時空の三連星 第1章 第3話
《時空の三連星》
第三話
「旭光の坂道、魂の反転」
日曜日、夜明け直後の空気は冷たく、凛として澄み渡っていた。
まだ誰もいない丘へと続く、なだらかな坂道。
昇り始めたばかりの旭光が、世界を柔らかい黄金色に染めていく。
アオイは、その清々しい朝の光を浴びながら
軽快な足音を響かせてジョギングをしていた。
幼い頃から、バレエ、新体操、水泳、居合、空手、合気
あらゆるスポーツや武術において周囲が驚嘆し
時に引いてしまうほどの凄まじい身体能力を発揮してきたアオイ。
高校では陸上部にスカウトされ、過酷な十種競技に身を投じている。
彼女にとって、毎朝のルーティントレーニングは自らの肉体を研ぎ澄ます
神聖な儀式だった。
上気した顔に、薄っすらと旭光を浴びて光る汗。
ポニーテールが彼女の躍動に合わせてリズミカルに揺れる。
その坂道を、一人の男が歩いて下りてくるのが見えた。
すれ違う、まさにその瞬間だった。
男の名は、駿。
彼が纏う、あまりにも強靭で圧倒的な存在感、孤高の佇まいがアオイの五感を直撃した。
世界のすべてを見通すかのような鋭い洞察力を秘めたその姿。
一瞬の交錯だったが、アオイの身体は、まるで魂を射抜かれたかのように凍りついた。
男の後姿が遠ざかっていく。
その時、アオイの肉体が、自らの意思を無視して勝手に反転した。
(え……? なんで……?)
なぜ私は、見ず知らずのあの男性の姿を追っているのだろう。
驚愕する彼女の脳裏に、自分の中に眠る本能が激しく呼びかけ、強烈な思念が怒濤のごとく流れ込んできた。
《追って伝えなさい。彼に、貴方の心を――》
抗えない体に導かれるように、アオイの脚はアスファルトを蹴っていた。
遠ざかる駿の後ろ姿。それを見つめる自分の胸奥から、拭い去ることのできな
狂おしいほどの懐かしさと思念が溢れ出してくる。
ずっと、ずっと昔から、私はこの後ろ姿を追いかけ続けていた気がする。
一歩、また一歩と駿に近づいていく。
彼の姿が近づいて行くたびに、心臓は爆発しそうなほど高鳴り
発汗と全身の熱量が跳ね上がる。
これは過酷なトレーニングでも感じたことのない、魂の昂りだった。
ついに、駿の横まで追いつき、仮にも並び立つ。
その瞬間、身体を突き抜けたのは、言葉にできないほどの至上の愉悦だった。
アオイは満面の笑顔を浮かべ、弾けるように、元気よくハッキリとした声で叫んだ。
「おはようございます!」
それは、あまりにも不器用で、生真面目で、明るい
彼女の愚直なまでの精一杯の言葉だった。
これ以上の洗練された台詞など、今の彼女には必要なかった。
ただ、この溢れる想いをぶつけることしかできなかった。
「アッ、おはよう」
突然のことに驚き、慌てて返事をする駿。
その驚いた顔を、上気した顔で見つめながら、アオイの胸の内には
(この人に決めた!)
という、揺るぎない確信が満ち満ちていた。
すれ違い、今度はアオイが坂を駆け上がっていく。
何度も何度も振り返り、後ろ髪を引かれながら、駿に向かって軽く手を振った。
駿もまた、戸惑いながらも彼女を見送っている。
遠ざかる駿の姿を見つめながら、アオイの心の底には、強烈な信念と
進むべき「思い出された道筋」がはっきりと刻まれていた。
(こんなんじゃ駄目。これではまだ、自分を追い込み、磨き上げる鍛錬が足りない……!)
ハルが『知』を極めるように、私はこの『肉体』と『武技』を極限まで追い求める。
駿の、あの圧倒的な強さに、本当の意味で並び立つために。
いつの日か、あの人に心の底から愛されるために。
朝日に輝く坂道を進むアオイの足取りには、時空の壁をも打ち破る、歓喜と決意
執念のステップが刻まれていた。




