時空の三連星 第1章 第9話
《時空の三連星》
第九話
「……三位一体、シズの完全覚醒」
現世の夜が、静かに更けていく。
シズは自室の机に向かい、激しい呼吸を整えようとしていた。
全身の細胞が、まるで高電圧の電流を流されたかのように、熱く、激しく脈打っている。
彼女の脳内には、天才中学生ハルが極限まで磨き上げた
「人間精神洞察のロジック」が溢れ、その四肢には、高校生アオイが命がけで鍛え抜いた 「圧倒的な武技と肉体の記憶」が、完璧な形で定着していた。
知の深淵と、武の極致。
異なる時空で自らの思念が貪欲に追い求めた果実が、いま
現世のシズというひとつの器の中で完全に融合を果たしたのだ。
シズは、机の上に置かれた古びた小さな写真立てを愛おしそうに見つめた。
そこに写っているのは、十四年前の大災害の直後、仮設病棟の片隅で撮られた一枚。
煤だらけでありながら孤高の輝きを放つ少年時代の駿と
彼のシャツを必死に握りしめる幼い自分。
「駿……」
その名を呟いた瞬間、シズの瞳に宿る光が
これまでとは比較にならないほど鋭く、深く変貌した。
ハルとアオイの能力を完全に引き継いだ今の彼女の洞察力は、世界の因果律そのものを透 視するかのように冴え渡っている。
自分がなぜ、あの苦手な祭りの夜に、引き寄せられるように境内へと足を運んだのか。
その理由も、今の彼女ならすべて理解できた。
あの邂逅は、偶然ではない。
自分の中に眠る狂おしいほどの切望が、時空の法則すら捻じ曲げ
引き起こした「必然」だったのだ。
しかし、すべての能力と記憶が統合されたからこそ
シズの胸には切なくも悲痛な葛藤がこみ上げる。
「こんなことしてる場合じゃない。私はもう、あの日の無力で寂しかっただけの子供じゃ ない。だけど……」
シズはそっと自らの胸を強く圧えつけ、身悶えするように瞳を閉じた。
駿という男は、強靭な体力、卓越した洞察力、深い知識を併せ持つ、文字通りの怪物だ。 ハルとアオイの結晶を得た今の自分であっても
彼と対等に並び立つには、まだ何かが足りない。
「今の私では、並び立つどころか追いつけない。そして……まだ愛されてはいけない。
愛してはいけないの」
彼を誰よりも愛しているからこそ、不完全なままで彼の前に立つことは
自分自身の魂が許さなかった。
完全に彼の隣に並び立ち、その孤独を分かち合えるだけの
「心」と「強さ」を完成させなければ、真に愛し合うことなどできない。
蘇った記憶と、かつてない強烈な信念がシズの内で激しく鳴動する。
ハル(知)、アオイ(武)を経て、現世のシズ(心)が完全に覚醒した。
三位一体となった彼女の執念は
もはや一つの時間軸に留めておけるような規模を超えていた。
同じ夜、同じ街のどこかで、駿が写真を見つめて彼女の存在を看破したように
シズもまた、夜の闇の向こうにいる駿の気配を、本能的に、そして確実に捉えていた。
(待っていて、私のヒーロー。もうすぐ、あなたに追いついてみせるから)
思い出された一本の道筋が、時空の狭間の先へと真っ直ぐに伸びていく。
シズの心に宿る強烈な信念の炎は、静かに、しかし絶対的な決意と共に
物語を次なる狂瀾の展開へと導こうとしていた。




