2-3 薄幸令嬢は血の気が多すぎる(2-3)
「昔はそんな感じだったんですけど……このアインホルン邸に来てからは本当に私、丸くなって……。旦那様も奥様も若様も、それから使用人の皆さんも……本当に穏やかでいい方ばかりですよね」
「ええ、それはわかります。本当に皆さん、よくしてくださいますもんね」
「そうなんです。ですから、腹を立てる機会自体が……本当に少なくて……」
人間関係もいいしねえ……。本当にここ、いい職場なんだよなあ……。
「ああ、バート様ももちろん、バート様のご家族も皆さん、私の事情やこの性格もとっくにご存じですよ。その上で、私がいいと仰ってくださっているんです」
う~ん、輝く笑顔。
愛されてる自信に満ちてる、眩しい……!
「……まあ、相手があの兄様ですからね。ナタリア義姉さんくらい、その……うーん…………気概……がある人でないと、手綱を握っておけないというか、御せないというか……」
……だいぶ言い淀んだな? リーノ様。
何? やんちゃとか暴れん坊とか言いそうになった?
「……兄様は騎士としては若手の中ではかなり腕が立つ方だと評価されているようですし、正直で快活で本当に素直な性格なので上の人たちには可愛がられてうまくやっているみたいです。ただ頭を使うことや細かいことは苦手で、父様から子爵を継いだ後に貴族としての振る舞いや仕事がどの程度できるのか……ということはずっと心配していて……。なんなら僕はずっと独身のまま兄様を隣で支えなくてはいけないかな、とか思っていたわけなんですが」
えっ。何それ。重くない……?
ナタリア先輩がぼそっと、リーノ様ってほんとバート様のこと好きですよねぇって呟いたのが聞こえちゃったよ……?
そうなの……? リーノ様ってお兄ちゃんダイスキなの……?
「その点、ナタリア義姉さんが来てくださるのなら安心なんです。仕事もできるし礼儀作法も外面も完璧ですから。うちの両親は泣いて喜ぶほどの大歓迎ですよ」
は~……なるほどね。バート様は一目惚れってつまりはまあ最初は見た目だけで選んでるはずなんだけど、その割に自分に一番ぴったりの相手をちゃんと引き当ててるのか。そう考えるとすごいな……すごい幸運の持ち主なのか、もしくは野生の勘的なものがすごく強いのか。どっちなのかはわからないけど。どっちもか?
「ただナタリア義姉さんのこれまでの生い立ちから考えて、子爵子息の身分では伯爵……つまり実父に対抗できないのではないか、とアインホルンの公爵ご夫妻には当初反対されまして」
ああ、まあそうだよね。何か横槍が入るかも、と考えると確かに格下の子爵子息ではちょっと心許ないもしれないな……。
当初公爵家子息のゼノン様の嫁に据えようとかいう話が出てたのも、相手の身分が高い方がナタリア先輩の保護のために都合がいいからだもんね。
「それでバート様は、じゃあ目に見える形で成果を見せる! と張り切って、騎士団の大きなお仕事で結果を出してきたんです。北の国境の森での大規模な害獣討伐遠征で、若手なら普通は数人がかりで倒すような大きな害獣を単身で何体も退治してきたそうですよ。ちなみに今年大量発生していたのは、大型のイノシシだったそうです」
う~ん……? 害獣討伐の話のはずなんだけど、なんか……嬉しそうに獲物のおもちゃをくわえてきては飼い主の前に積み上げて『ほめて!』って目を輝かせてる大型犬が、ちぎれるほど尻尾振ってる光景が見える気がするなぁ?
「それでバート様を気に入った騎士団長様が口添えしてくださったんです。騎士として有望なバート様やその婚約者に何かあれば自分が後ろ盾になるから、と。それでやっと旦那様と奥様が折れてくださったんです」
「はぁ~……なるほど。そんなにも複雑な、色々なご事情があったんですね……」
「そうですね。確かそれが早春の頃ですから……アリスさんがこちらにいらっしゃる少し前のことだったかと」
「それでナタリア先輩がバート様と婚約からの、結婚退職することが決まった……で、その後任として私が雇用されたってことですか……」
これまでご苦労なさってきたナタリア先輩。ただ悲嘆にくれるだけの悲劇のヒロインじゃなくて、多少やんちゃに自分で道を切り開いてきた先輩。
そんな内面をうまく覆い隠し、職場ではちゃんと自分の役割を自覚して貞淑に振る舞ってる……その努力がすごいと思う。
私、なんだかんだでまだ辺境領地で自由きままに過ごしてた時代の口癖でちゃうし……。平民も読むような小説で覚えた平民言葉を思わず使っちゃうしなぁ……。
ナタリア先輩も、もしかしたら胸中では不良っぽい言葉で相手を詰ってるかもしれないけど、普段はそれを出さずに清楚に振る舞ってるってことだよね。それが自分に求められている役割だから。
すごいことだよ。やっぱり尊敬できる人だなと思う。
「……その、私……。ゼノン様と婚約することにはならなくて、本当によかったと思っているんですよ」
先輩の身の上のこともあって、当初は結構強引に二人の婚約が進められようとしていたらしい。
ナタリア先輩とゼノン様、双方の気持ちを置き去りにしたその計画はかなり揉めたそうで、だから私がここに来た初日にご夫妻が婚約話をしたときにはすごい気を遣ってたみたいだね。……今思い出せば、こう、無理強いはしない~とかかなり慎重に言ってたの、そういう事情があったからか……。
ナタリア先輩の時に色々とごたごたしたから、同じ轍は踏まないようにしようということだったんだね。なるほどねえ。
「お仕えする若様と使用人、という間柄なら特に何も思わないんですけど……。彼を夫として見ることを想像すると、私…………」
っああ~……。
そう、だね……。うん……。
あのとにかくマイナス思考で劣等感が強くて自虐的でうじうじどんよりしたところ、このナタリア先輩の血の気の多い性格とは絶望的に相性が悪そうだもんな……。
新しい道を見つけてからはあれでもかなり目に光が宿ったんだけど、私がここに来た当初の頃を思い出すと、うん……。……すごくコメントしづらいよね……。
「多分、殴ってしまいそうで…………」
またもおっとりとした仕草で頬に手をあてて言う先輩のその表情と言っている内容のギャップをかみしめながら、私は隣国のゼノン様のことを想う。
……ゼノン様……、ナタリア先輩との婚約、成立しなくてほんとによかったね……。




