第87話:第二王子エグバート殿下
――――――――――入学式の翌日、学院高等部講堂にて。第二王子エグバート視点。
今日は校舎内部を見て回っている。
講義が始まる二日後までに、大体の位置や構造を把握しておこうと考えたのだ。
高等部だからといって初等部と何が変わるわけでもない。
しかし高等部生になったという事実が私の心を引き締める。
高等部は高度な教育と人脈形成の場だという。
従者一人を連れることも許されている。
また魔法を習うのは高等部からだ。
魔法も使い手によっては素晴らしい効果を発揮するというが、生来の素質に左右されてしまうのだろう?
私は騎士のように身体を鍛えて強くなりたい。
そう、去年も剣術大会チャンピオンだった、一学年上のトリスタンのように。
トリスタンは私の憧れだ。
廊下を歩いていると、向こうから生徒らしき者が二人やって来た。
まだ講義が始まってもいないのに何をしているんだろう?
私と同じように校舎内を確認しているのか?
まずいな、私だとバレると騒がれてしまうかもしれない。
そやつらはどんどん近付いてきた。
「こんにちはー。エグバート殿下で合ってる?」
「そ、そうだ。そなたは?」
黒目黒髪で小柄な女子だ。
こんなふうに気軽に話しかけられた経験がないから戸惑ってしまった。
髪が短いから平民だとは思うが?
「聖女パルフェだよ。よろしくね。にこっ」
「スイフト男爵家のマイクと申します」
彼女が有名な聖女パルフェか。
特に魔道や祝福で存在感を増しているという。
そういえば父陛下ともタメ口で話していると聞いた。
マイクは確か修道士だったはず。
「まだ休みなのに殿下は何してるん?」
「初等部と違って専門の特別教室が多いと聞いたのでな。大体の位置を知っておこうと思ったのだ」
「おおう、偉いねえ」
「そなた達は?」
「調べごとだよ。図書室へ行くんだ」
「殿下、図書室は初等部と大きく変わる場所の一つですよ。収蔵してある本の種類が全然違うんです」
そうだったのか。
専門的あるいは学術的な本が多くなるのだろう。
興味あるな。
「殿下も行く? 案内しようか?」
「うむ、よろしく頼む」
「よーし、レッツゴー!」
図書室へ向けて歩きだす。
「殿下は高等部で何やりたいとかって目標あるの?」
「トリスタンのような強き男になりたいのだ!」
兄上の目が治癒して私の存在感は低下した。
しかし私自身が変わったわけではない。
強さという、変わらない価値観をこの身に具えたいのだ。
「トリスタン君はなかなかやるやつだもんねえ」
「毎年剣術大会を見るのが楽しみなのだ。高等部生になったことだし、今年は私も出場したい」
「剣術クラブじゃなくても参加は自由なんだよね?」
「ああ。でもトリスタンも去年の優勝は納得いってないんじゃないかな」
「何? どうしてだ?」
決勝こそ相手の技が冴えて圧勝とはいかなかったが、それでも誰にも文句のつけようのない勝利だったではないか。
誇るべきだと思うが。
「去年の剣術大会では魔法を使用している者が数人いたこと、気付かれていましたか?」
「ああ」
トリスタンも身体強化魔法を使っていたらしい。
あれほどの剣の腕を持っていて、さらに上を目差すトリスタンは天晴れだ。
「魔法アリだとトリスタンは聖女様の相手にならないんです」
「えっ?」
身体強化魔法を使用したトリスタンは目にも留まらぬ動きだった。
聖女パルフェが希代の魔法の使い手だとは聞いているが、魔法使いが騎士の間合いで対抗できるものなのか?
いや、そもそも直接攻撃魔法は剣術大会では使えないだろう?
「トリスタンは剣術大会で聖女様と対戦したかったと思う」
「あたしが出たら剣術大会っぽくなくなるわ。そんなのは観客が求めているものじゃないじゃん。あたしだって空気くらい読むわ」
「と、トリスタンに勝てるというのは本当なのか?」
「そりゃまあ。トリスタン君の魔法なんて、あたしとは年季が違うし」
「決勝の相手のように、魔法で邪魔をするようなやり方か?」
「一つの手ではあるね。でもトリスタン君、感知魔法を覚えようとしてるんだよ。自分の持ち魔法属性じゃないのに向上心が旺盛だよねえ。今年の剣術大会までにはおそらく間に合うから、もうあの手は使えないな」
何でもないことのように言うではないか。
証拠を見せてみろ。
いきなりパンチだ!
「おっとっと」
「な……!」
魔法か?
柔らかく受け止められた。
何故この距離で魔法の発動が間に合うのだ?
聖女パルフェとマイクが笑っているではないか。
「殿下は思いっきりがいいねえ」
「聖女様の感知魔法は特別製ですから、隙は突けませんよ」
「そんなことはないけど、あたしがいつも張ってる防御結界は硬いやつなんだよね。殿下が手をケガするといけないから、ソフトに受けたんだよ」
防御結界と特別製の感知魔法を常時発動してるのか。
しかも咄嗟に魔法での対応が可能。
なるほど、騎士では勝てないのかもしれない……。
「あれ、殿下どうしたの?」
「……剣では魔法に勝てないのか?」
「いや、状況によるね」
「状況?」
「剣と魔法の達人同士が戦ったとするじゃん? 剣の間合いなら剣の達人の勝ち。魔法の間合いなら魔法の達人の勝ち」
「しかし今私が殴りかかったのに、何事もないように受けたではないか」
「殿下は達人じゃないじゃん。あたしは魔法の達人レベルだぞ?」
聖女パルフェは魔法の達人か。
納得だ。
「世の中には結界を切り裂く魔法剣なんてものもあるしね。本物の剣士はマジで強い」
「……私は剣術クラブに入ろうと思っているのだ」
「うん、人気のあるクラブだね。あたし達もよく剣術クラブに指導に行くんだよ」
「指導? 魔法のか?」
「そうそう」
「魔法は……必要なのか?」
モヤモヤした気分になる。
魔法を使うなど、純粋な騎士とは言えないのではないか?
「魔法は使えた方が絶対に強いよ。勝つためには剣術の技量も重要だけど、マジの戦いならいい剣いい防具が必要でしょ? マジの魔法だって必要なのだ。剣に拘って魔法を毛嫌いしてるようじゃ覚悟が足りない」
「覚悟……」
「少なくともトリスタン君は、自分を強くするために積極的に魔法を取り入れているね」
そうだ、私の目標とするトリスタンは魔法も受け入れているではないか。
強くなるために。
「ま、でも強くなりたいんだったら、武術の稽古は絶対に必要だね」
「逆に魔法だけではダメなのか?」
「相手に打ち込まれました、剣で受けますっていう場面を想像するとするじゃん? 一々どうやって受けるなんて考えないでしょ?」
「考えてたら間に合わぬからな」
「そゆことなんだよ。魔法は逆にイメージが必要だから考えないといけない」
「では絶対に魔法は剣に勝てぬ理屈ではないか」
どうしてさっきのパンチは受けられたのだ?
理屈に合わぬではないか。
「純粋な魔法使いだとその通りだね。ところが武術の心得がある人だと、考えないで瞬間的に対応するっていうのが身体に染みついてるんだよ。そーゆー人が魔法覚えると、魔法も瞬間的に使おうとする」
「つまり反射的に魔法が出る? 可能なのか?」
「発動に時間のかかる複雑な魔法はどうやったってムリだな。でも簡単な魔法なら慣れ次第でできちゃうよ」
おそらく聖女パルフェも何らかの武術の使い手なのだろう。
となれば瞬間的に出せる魔法が多くなるほど、戦術のバリエーションが増えるではないか。
いや、瞬間的に発動させることができない魔法であっても、使えるならやれることが多くなるのは同じか。
魔法は有用だ。
魔法に関する印象がどんどん変わっていく。
「ここが図書室だよ」




