2-3 薄幸令嬢は血の気が多すぎる(1/3)
「……兄様は、その日は本当に嬉しそうに帰ってきましたよ。友人を訪ねて行ったと聞いていたんですが、帰宅するなり『俺は運命の女神に出会ったんだーっ!!』って絶叫してましたからね。……いわゆる、一目惚れ、というやつのようですね」
あっ、すいません、リーノ様がいらっしゃるのを忘れてました。
忘れてたわけじゃないんですけど、あまりにナタリア先輩の生い立ち話の≪情報量が濃く≫て、リーノ様の存在が意識から≪ログアウト≫してましたね……。まあ、もしそう言っても気にしてません、とか言われそうだけど。
あと、さっきの絶叫部分だけはお腹に力入ってたのかバート様にすごい似てたよ。そういうとこで、流石双子だねって思うね。
「え、そ、そうなんですね……その話は初めて聞いたかもしれません」
「そうですね……初めてしたかもしれませんね」
照れる先輩に向かって、淡々とうなずくリーノ様。やっぱりこの人、表情筋があんまり動かなくて愛想がなく見えるだけで、常にずっと眠いとか不機嫌だったりするわけじゃないっぽいな。
「それで、それでどうなったんですか!?」
「あの……アリスさんの目がかつて見たことないほど生き生きしてるんですけど……!」
あまりにテンション高くなっちゃった自覚はあるけどさ、先輩に笑われちゃったよ……。
でもこうやって口元を軽く押えながらくすくすと笑う姿もねえ、上品なんだよなあ……。本当にどこからどう見ても生粋のお嬢様だもの。孤児院とか娼館とか言われても正直全然ぴんと来ないんだよね~……。
「でもまあ、最初は戸惑いましたね……ただこう、熱意に負けて、段々と絆されてしまったというか……」
ふうぅ~ん? あっ、多分今、私ものすごいいい笑顔してる気がする! どうしよう、こういう話って……楽しいね〜!?
「……あの見た目の通り、そのままの性格の方なんです……」
「もう、とにかくただただ単純に正直に、正面突破だったというか……。兄様はいわゆる駆け引きとか器用な真似とかが、本当に一切できない人なので……」
「ふふ、そこがバート様のいいところですから」
へえ~なるほどねぇ。ナタリア先輩も、そういうところが好きなんだ。いいないいな~。
一途なんだねえ、バート様は。
「とにかく何かしら理由をつけて、アインホルン公爵邸に何度も足を運んではナタリア義姉さんに接触してひたすらアピールしてましたよ。それに対してナタリア義姉さんは、最初の頃は、なんだこいつ……みたいな感じでしたね……。路肩のゴミでも見るような目をしてました」
「えっ、嘘!? 私、そんな感じでした!? えぇ~……自覚なかったですけど……客観的に見たらそうでしたか……?」
「まあ、兄様本人はそんなこと小指の先ほども気にしてませんでしたよ。あの人の精神は本当に岩盤みたいに頑丈なので」
「……ああ、少しでも遠回しな表現になっちゃうと途端に、嫌味も何もかも、全く伝わらなかったことは覚えてますよ……」
「というか、このおっとりしてて誰にでも優しい先輩がそんな……ゴミを見るような目を……?」
私が思わずこぼすと、二人は口をつぐんでしまって顔を見合わせている。
え、何。どういうこと……? 何この空気。
「……そうですね……。私、どうもアリスさんに接するときは『頼れる素敵な先輩でいたい』という気持ちが強くなってしまうみたいで……どうしても無意識に見栄を張ってしまうようなんです。アリスさんが私のことを頼りにしてくださっていること、懐いてくださっていることが本当に嬉しくて、つい……。でも、本当の私は……もっと粗野で粗暴で、どうしようもない人間なんですよ」
えっ、嘘だぁ。こんなにお淑やかで美人で優しくて仕事もできる完璧超人の先輩が……? 粗野とか粗暴とか一番縁遠い言葉じゃない……?
その気持ちがそんなに表情に出ていたのだろうか、私の顔を見たリーノ様が一つため息をついて話しはじめる。
「さきほども、口を挟まず聞いていた方がいいかなと思っていたのでそうしましたが。……ナタリア義姉さんは、かなり自分に都合がよくお話していたように聞こえましたね」
「…………ええ、実際そうだと思いますよ。リーノ様のおっしゃる通りです」
ナタリア先輩は、リーノ様の言葉に苦笑いを返す。
「……ナタリア義姉さんがこれまでとてもご苦労なさってきたことは否定しませんし、できません。本当に大変だったと思いますよ。ただ……、自分に都合がよいことしか伝えないのは、それとはまた別の話ではないかと……。そもそも今回、僕たちが会議から追い出されたのも、おそらくナタリア義姉さんが暴走しないようにするためだと思いますし」
会議、というのは今、客間で話し合われているあれのことだよね。
追い出された? 暴走? どういうこと?
「まあ、それは正しい分析かと思いますよ。私がその場に行ったら最後、あのクズに対しての口汚い言葉が止まらなくなりそうですから……きっと収集がつかなくなるでしょうね。そもそも私、昨日のことをすごく怒っているんですよね……売られた喧嘩は買ってしまう性分ですし」
……ん?
「私、座右の銘は『やられたらやり返せ』なので」
…………んん〜?
「孤児院時代は、周囲は男女の区別もあまりなく、しかも皆暴れん坊でしたから。特に私たちの少し下の世代にやんちゃな子が多くて……なぐ……いえ、実力行使で言うことを聞かせていましたからね」
「へ、へぇ……?」
……あれ、おかしい。なんか私の中のナタリア先輩のイメージが急激に崩れていくんだけど。あれぇ……?
「孤児院の先生たちも『ナタリアさんが去ってしばらくは、ナタリアが来ますよ! って言ったら皆怯えて言うことを聞いてくれて楽だったのよ~』なんて言っていたようですね、うふふ」
うん。待って待って。
そんなエピソードをそのおっとりした笑顔で言われると、なんか……脳が≪バグる≫んだけど……。
「まあ、娼館では気骨のある子が歯向かってきたら返り討ちにしたりもしていましたけどね。面倒だったのが伯爵邸の異母姉ですよねぇ……お貴族様の可愛らしい嫌がらせとか全然効かないんですよ、食事に小さいホコリだかゴミだかわかんないものとか?」
はぁ、と小さく息を吐いて先輩は言葉を続ける。
「……こっちは孤児院育ちですからね? その程度でビビると思ってんのかな? ナメてんの? 仮に虫くらい入れられたところでそのまま全然食べますけど?」
ヒエっ。
「でも悪意はしっかり受け取ったんで、しっかり熨斗付けてお返しいたしましたよ。そしたらしばらくは大人しかったんですけどね……。『ナタリアがお兄様に色目を使った』、それが彼女の持ってた最後のカードだったんですね……。……お可哀想に」
あー、あ〜……も〜……。本当に、お可哀想に……。
それにしたって、先輩さあ…………ものすごくいい笑顔で言うじゃん……?
「ただ実際その辺りで、お義母様もちょっと私を庇いきれないなって感じになってきちゃって……使用人たちにもなんか怖がられてましたし……。目を合わせてもらえなかったですねぇ、不思議ですね?」
あっ。これ……もしかして、義母や異母兄が先輩を可愛がってたのって……これまで身近にいなかった珍獣枠で観察対象だっただけの可能性あるな……?
その話聞くと……その異母姉とやらも、突如家に現れた美少女の異母妹に嫉妬してちょっと意地悪したら、想定外にヤバいやつで十倍返しでやり返されたってことか。まあ、自業自得とはいえ、ある意味気の毒だよね。
敵にまわしちゃいけない人を敵にまわしちゃったんだな~……。はぁ……そりゃなんというかまあ、お可哀想に……。
「あの……アリスさん。もしかして、私が物理的に殴ったとか私も同じようにホコリを入れたとか、そういうやり返しをしたとお思いですか……?」
「まあ、ナタリア義姉さんの今の話し方ですと、そう受け取られても仕方ないかもしれないですね」
「あっ、待ってください! ええと……、決してそういうわけではないんですよ! 遠まわしに嫌味を言われたら『それどういう意味ですか?』って聞きますし、面と向かって喧嘩を売られた時はその内容が不条理なことだったら徹底的に正論で返して言い負かします。そういう感じの『返り討ち』ですね。我慢したり泣き寝入りしたりはしてやらないよ、ってことです」
……うん。なるほどね、理解はした。
でもね、先輩、やっぱり強すぎるよ。
私、この人に可愛がられてて気に入られてて、心底よかったよ。
「まあ相手や場合によっては、物理的に手が出ちゃうこともないとは言いません」
……あれぇ……?
私、さっきまで薄幸の美少女がキラキラ騎士様に見初められてハッピーエンド……っていう少女向け恋愛小説を読んでたつもりだったんだよ。
なのに、表紙をめくったら……なんか地下闘技場の戦士が立ちはだかる敵を殴り倒して行く物語が始まって、ねえ……私、いつのまにバトル小説を読んでたの……みたいな? なんかそんな気分になってるんですけど……? なんでかなあ……?
耳の中で、『リーンゴーン』ていうロマンチックな神殿のベルじゃなくて『カンカンカーン!』って闘技場のゴングが鳴ってるんだよ……。




