2-2 先輩の生い立ちが壮絶すぎる(2/2)
私はうなずいて、改めて椅子へと深く座り直す。
「……私は、伯爵令嬢を名乗ってはいますが……庶子なんです」
「庶子……ということは……ナタリア先輩のお母様は、お父様の正式な奥様ではない、ということですか」
「ええ、その通りです。伯爵の父が、平民の愛人に産ませた子ですね。実母は、王都の娼館で一番の稼ぎ頭の娼婦だったそうですよ」
思わず、先輩のそのスタイルのいい身体つきを見てしまう。
なるほど、と言っていいのかわからないけれど、この出るとこしっかり出てて腰のくびれもきゅっとしてて……そういうスタイルのよさと、それから柔らかい包容力のあるこの雰囲気が母親譲りだとしたら……それはまあ、なるほど娼館でナンバーワンなのかもしれないなあ。なんかちょっとわかる気がする。娼館に行ったことないから知らんけど。
「母は、私のことを父には知らせなかったみたいですね。知らせたところでどうにもならない、むしろ悪いことに利用されるだろうという予感があったのでしょう。母は身重の身体で神殿へと逃げ込みました。身の上に同情した娼館の常連客が手引きしてくれたようですね」
「そうなんですね……」
「神殿に保護され私を出産してから、それ以降母は下級巫女として暮らし、私は神殿に併設された孤児院で育ちました。ただ、母はまだ私が幼い頃に肺の病が悪くなり亡くなりました」
「そう……だったんですか。お辛いですね……」
私の言葉に、先輩はゆるく頭を左右に振った。
「母は……元々孤児で身寄りがなく、物心ついたときには娼館にいたのだそうです。なので、巫女として私と共に神殿で暮らした日々は、これまでのどんな日々よりも平穏だったと……そう言いながら笑顔で逝きました」
それはある意味、彼女にとっても、そしてナタリア先輩にとっても一筋の救いだったのかもしれない。
「その後数年経ってからです。あの男が私の存在を嗅ぎつけてやってきたんです。……実父である伯爵です」
「……あぁ……はい……」
うわ。……そうなるんだねぇ……。
「ヤツは私が自分の娘であると主張して神殿の巫女たちを脅して私を攫うように連れて行ったそうです。神殿の皆さんが貴族である父に逆らうことはできませんし、仕方なかったと思います」
「…………」
「その足で、あの男は私を娼館に売り飛ばしました」
「いや真正のドクズじゃないですか」
うわ。さすがに最低すぎて《ドン引き》だわ。なんだそいつ……やばくない?
「ひどいですよね?」
「あの、ひどいなんてもんじゃないですよ。人でなしもそこまで行くと笑えませんけど!?」
「そうですよね。まだ幼くて客を取らされるような年齢ではなかったことがせめてもの救いでしたね……。そこで見習いというか、下働きみたいなものをさせられていた時分に……本当に突然伯爵家から迎えが来て、引き取られました」
「伯爵家……というと、今のご実家ですか?」
「ええ、実父の家ですよ。お義母様……実父の奥様ですね。その方がどこからか私の事情を聞きつけて、保護してくださったのです。お義母様は本当に人のできたお方で……あのクズとの結婚は家同士の契約だったそうですけれど、本当に心底不憫でなりません……。ちなみにその頃はクズはその時分に付き合っていた愛人のところへこもっていて、邸には帰ってきていませんでしたね」
あのね、そのドクズ実父のことを言う時だけ、先輩の表情から感情がストンと抜け落ちるの。怖い。
「お義母様は、私のことを気にかけてくださって……貴族令嬢として何不自由ない生活を与えてくださって、家庭教師をつけて貴族の令嬢として恥ずかしくないように教育も授けてくださいました。本当に感謝しています。邸には異母兄と異母姉が暮らしていて……異母兄も、私にはとても優しくしてくれましたね。ただ……その」
あ、この話の流れ、ちょっと嫌な予感がする。
「異母姉とは、……ちょっとうまくいかなくて……」
そっか~……。うん、いや、まあ、わかるよ。わかっちゃいけないのかもしれないけど、わかる……。
こんな美女……いや、もっと先輩がお若い頃だから『美少女』かな? それがいきなり家にやって来る、自分の母親や兄がその娘を気にかけて構っている……。面白くないな、という気分になるのも、まあ、わかるかなぁ……。
同じ年ごろで同性なら、嫉妬の感情だって湧いちゃうかもだよねぇ……。
「そのうち異母姉が『ナタリアさんが私の婚約者に色目を使った』みたいなことを言って騒ぎ出し始めまして……。もちろん私は、全く身に覚えがありませんでしたが」
あああ、やっぱりそういう展開になるのかぁ……と、私は頭を抱えた。これだけ可愛いと本当に大変なんだな……。
ゼノン様のときも似たようなことを思ったけど、見た目がいい、魅力的っていうのも大変なんだねえ……。
「それで結局、私は伯爵家を追い出されることになってしまいました。その最悪のタイミングで、ずっと邸に寄り付かなかった実父が急に帰ってきてですね。今度は……なんだったかな、お前にいい嫁ぎ先をみつけてやった? とか、そういう寝言を言い出しまして……」
もーほんとやめてほしい、ちょっと黙っててほしいのよ、そのドクズはさぁ……?
ていうか先輩ももう寝言とか言ってるよ。相当強い恨みを感じる……、わかるけどさぁ!
「どうせロクな話でもマトモな相手でもないでしょう。困り果てたお義母様が、こちらのアインホルン公爵家に助けを求めたんです。そちらで保護してはもらえないか、と」
「あ、そこでここの公爵家に繋がるわけですね」
「はい。当初は、私のことをゼノン様の嫁に据えようとしていたみたいですよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ええ。こちらの公爵家に籍を移してしまえばもう手出しができませんからね。ただ、ご存知のとおりゼノン様にご結婚の意思がなくて……結局、その話は立ち消えになりましたけど。じゃあイヴァン様は……というと、公爵家嫡子の嫁にはちょっと庶子の伯爵令嬢では身分が足りなくて。まあ、そうでなくてもご存じのとおり、イヴァン様は婚約者を変更する気はないようですしね」
仕事もできて気遣いもできる、人柄もいい。
ここへ来たときに私が若様たちの嫁候補と言われて、私なんかよりいっそナタリア先輩みたいな女性の方が……なんて思ったことを思い出すけど、それもまああながち見当違いじゃなかったんだな。
「そういうことだったんですね……」
ちなみに、いっそアインホルン公爵家の養子にするか……つまり、若様二人の義妹とするか、という話も出たらしい。
ただ、ナタリア先輩はそのお義母様に対しての恩義を感じていて、彼女との絆がなくなってしまうことをよしとしなかった。そのため、まだ伯爵家に籍を置いたままにしているらしい。
「その代わり、住み込みで使用人として働かせていただくことになったんです。私としては、このままずっと公爵邸で働かせていただくつもりでここへ来たんですけど……。それから、少し経ってからです……。彼が、私の前に現れたのは」
先輩の纏う空気が一転して、これまでの底冷えするような迫力を感じさせるものからふわっと軽く、甘くなる。
お、これは……いよいよお待ちかね、悲劇のヒロインを救う王子様の登場シーンなんじゃない?
「バート様は、王立騎士団へお勤めというお話は昨日もさせていただきましたよね? 彼は同僚のゼノン様を訪ねて、この邸にいらっしゃったんです」




