第86話:転移魔法の実験
――――――――――王都コロナリア正門外にて。アナスタシウス大司教視点。
ガルガン宮廷魔道士長とパルフェが魔法の実験をするということで、王都正門外までやって来た。
ガルガン以外にも宮廷魔道士が一〇人以上いるし、クインシー殿下やユージェニー嬢まで来ている。
魔法の勉強になるだろうということか。
いや、実験なんて正直どうでもいいのだ。
私は最近我が身に起こった変化に呆然としている。
『娘もアナスタシウス殿下ならばと申しております。どうぞ可愛がってやってくだされ』
『お前が独身主義だということは知っている。ただ物事には年貢の納め時ってものがあるのだ。理解して諦めろ』
『お姉ちゃんが生き方を選べなかったのは聖教会のせいだろーが。聖教会のトップが責任取るのは当たり前じゃん』
『アナスタシウス猊下。末永くよろしくお願いいたします』
どれが誰の発言かは省略する。
あっという間に私がシスター・ジョセフィンと結婚することが決まってしまったのは事実なのだ。
段取りがスムーズ過ぎて、口を挟む余地すらなかった。
どうしてこうなった?
「大司教猊下」
「ああ、ゲラシウス殿か」
薄毛の筆頭枢機卿だが、今日のカツラは盛っているな。
この時期正門外は寒いからだろうか。
「転移魔法の実験だそうではないですか」
「そうだな。さほど危なくはないだろうということで見学が許されたが」
「準聖女ネッサも見たがっていたのですが、小娘が実験に参加し大量に魔力を消費するとなると、ネッサは礼拝堂に残しておかねばなりませんのでな。諦めさせましたわ」
滅多にない見世物だからか上機嫌だな。
ゲラシウス殿は私が結婚することについて、事情を知っているのか?
「この度、私とシスター・ジョセフィンが婚約しただろう?」
「おめでとうございます。お似合いでございます」
「ゲラシウス殿、事情を知らないか?」
「は?」
「瞬く間に舞台が整えられてしまって降りる隙がなかったというか。私自身何故こうなったのかわからないのだ。シスター・ジョセフィンには私でなくても、もっと相応しい者がいるだろうに」
「おりませぬよ」
断言するゲラシウス殿。
そうだろうか?
「シスター・ジョセフィンは公爵令嬢でありながら、高位貴族の具えるべき心持ちや知識、人脈を持ちませぬ。それらを身につけるべき期間を聖教会に捧げたからであります」
「申し訳ないことだが……」
「シスター・ジョセフィンなら今後の努力でそれらを身につけるのは可能でありましょう。しかし年齢は待ってくれぬのです」
シスター・ジョセフィンはもう一九歳。
これ以上年を重ねていい縁談があると思えぬ。
「猊下が娶るのが最も丸く収まります。観念なされませ」
「観念、というのは違うのだが……」
「何か御懸念が?」
「兄陛下とパルフェが同じ目をしていたんだ。そう、喩えて言うなら狙った獲物は逃がさんぞという……」
「猊下はカンがおよろしい」
「は?」
やはり企みがあったのか?
やけに手際がいいとは思っていたんだ。
「小娘が王家を巻き込んでこの結婚を仕組んだのですぞ」
「パルフェが?」
「元々は準聖女ネッサが来たということで、いよいよシスター・ジョセフィンの立ち位置が微妙になったということがあるのですが」
今はパルフェとネッサがいる。
エインズワース公爵家の出ということもあり、シスター・ジョセフィンが修道女を代表する立場であることは変わらない。
しかし以前のような絶対的な存在ではないということか。
「小娘は言っておりましたぞ。陛下はイタズラ好きだから、猊下の知らない内に外堀を埋めて結婚させてしまうのだって持ちかければ、必ず乗ってくると。猊下には絶対に断れない段階にまで持ち込んでから伝えようと」
「そんな陰謀があったのか」
「もちろんシスター・ジョセフィンは了解の下です」
いや、ゲラシウス殿も了解していたのだろう?
むしろ呆れる。
「ただ反対する者はおりませなんだな。猊下のためにもシスター・ジョセフィンのためにも一番良いことだと、皆が信じておりますれば」
そこまで信頼されているとはな。
応えねば男が廃るではないか。
流されるばかりでなく、もっと前向きに考えねば。
「おお、実験が始まるようですぞ」
宮廷魔道士達がパルフェから離れる。
パルフェが大きな魔力に包まれた。
数瞬後に姿が消え、二〇歩ほど離れた位置に現れる。
成功だ! 宮廷魔道士達が大騒ぎしている。
しかし現象としては地味!
パルフェにも不満があるようだ。
「ねえ、ガルガンさん。やっぱメッチャ起動遅いわ。こことこことここ削ろう」
「む? これを削るのはもう少し検証してからにしたいですな。代わりにそちらを削除して……」
「そーだな。二重制御になってるもんな。じゃ、外してもう一回やってみる」
「魔力は大丈夫ですかな?」
「だいじょぶだいじょぶ。全然問題ない」
パルフェの魔力量は規格外だからな。
再び転移魔法の発動、ふむ、確かに先ほどよりスムーズだ。
その後何度か修正を加えながら実験を繰り返し、今日の検証は終了した。
「ふいー、お腹減った」
「御苦労様です。理論的には問題のないことが証明されましたぞ」
「発動に問題はないんだけどさ。この魔法、現状あたししか使えないじゃん」
「そうなのか?」
つい口を挟んでしまった。
「あ、おっちゃんか。ガルガンさんの転移魔法は全属性使ってるからバランスがいいの。すごく安定してるんだよ。でもこれ、全属性持ちでかつそれぞれの魔法属性を独立で扱えなきゃいけないじゃん? 個人で使う魔法じゃないな」
「魔法陣を設置して各属性の魔力の持ち主に協力してもらい、魔力を注ぎ込んで起動するというのが現実的ですな」
「今んとこはそれしかなさそうだねえ。でも純粋な聖属性や闇属性の持ち主を確保するのは大変だぞ?」
「むう……」
「やっぱ純粋な各魔力属性を選り分けるか生み出すかの魔道具が必要だわ。宮廷魔道士で研究してよ」
「……予算の問題が」
「お金かー」
どうにもならない問題というのは、大体金だな。
うんうん。
「純粋な聖属性魔力を扱えるなら、国防結界の維持にも使えるのになー」
「聖女と準聖女が存在して国防結界を維持できる現在は、ウートレイド王国始まって以来の安心感ですからな。純粋な聖属性魔力を得る研究に税金を投入できるかと言われると、少々厳しいのです」
「うまくいかんもんだなー」
「篤志家が寄付してくれるというのが一番よろしいのですが」
「ウートレイドには篤志家を生み出す土壌がないよなー。平民の大金持ちって貿易商くらいじゃん? 商業を活発にするためには、王都の閉鎖性がダメだわ。街中に入るのにあんな手続きが面倒じゃ、商人が来ようって気にならない」
「王都コロナリアには『魔の森』があるから、怪しい者を入れられないという事情があるんだ」
「ならば王都を双子都市化すべきだな。現在のコロナリアと隣接させて商業地区を作ってさ。商業地区の方はめんどくさい手続きナシで出入り自由にすればいい」
パルフェの発想は飛ぶなあ。
しかし王都コロナリアの厳重な門の警備による弊害はしばしば語られるところだ。
商業地区を別に設ける案はアリかもしれない。
「殿下、よろしく」
「えっ?」
次代の国王クインシー殿下に丸投げか。
パルフェだって王妃が濃厚なんだぞ?
投げっ放しはやめなさい。
「魔力一杯使ったからお腹が減った。動けなくなりそう」
「だろうと思って、焼き菓子を持ってきたであるぞ」
「ゲラシウスのおっちゃん冴えてる! いただきまーす!」




