時空の三連星 第1章 第8話
《時空の三連星》
第八話
「……極限の鳴動、アオイの肉体」
静まり返った夜の道場に、鋭い呼気と畳を激しく叩く音が響き渡っていた。
アオイは、大柄で屈強な大人の門下生たちを相手に、一人で立ち向かっていた。
突き、蹴り、そして流れるような関節技。
空手、合気道、新体操のしなやかさ
そして陸上十種競技で培った圧倒的な爆発力――それらすべてが
彼女という一つの肉体の中で完全に融合していた。
「くそっ、本当に高校生か……!」
巨漢の男が、アオイの電光石火の体捌きによって容易く畳に沈められ、息を荒くして唸る。周囲の見学者たちは、彼女の凄まじい身のこなしに驚嘆し
同時にその気迫に気圧されて言葉を失っていた。
上気した顔、薄っすらとネオンの光を反射して輝く汗。
道着の袖から覗く引き締まった四肢は、生物として女の究極の美しさを放っている。
しかし、アオイの心は満たされていなかった。
彼女の脳裏にあるのは、あの朝日の坂道ですれ違った駿の後ろ姿だけだ。
(こんなんじゃ駄目。これではまだ、自分を追い込み、磨き上げる鍛錬が足りない……!)
あの瞬間に感じた、駿の圧倒的な肉体の説得力。
生物として、男として、孤高の強さを誇る彼の隣に立つためには
常人の限界に甘んじているわけにはいかなかった。
筋肉が悲鳴を上げ、肺が灼けるような苦痛。
だが、それを超えるたびに、アオイの胸には狂おしいほどの愉悦が込み上げてきた。
この肉体を、この技を極限まで研ぎ澄ますこと。
それが、駿という最愛のヒーローに「一人の強い女性」として認められ
愛されるための唯一の道筋だからだ。
「もっと……もっと私を追い込んで、もっと!せぇーーやぁ‼」
生真面目で、明るく、愚直なまでのアオイの叫びが道場に響く。
彼女の魂に灯った強烈な信念と、思い出された愛の道筋は
彼女の身体能力を人間を超越した領域へと押し上げようとしていた。
そして同じ瞬間、異なる時空を生きる二十代のシズの身体に
凄まじい「地殻変動」が起きていた。
現世のシズが街を歩いていたとき、背後から猛スピードで突っ込んできた
暴走自転車がいた。
普通なら避けることもできないタイミング。
しかし、シズの身体は思考よりも早く、完璧なまでの体捌きで
空に弧を描きその危機を回避していた。
無意識のうちに美しく、かつ野生的なステップで着地した
シズは自らの両手を見つめて息を呑んだ。
「今のは……アオイの……? 私の、肉体の記憶……!」
全身の細胞が、沸騰するかのように熱い。
ハルが極めた「精神と洞察」に続き、今度はアオイが命がけで鍛え上げた
「肉体と思考、武技の結晶」が、因果律の壁を突き破ってシズの肉体へと流れ込み
同化を始めていた。
知の深淵と、武の極致。二つの特異点が、現世のシズという器の中で
一つの巨大な奔流となって鳴動を始めていた。
駿という終着点へ向かって
時空の歯車はさらに加速していく。




