2-2 先輩の生い立ちが壮絶すぎる(1/2)
その日の深夜遅く、私はもう自室に下がっている時間のこと。窓の外から聞こえて来た馬車の移動音や玄関の開閉の音がしてからしばらくして、ぺルラ様が私の自室までナタリア先輩が無事に帰ってきたと知らせに来てくださった。
夕方には使用人たちはもちろん若様も含めて一緒になって皆で心配していたので、ぺルラ様とニコラス様が手分けしてわざわざ使用人の皆に知らせて回っていらっしゃるみたい。もちろんナタリア先輩に何があったのかは気になったけど、そんな状況で『詳しい話は明日改めて』と仰るぺルラ様をお引止めすることはできなかった。
次の日の朝。使用人たちが今日一日の指示を得るため集合をし始めた前で、イヴァン様とニコラス様が厳しい表情で相談している内容が漏れ聞こえてくる。
「……一応昨日も騎士団の詰め所で応急処置や怪我の具合を見てもらったりはしたらしいが、念のため改めてうちの主治医によく診てもらった方がいいだろう。手配、頼めるか?」
「畏まりました。往診に来ていただけるようすぐに先生に使いを出しましょう。幸いナタリアさんに大きな怪我などはないようですが精神的な疲れは溜まっているでしょうから、少なくとも今日一日は部屋で休ませます。彼女の明日以降の勤務も、侍女長と様子を見ながら適宜決めることにいたします」
「ああ、頼む。それからナタリアと親しい者で女性は、部屋に様子を見に行くついでに元気づけてやってほしい。皆にそう伝えてくれ」
私たち使用人たちにとってもナタリア先輩はもちろん大切な仲間だけど、使用人と結構距離の近いイヴァン様にとっては先輩含めて皆が家族みたいなものだからなのかナタリア先輩のこともすごく心配なさっているみたいだね。
ね……、ちょっと使用人との距離感が≪バグってる≫よなぁ、うちの若様。そういうところもっと区別した方がいいんじゃないのかなぁと思わなくもないんだけど、そこがイヴァン様のいいところなのかなぁとも思うし……難しいところだね。
「それから早馬で、旦那様と奥様が今朝早くに領地を出発なさってこちらへ向かう予定という連絡も来ております」
「あぁ……まあそうなるだろうな。到着は……今ごろ出発してるなら、夕方には着くか」
「そうですね、速くて昼過ぎ……少なくとも日暮れ前にはいらっしゃるかと」
それを聞いて、私たち使用人たちの間に一気に緊張が走った。
旦那さまと奥様が領地からこちらの王都タウンハウスへといらっしゃる時は、いつもある程度日程に余裕があって私たちもゆっくりお迎えの準備をするんだよ。少なくともこんなに急なことって私は初めて。……え、じゃあいつもゆっくりやってる準備を、今日は午後までに超特急でってこと……?
案の定、その後はここに勤め始めてからこんなにバタバタするのはこれまでないってくらいに忙しかった。しかも今晩にはお客様が複数人いらっしゃるらしいという追加情報も入ってね。旦那様と奥様が到着なさってからも、使用人一同てんてこまいで邸の中はてんやわんやですよ。
旦那様と奥様が到着してすぐその馬車二台は、お客様のお迎えのためといって護衛騎士様が乗り込んで慌ただしくまた出発していく。
私はというと……とりあえずまずは奥様のお部屋を整えたりお召し物の準備したりその辺りのお世話でバタバタして、次はお客様への対応準備。
私は一番広い客間のお掃除担当でね。普段からお掃除はしてるんだけど机やソファを拭いたり細かいところの埃やゴミを払ったり、お花を新しいものに生け換えたり。
まだまだ下っ端だから先輩の指示で動いているだけだけど、いつかは私がこういう指示を出さす立場になるのかも。その時までに、しっかり勉強しないと……。
そんなこんなしている間に二台の馬車が戻ってきたので、また使用人たちでお出迎えをする。
まずは背筋のピンと伸びた品のいい妙齢の貴婦人と、お兄様よりはもう少し年上かな、といった感じの青年。どこぞの奥様とご子息っぽいね。
それからもう一台の馬車から降りて来たのは一組のご夫婦と、そこに同乗していた青年の三人。彼は見覚えがある顔だ……昨日ナタリア先輩を訪ねて婚約者のバート様と一緒にいらっしゃった、バート様の弟君のリーノ様だね。私と目が合うと、わずかに頭を下げてくださった。
更にその後、もう一台馬車が到着する。今度は剣を下げた軽装の鎧姿の騎士のおじさま、それからその従者っぽい何やら書類鞄を抱えた男性の二人組。この二人は騎士団の馬車に乗ってきたみたいで、公爵家から迎えを出した家紋付きの馬車じゃないね。
う~ん……リーノ様がいらっしゃるということは、あの……こう、身体つきよくて肌が日に焼けてる旦那さまと、ちょっと恰幅のいい奥様のご夫婦はレーヴェ子爵とそのご夫人かしら……? それならリーノ様は来てるのに、バート様はどうしていないんだろう。
他の方々は知らない人たちばっかりだけど、昨日の今日……しかもレーヴェ子爵もいるってことで多分昨日のナタリア先輩たちの事故の関係だよね? きっとその件で相談だか情報交換が必要ってことなんだろうなぁと、そこまでは予想がつくんだけどね……。
うん、まあ、部外者なので正直何もわからない!
野次馬的な興味がないとは言わないけど、どう考えたって私個人が首を突っ込んでいい話ではないし。……ただ、どうしても嫌な想像をしてしまう。だってこの状況から考えるとやっぱり、昨日のナタリア先輩の事故は事故じゃなく事件だったってことなんじゃない……?
***
「失礼します」
「……はい」
「アリスです。ナタリア先輩……今、よろしいですか?」
扉をノックしてから、先輩の自室の扉を開けて中を覗く。
「アリスさん!!」
寝台の上に半身を起こしていた先輩は、私を見るなりとても嬉しそうに瞳を輝かせた。
顔色もよくて、思ったよりも全然元気そうでひとまずほっとする。よかった。
「お加減はいかがですか?」
「ご心配かけてすいません。アリスさんにも、皆さんにも……。見ての通りすごく元気なんですけど、お医者様にもぺルラ様にも今日は部屋から出ずにちゃんと休めって言われてしまって……とっても暇なんです。お客様がたくさんいらしているんでしょう? 皆さん忙しそうで罪悪感がすごいです……働かせてくれたらいいのに……」
「先輩は仕事人間ですねえ~。今日くらいはきちんとお休みしてください」
「だって私は、昨日もお休みをいただいてたんですよ!? ああ、もう……本当に申し訳ないです」
「困ったときはお互い様ですよ! 使用人皆で先輩の分までカバーしますから!」
「そうですね、ありがとうございます……」
言って彼女は、少し苦々しく微笑んだ。
「……今、関係者の皆さんがいらっしゃってお話合いをしているんですよね? 多分、私がそこへ行くときっと余計なことを言うだろうから……だから多分、ここに閉じ込められてるんですよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです! ひどいと思いませんか?」
頬を少し膨らませ『ぷんぷん』とでも聞こえてきそうな可愛らしい怒り顔に、私は思わず吹き出してしまった。
笑っちゃいけないんだろうけど……それでもあまりに可愛らしくて、ちょっと安心してしまって。
「関係者の皆さんといえば……実は今、こちらにリーノ様をお連れしてて……」
「あら、リーノ様が……?」
「はい、先ほど廊下で声をかけられまして……先輩の様子を見てきてほしいと言われたそうでご案内してきたんです」
「ナタリア義姉さん……リーノです。声を聞く限り、元気そうで安心しました」
リーノ様は、まだ扉をくぐっていない私の隣でずっと待ってくださっている。今も廊下から、部屋を覗き込まずに声だけでナタリア先輩に話しかけてくださっているんだよ。
そうだね、女性は起床すぐの恰好を男性には見せられないものね……だから気を遣っていらっしゃるんだ。
「あら……そうとは知らずにアリスさんと長く話し込んでしまいましたね。だからアリスさんもずっと扉の外へいらっしゃったのね……早く部屋へ入ってくればいいと思っていたんですけど。じゃあ、リーノ様をずっとお待たせしていたのかしら? ……申し訳ないわ」
「いえ、僕のことはお構いなく」
「そうはいきませんよ。様子を見て来いと言われたのですよね? リーノ様もこちらへいらしてください」
「そうですね……」
リーノ様の視線を受け、私はひとつ頷いた。
「リーノ様、申し訳ありませんがあと少しお待ちください。先輩、まず私だけ入室します」
「ええ、わかりました」
私はナタリア先輩の髪の毛を少し整えてから、先輩の了解の元クローゼットから寝着の上に羽織るショールを取り出して先輩の上半身を覆い隠す。よし、これなら私が同席すればリーノ様をお迎えしても大丈夫だろう。
改めて扉を開いて、リーノ様に入室していただいた。
「それにしても、先ほど先輩が仰っていましたけど、この部屋へ閉じ込められてるっていうのはどういう意味なんですか……?」
「あ~……それなんですが、私とバート様の婚約は少し事情が入り組んでいまして……。具体的には、私たちの婚約に反対というか、邪魔をしようとしている人がいるんです。昨日のこともそれが原因で……」
「えっ!? それって結構一大事じゃないですか!?」
「まあ、はい……。色々と面倒ごとになってしまっていて……」
「……本人たちがどれだけ純粋に思い合っていても、一筋縄ではいかない事情があるんです」
そうだね、昨日出発前に見る限りでは、ナタリア先輩と婚約者のバート様は本当に仲睦まじく見えたんだよなあ。
でも貴族の結婚ってやっぱり家同士の契約だからさ、必ずしも本人たちの気持ちが通じ合ってるから成立する、ってわけじゃなくて。色々と家同士の確執があったり利害が一致しなかったりとかすると面倒なことになるとは聞くけどね。
「まあ……これ以上揉めたくないなら、本当は私は婚約を諦めて公爵邸にこのままいさせていただくのがいいのかもしれません……。いえ、それはそれで、公爵邸の皆さまにご迷惑をおかけすることになっても申し訳ないですよね……」
「えっ、先輩はそれでいいんですか? バート様との婚約を諦めても……?」
「いいわけないじゃないですか。それにもし私がどうこう言ったところで、バート様が絶対に諦めてはくれないと思いますし」
「ナタリア義姉さん、大丈夫です。話し合いの内容は、そういう方向に向かってはいませんよ。皆、バート兄様とあなたの幸せを願っている方たちばかりですから安心してください。どちらかというと、諸悪の根源を断つ方法を模索しておいでです」
「そう……ですか。じゃあなんで私はここに押し込められてるんですかね……」
「まあ……。端的に、冷静にお話に加わることが難しい状態かと判断されているんだと思いますよ」
「…………それは、はい。そうです」
言ってしょんぼりとうつむいてしまった先輩を見て、私の頭の中はぐるぐるしていた。
え~なになに? 先輩とバート様の純愛を邪魔する、めっちゃ悪い悪役がいるってこと? え~事情ってなんだろ、どういうことなんだろ。気になる~!
……けど、これ首を突っ込んでいいのかどうかわからないな……いや、ダメでしょ。ダメだよ。だって私、先輩にとってはただの同僚だし……身内とかじゃないんだよ……!
「ふふ、アリスさん、どういうことだろ気になるな~ってお顔をなさってますね」
「そ、そんなことは、ないですけど……」
ああ、嘘も苦し紛れがすぎる……これは確実にバレてるな……。
「リーノ様……アリスさんに、事情をお話してもいいと思います?」
「……まあバート兄様含めてうちの事情というよりは、ほぼほぼナタリア義姉さんの個人の事情ですから。あなたがいいと思うのならそうなさったらいいと思いますよ」
「……ごめんなさいね、アリスさん。私の身の上話を聞いてもらえますか。少し、長い話になりますけど……」
そう言って先輩は、少し悲し気に微笑んだ。




