第96話:ついに婚約!
――――――――――王宮にて。クインシー視点。
一学期の試験前後の時期、聖女様は最高に忙しかったと思う。
ただでさえ学業と聖務があるのに、ガルガン宮廷魔道士長の転移実験に付き合ってもいる。
『大分軽くなったね』
『実用化と言ってよろしいですな。聖女殿しか使用できぬのが残念ですが』
転移魔法は実用化レベルらしい。
一度行ったことのあるところならどこへでも転移できるそうで、聖女様は当然大喜び、そしてガルガンも大変満足げだった。
それから刺繍クラブで作製した魔法陣ケープをいくつか宮廷魔導士にも献呈し、カメハメハ産ナンゴクアマの刺繍糸も使えるから、バランだけじゃなくカメハメハからも輸入してくれと交渉していた。
これはカメハメハがモアナ嬢の母国であるからだけでなく、輸入先を複数確保しておく意味合いもあるんだと思う。
サリー部長とともに刺繍のリリアン先生とも交渉していた。
去年、選択科目が刺繍でかつ刺繍クラブの部員だった者は、文化祭の課題ノルマで地獄だったらしいから、それを避けるため夏休み前から動くそうだ。
聖女様の手の早さがリリアン先生をやる気にさせ、応援旗を完成させるという無謀さに繋がったため責任を感じているみたい。
『ねえ、先生。クラブの方で魔法陣を刺繍した目新しい品を披露するから、選択科目の方で従来品やってよ』
『そうね、去年は張り切り過ぎたわ。夏休みの宿題にして余裕を持たせましょう』
刺繍ダブルの生徒も去年のように泣くことはないと思う。
そして聖教会大司教アナスタシウス叔父とシスターを務めていたエインズワース公爵家のジョセフィン嬢の結婚式が執り行われた。
アナスタシウス叔父は領地を持たない公爵を兼ねることとなり、今後も夫婦ともに聖教会の幹部として務めることに変わりはないそうだ。
合わせてボクの立太子と、ボクと聖女様の婚約も発表された。
それで今日はアナスタシウス叔父とジョセフィン夫人、聖女様を迎えて非公式の会食ということになっている。
「何だ、アナスタシウスは不満があるのか?」
「そういうわけではありませんが」
「お姉ちゃんが幸せならばいいんだぞ?」
お父様と聖女様がアナスタシウス叔父を虐めて楽しんでいる構図に見える。
叔父様にしてみれば、いつの間にか結婚しなきゃいけない羽目になった、と考えているふしがあるようだ。
でもジョセフィン夫人が晴れやかな笑顔なので、多分これでよかったんだと思う。
本来ボクと聖女様の婚約は、学院高等部卒業後になる予定だった。
しかしアナスタシウス叔父の結婚と新公爵家創始の結果、必然的にジョセフィン夫人の妹ユージェニー嬢がエインズワース公爵家を継ぐだろうという思惑が浮上することになった。
そしてその思惑は正しい。
しかしそれまでユージェニー嬢がボクの妃本命と見る向きがあったようで、それを打ち消すために聖女様との婚約が早まったのだ。
聖女様の影響力が各方面で大きくなっていることもある。
お母様が聖女様に聞いている。
「パルフェちゃんはクインシーのことどう思うの?」
「殿下は優しいしいい人だから好きだよ。初めて会った時に比べてすごく背が高く格好よくなったじゃん? キュンキュンしちゃうわー」
聖女様はボクのことをそんなふうに思ってくれていたのか。
恥ずかしいけど嬉しいなあ。
あれっ? お母様が微妙な表情だ。
あっ、これは多分『優しいしいい人』という評価が、王たるべき者としては不十分と考えているからだな?
「夏休み中にモアナちゃんの国カメハメハへ遊びに行こうと思うんだ。クインシー殿下も連れていっていいかな? 転移で一瞬で飛べるようにしとくから」
「よろしいですわよ。クインシーも経験を積んでらっしゃい」
「はい」
転移で一瞬で飛べるようにしとくというのにも衝撃だが、随分簡単にお母様の許可が出たな?
まだまだボクは頼りないから経験を積んでこいという、お母様の意図が見える。
が、その前の聖女様の『優しいしいい人(でもまだまだ経験が足りてないよ)』という発言の行間が伏線になっているのかな?
この二人の会話はどこまで裏を読んでいいのかわからない!
「エインズワース家としては、ユージェニーのお婿さんを考えなくてはならないんですよ。パルフェ様はどう思います?」
ジョセフィン夫人の問いだ。
しかし聖女様が貴族間のパワーバランスについてどういう意見を持っているかということは、今まで未知数だった。
アナスタシウス叔父とジョセフィン夫人を結びつけるという考え方にはセンスを見せたけど、あくまで聖教会内部のことだからという考え方もできる。
それ以上のことは全くわからないのだ。
ジョセフィン夫人の問いに対する聖女様の答えには、皆が注目しているのが察せられる。
「家格に関係なく、ユージェニーちゃんと気の合う人をもらえばいいと思うよ」
平民出身者の一見平凡な答えにも思えるけど。
聖女様の答えが平凡なわけはないしな?
「家格に関係なく、とはどういうことでしょう?」
「そのまんまの意味だよ。お姉ちゃんと大司教のおっちゃんが結婚したんだからさ。ユージェニーちゃんが家格に釣り合うような旦那さんもらったら、それはそれで問題があるんじゃないの?」
聖教会絡みの特殊な事情があったとはいえ、父陛下と仲の悪かったアナスタシウス叔父と大貴族エインズワース公爵家のジョセフィン夫人の結婚には、ある種の不穏さを感じた者もいるはずだ。
例えばエインズワース公爵家が王家の簒奪を目論んでいるとか。
そういう情勢下でユージェニー嬢が公爵家の家格に釣り合うほどの有力貴族から婿を取ったりすれば、不穏な噂を助長しかねない。
だから家格に拘るなと言うことを聖女様は言いたいんだろう。
そこまではボクにもわかる。
「ユージェニーちゃんは優秀なんだから、ユージェニーちゃんの能力を生かせばいいじゃん? 家格と有能さがセットになった男子なんてプライド高いと思うわ。ユージェニーちゃんとは合わないと思う」
これは意表を突いた考え方だった。
できる婿をもらってというのが普通の考え方だと思うけど、ユージェニー嬢の優秀さを生かそうとするならば婿のプライドが総合でマイナスに働くかもしれないということか。
婿が平凡であっても、トータルでプラスならばいい?
そして他家の嫉妬や警戒を抱かせない人を迎えるという案。
なるほど、聖女様の考えはユニークだなあ。
「ユージェニーちゃんに選ばせたっていいくらいだよ。家格関係なしなら候補はたくさんいるでしょ。個人的にはスイフト男爵家三男のマイク君はお勧めだよ。威張ったとこないし、ユージェニーちゃんとはクラスやクラブでも普通に接してるし。ユージェニーちゃんほど優秀ではないけど、一応最優秀クラスに名を連ねてるくらいではあるし。殿下どう思う?」
「悪くないと思います」
これは本心だ。
マイクならユージェニー嬢を立てるだろうし、性格も合うと思う。
魔道という共通の興味の対象もある。
格差婚でスイフト男爵家がやっかみを受けるということはあるかもしれないけど、逆に学院のスコア次第でいい縁談がある、成績は重要だという一つの権威付けにもなるのではないか?
お父様が感心している。
「ふむう。聖女パルフェは考えているのだな」
「考えてるんだよ。あんまりそう見られないけど」
お母様が頷いている。
聖女様の言うことはどこまでが本心なのかわからない、というか全部本心なんだろうな。
受け手側に読解力を要求するのだ。
「ごちそーさま。おいしかったです!」




