時空の三連星 第1章 第4話
《時空の三連星》
第四話
「孤高の洞察、あるいは三つの歪み」
御子柴駿は、深夜の静寂の中、自室の机で一本のペンを握りしめていた。
30歳、独身。強靭な体躯、他人の嘘や世界の綻びを瞬時に見抜く圧倒的な洞察力
そしてあらゆる学問に通じる深い知識。
すべてが見えすぎてしまうがゆえに、彼の目に映る世界は退屈で
時間はただ砂のように過ぎていくだけの代物だった。
だが、ここ最近の彼の頭脳は、かつてない激しさで回転を続けている。
自らの記憶を冷徹に解析するため、駿はノートにペン先を走らせた。
『特異点1:祭りの夜・白いワンピースの女』
人混みを嫌う自分がなぜあの夜、境内へ足を向けたのか。
目的の記憶すら曖昧な不自然な行動。
そして、雑踏の隙間で視線が絡み合ったショートヘアーの女性。
わずか3秒、だがその瞳には、初対面とは思えない
「見付けた!」
という絶対的な確信があった。
世界のノイズが消え、彼女だけが凛と立っていた感覚が今も皮膚に残っている。
『特異点2:黄昏の橋・三編みの女子中学生』
仕事の帰り道、夕陽が映える橋ですれ違った少女。
5・6歩が過ぎたとき、背中に投げつけられた
「わたし、ああ言う人好きっ!」
という言葉。
単なる思春期の気まぐれなら聞き流せる。
だが、振り返った彼が見たのは、すべてを納得したような深く静かな喜びの笑顔だった。
そして、自らの背中に理屈を超えた「暖かな何か」が残っている。
『特異点3:日曜の朝・坂道のポニーテール』
凛とした朝の散歩道。すれ違った小柄なアスリートの少女。
一度は通り過ぎたはずの彼女の足音が不自然に反転し、再び自分へと近づいてきた。
並び立ち、満面の笑顔で放たれた
「おはようございます!」
という愚直な迄の声。
その瞳の奥にあった
(この人に決めた!)
という強烈な意志。
何度も振り返り、手を振っていたあの仕草。
駿はペンを置き、組み上げた両手の手顎に顔を埋めた。
「あり得ない。だが、無視するには符号が合いすぎる」
年齢も、服装も、場所も全くバラバラだ。
しかし、彼女たちの瞳の奥には共通する「同一の熱量」
狂気にも似た切望と執念の光があった。
駿の知識は、ひとつの恐るべき仮説を弾き出す。
なぜ、出会う前後の自分の記憶だけが霧がかかったように曖昧なのか。
「彼女たちが私を見つけたのではない。彼女たちの持つ『強い思念』が因果律を捻じ曲げ、私をあの場所に引きずり出したんだとしたら……」
異なる時間軸、異なる空間。だが根底にあるのは、間違いなく
「一人の女性の魂」だ。
彼女は姿を変えながら、時空の狭間から自分を必死に捜索し
アプローチを仕掛けてきている。
誰とも理解し合えず、心が危ないほどに軋んでいた駿の孤独な世界に
巨大な楔が打ち込まれた。
「一体、何故だ。君はどこから、どんな思いで私を見ている?」
駿の鋭い双眸が、誰もいない深夜の闇を射抜く。
彼女たちの「発見、希望、確信」を経て、今
駿の圧倒的な洞察力が
時空の謎を解き明かすために動き出そうとしていた。




