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時空の三連星 第1章 第7話

              《時空の三連星(トリロジー)


第七話


「……知の深淵、ハルの選択」



あの夕暮れの橋の上で、駿の背中に向かって


「わたし、ああ言う人《好き》!」


と叫んだあの日を境に、ハルの中の世界は一変していた。

それまで彼女の耳元で途切れることなく聞こえていた

あの切なくも愛おしい《囁き》は完全に途絶えた。

しかしそれは、決して孤独になったことを意味しない。

むしろ逆だった。

囁きはハルの血肉となり、細胞の一つひとつに溶け込み

彼女の脳細胞を爆発的な速度で覚醒させていた。


「ハル……あなた、本当に中学生なの?」


進路指導室で、担任の教師が困惑と、どこか恐怖の入り混じった表情でハルの提出したプリントを見つめていた。

全教科学年トップ。

それはハルにとって、もはや当然の通過点にすぎなかった。

今の彼女が挑んでいるのは、義務教育の枠を遥かに超えた

人間の精神そのものを解剖するような学問の領域だった。

ハルは、担任の微細な視線の動き、手の震え、呼吸の浅さから、彼が今どのような心理状態にあるのかを、冷徹なまでに読み取っていた。


(先生は今、私を気味悪がっている。自分の理解の及ばない存在を前にして、自己防衛の壁を作ろうとしている……)


かつてのハルなら、そんな大人の視線に傷つき

人見知りの殻に閉じこもっていたのかもしれない。

だが、今のハルには迷いも怯えもなかった。

駿のあの、すべてを見透かすような圧倒的な洞察力。

それに対抗し、いつか隣に並び立つためには、人間という存在の

「心」を完全にハッキングできるようにならなければならない。

並び立つどころか、追いつくことさえできないのだ。


「私は、人間精神洞察の分野を極めたいと思っています。飛び級であっても、海外の大学であっても構いません。最短で、その深淵へ至る道を歩みます」


ハルが静かに、しかし有無を言わせぬ確信を込めて告げると

担任の教師は言葉を失い、ただ唾を飲み込むことしかできなかった。

自宅の部屋に戻ると、ハルは机の上にうず高く積まれた難解な心理学や行動分析学の専門書を開いた。

彼女の脳裏には、あの橋の上で振り返った駿の、驚きに満ちた鋭い双眸が焼き付いている。


「まだ足りない。もっと、もっと深く潜らなきゃ……」


ハルは憑かれたようにペンを走らせる。

彼女のこの執念に満ちた「知」の鍛錬は、単なる勉強ではなかった。

それは、時空の彼方にいる最愛のヒーローに、自らの存在を認めさせるための聖戦だった。彼女の精神は、中学生という肉体の器をきしみ焦がしながら

のちに弱冠二十代で博士号を取得することになる

「天才精神分析官」

としての土台を、確実に築き上げていた。

そしてこの瞬間、異なる時空を生きる二十代のシズの脳内に

突如として膨大な


「心理分析のロジック」


が閃光のように流れ込んでいく。

現世のシズは、自室のベッドで突然激しい頭痛に襲われ、頭を抱えて身悶えした。


「くっ……あっ、頭が、熱い……っ。これは、ハルの……私の、知性……?」


異なる時間軸で、自らの具現体が極限まで磨き上げた「知」の果実。

それが、現世のシズという本尊へ、因果律の壁を越えて同期を始めていた。

シズの瞳に、中学生のハルと同じ、底知れない鋭い光が宿り始めていた。



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