第97話:一瞬里帰ってみた
――――――――――ハテレス辺境区にて。アナスタシウス大司教視点。
パルフェも学院高等部の夏季休業期間に入った。
学業スコアは相変わらず優秀だ、行儀作法以外は。
行儀作法のレイチェル先生は、どんな気持ちで赤点より一点だけ上のスコアをつけているんだろうな?
聞きたい気持ちは大いにあるが、鬼のレイチェル先生に会うのは実は私も腰が引ける。
学生時代の苦手意識はなかなか抜けぬものだ。
今日は二年ぶりにパルフェの故郷ハテレス辺境区にやって来た。
以前来た時は馬車で二週間もかかったものだがなあ。
今はパルフェの転移魔法で一瞬だ。
王都とは違う雑然としたこの活気も懐かしい。
「もっと街の中心に転移すればよかったではないか」
「あんま人の多いところへ飛ぶと、ぶつかりそーで危ないからね」
なるほど、そういう理由があってのことか。
ん? では転移先に予想外のものがあったりするとぶつかってしまうのか?
いや、パルフェは意外と細かいところまで気を回すから、何か安全を確保するカラクリがあるのだろうが。
「まー転移先をちょっと離れたところにしたのは、街を歩いてみたかったってのがあってさ」
うむ、わかる。
パルフェも二年間故郷を離れていたのであるから、街の変化も感じたいのであろう。
おいパルフェ久しぶりだなと、ちょこちょこ声をかけられている。
辺境区では有名人だというのがよくわかるな。
微笑ましい。
「ここがあたしん家だよ」
粗末だが頑丈そうな小屋だ。
柱が太い。
「父ちゃん母ちゃん、ただいまー」
「まあまあ、パルフェなの?」
「アナさんもいるじゃねえか。どうした? 聖女をクビになったか?」
「ちがわい。あたし婚約したから、報告に来たの」
パルフェの父御と母御が目を丸くしている。
それはそうだろうな。
しばらく会ってなかった娘から婚約の報告だものな。
「婚約って、結婚前のワンクッションのことか?」
「え? 独特な表現だな。まあそう」
「面倒だな。くっついたならくっついたでいいじゃねえか」
「あたしも同じこと思う。でも相手が偉い人だとそう簡単じゃないみたい」
「そちらの紳士がパルフェのお相手なの?」
「アナさんは違うだろ?」
「うん、違う。あたしの相手は大司教のおっちゃんの甥っ子だよ。ウートレイドの第一王子殿下」
また驚いてる。
さもあらん。
「アナさん、あんた偉い人なのかよ?」
「そっちに驚くのか。聖教会の大司教は偉いに決まってるだろーが。おっちゃんは王弟だぞ?」
「ほお、大層な御身分だ」
「辺境区では王都の事情は知られていないのか?」
同じウートレイド国内だろう?
聖教会のことはともかく、王家について知られていないのは意外だな。
もっとも私も辺境の事情は知らないのだが。
「うーん、ハテレスはウートレイド国内といっても自治エリアじゃん? 王都とは商売上の付き合いもほぼないはずだし、帝国のことよりも知らないと思う」
「そうだったのか」
道理でこれだけ目立つパルフェの発見が遅れるわけだ。
「で、アナさんがわざわざ挨拶に来てくれたのか。遠いところすまねえな」
「いえいえ。私はパルフェをお預かりした立場でもあるので」
「宮廷魔道士長に転移の魔法を教えてもらったんだ。ここまで一瞬で来られるようになったから、たまには顔見に来るよ。これお土産」
「あら、アルミラージとビッグボアのお肉ね?」
「おお、母ちゃんすげえ。見ただけで何のお肉だかわかるのか」
「ほう、魔物退治の腕は落ちてねえようじゃねえか」
「いやー、でも王都に大物はいないんだよね。おいしいお肉がいるからいいんだけどさ」
アハハと笑ってる内に冒険者らしき男が駆け込んできた。
何事だろう?
「おい、手を貸してくれ。あっ、パルフェじゃないか」
「どーしたの?」
「グリーンドラゴンが近付いてきてる!」
ど、ドラゴンだって?
国防結界の恩恵のない辺境区にいるんだということをひしひしと感じる。
「まーヒロインの帰還だから、何かイベントがあるだろうとは思ってた」
「パルフェ、グリーンドラゴンとは大変な魔物なんだろう?」
「ドラゴンの中では弱い方だよ。でも機動力はある。気まぐれに飛んで移動するから、被害が広がりやすいんだよね」
「パルフェがいるなら心強い。重力を制御して落としてくれねえか?」
「新技があるんだ。グリーンドラゴン程度なら多分一発で倒せるから、試してみていい?」
「え? ドラゴン以上に被害が出るようなデカい魔法はやめてくれよ?」
ドラゴン以上に恐れられているパルフェがおかしい。
「大丈夫だとゆーのに。案内してよ。そーだ、おっちゃんもドラゴン見てみるといいよ。さすがに辺境でもドラゴンを見られるのはあんまりない機会だからね」
全力でお断りしたいのだが、パルフェの飛行魔法で拉致されてしまう。
マイルズではなくとも合掌。
「あいつだ」
「下何もないしいい位置だな。あ、でもこっち警戒してるわ」
「ブレス吐くぞ!」
「あたしの飛行魔法はグリーンドラゴンのブレスくらいレジストするから心配ないとゆーのに」
あれがグリーンドラゴンか。
さすがにドラゴンと名がつくだけあって大きい。
なかなかのプレッシャーだ。
しかしパルフェの言葉にはまるで緊張感が見られない。
案内の冒険者も重力を制御して落としてくれと頼んでいただけだ。
攻撃が当たれば倒せるレベルの魔物という認識なのだろう。
「バカだなー。ホバリングしてるぞ? やっ!」
何だ? いきなりグリーンドラゴンの首が両断された?
血を噴出しながら落下してゆく。
「今のが新技か?」
「そうそう」
「えらい魔力を感じたが、風魔法で切ったわけじゃねえよな?」
「違う。転移魔法ってのを教えてもらってさ。あたし今王都に住んでるんだよ。今日ハテレスまで来たのも転移魔法を使ったんだ」
「何の関係があるんだよ」
「だからつまり、グリーンドラゴンの首だけ胴体から少し離れた位置に転移させたんだよ。そーすりゃ周りが迷惑することなく倒せるじゃん?」
「えぐい技だな、おい」
落下地点にフワリと舞い降りる。
もう結構な数の人が集まっていた。
「パルフェじゃないか!」
「救世のヒロイン参上!」
「帰ってたのか?」
「ついさっきね。そろそろ戻るけど。でもあたしの新技、どお?」
「ドラゴンの首だけ別の場所に転移させたんだとよ」
「転移魔法って現実にあるのかよ?」
「教えてもらったんだ。でも残念ながら現状あたししか使えない」
「おいおい、首だけ転移なんてもんができるなら無敵じゃねえか。どんな魔物にも応用利くだろ?」
「無敵ではないな。再生力の強い魔物とは相性が悪いし、魔法防御の高い魔物には弾かれる気がする」
どんな魔物だ。
伝説級の存在でも想定しているのだろうか?
「それにしても奇麗に倒してくれたな。丸々皮が使えるじゃねえか」
「あたしいらないから、皆で分けてよ」
「ええ? パルフェ独力で倒してるじゃねえか。そんなわけいくか」
「んー? でも王都民は革鎧とか着ないんだよね」
「じゃ、せめて魔石持っていけよ」
「いいの? じゃあありがたくもらってく」
グリーンドラゴンの体内から取り出した輝きの強い魔石を、嬉しそうに手にするパルフェ。
一目で質がいいとわかる魔石だ。
「クインシー殿下用の魔法のケープ、この魔石をセットしとけば安心だな。プレゼントしよーっと」
「すっかり乙女じゃないか」
「あたしは頭のてっぺんから足の小指の先まで乙女だとゆーのに」
とんだハプニングだったが、パルフェにとってはいいお土産ができたようだ。
「あたし達は王都に戻るね。また来るよ。皆の衆さらば!」




