎士団の方たちを動員するような荒事になるのかな……というのは少し心配だけど、それこそ私がここでどうこう考えたところで結論が出るような話じゃないもんねえ。
「それでは、僕は一旦部屋に戻りますね。ナタリア義姉さんは思ったよりも落ち着いていましたよ、と皆さんに伝えてきます。アリスさん。申し訳ありませんが、彼女が会議に突撃しないようよく様子を見ておいていただけますか」
「……そんなことしませんよ……私が行っても、きっと感情的なことしか言えずお役に立てそうにないですし……」
「よくご自分のことをわかっていらして結構です。まあ、僕だって自分が何かの役に立てるとも思ってはいませんが……」
ため息まじりに『広い邸の中、自力で元の部屋に戻れる自信がないです』と言うリーノ様を再び案内する役を申し出て、私はリーノ様と二人でナタリア先輩の部屋を後にした。
***
「だからねっ、私は許せないんですっ……!! うちのバカ息子なんかを選んで嫁に来てくれる、本当にかわいいナタリアちゃんがそんな危険な目に遭わされて……!! もう、あの子は私の娘のようなものなんですからっ!!」
例の会議が行われている部屋まで近づくと、閉められているはずの扉の向こうから大きな声が漏れ聞こえてきた。私の半歩前を進んでいたリーノ様が思わずといった感じで足を止め、額を抑えて『母様……』とつぶやいた。
あ~……今の大声、レーヴェ子爵夫人なのかな……。
そっと扉へ近づくと、続いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
こちらはさっきほど極端な大声ではないけど、扉へ近づけば聞こえるくらいの声量かな……少なくとも普段は声を張り上げるなんてなさらない方だから、いつもよりかなり大声だよね。
「お気持ちわかりますわ、マルグレーテ様……。ナタリアさんは本当に我が家にも、わたくし個人にもよく尽くしてくれてっ……! わたくしにとっても、あの子は使用人であると同時にもはや娘のような存在ですから……! なのにこんなにひどい目に遭って、わたくし、わたくしは……」
あーあーもう、カロリーナ奥様、涙声じゃん……。旦那様やイヴァン様がおろおろしてる光景がこの目に見えるよ……。公爵家の男性陣、奥様の涙にはめっぽう弱いからな……。
「お二人とも、どうか落ち着いてくださいませ。確かに血は繋がっておりませんけれどもそれがなんですか、ナタリアは私を義母と呼んで慕ってくれた可愛い私の娘です……! あの子のためにも、あの男を地獄に落とすための証拠は万全に揃えておりますわ……!!」
で、今の声が義母のミルダ様っぽいねえ。
考えてみれば、レーヴェ子爵夫人つまり未来の夫の母であるマルグレーテ様に、勤め先の女主人カロリーナ奥様、それから義母のミルダ様と、ここに集まっている三人の女性ってある意味全員ナタリア先輩の母親みたいなものなのかも。
産みのお母様は天国へ行ってしまっているけれど、そして父親がドクズだけど。彼女にはこんなにも頼もしいお母さまが三人もついているんだね。そう考えるとすごいことだね。
そしてその≪ガチギレ≫の母親の三人によるものすごい結束がこの場で生まれて、着々とドクズ包囲網が敷かれ始めていると……。……まあ、そうだよね。クズ実父、完全に女の敵を体現してる存在だもんなあ……。自業自得もここに極まれり、だよ。
「……ここにナタリア義姉さんを連れて帰って来なくて本当に正解でした……。これだけ興奮している状態の女性三人に更に彼女が加わってしまうと、多分男性陣ではもう誰も止められませんから……」
あぁ、うん、そうだねぇ……。なんか、ウオオー! って拳を突き上げてるような熱気がドアのこっちまで伝わってくる気がするんだよねえ……。というかもう現状で誰も止められてないと思うよ。
この部屋に戻らないといけないリーノ様も大変だね……無表情なのは変わらないけど、若干ため息が重たい気がする。
あ、口元が動いた。独り言で『やだな……』って呟いてるわ。
……いや~ほんと~、私には見送るしかできなくて、ごめんなさいねっ!! がんばれって応援することしかできなくて、ほんとにごめんなさい!! 思わず笑っちゃうのはなんでかな!!
リーノ様を扉の向こうへと見送った私は、ナタリア先輩の部屋へ帰る道すがらすれ違った同僚に頼んで会議の部屋へ人数分のお茶と軽食と甘いものを差し入れするように手配した。これで少しでも、みなさんが冷静にお話できるようになってくれたらいいけどね……とりあえず、私にできるのはここまでです……。リーノ様……健闘を祈る。




