第85話:春休みの仕込み
――――――――――三学期終業後、王宮図書館にて。クインシー視点。
一年生の全過程が終了した。
全科目の総合順位だと聖女様に敵わないけど、必須科目だけならボクがトップだ。
第一王子として恥ずかしくない成績だとは思う。
今日は魔法クラブ一年生五人が王宮図書館に集まっている。
学院にいると剣術クラブに顔を出したり図書室に行ったりでなかなか忙しいので、王宮図書館の方がゆっくりできるなあ。
「ガルガンさん、糸ありがとう! これで来年の活動に目処が立ったよ」
「ハハハ、何の何の。それよりパルフェ殿、こちらを見てくださらんか?」
「んー、えっ? これまさか……」
「そのまさかですぞ」
「ガルガンさんすげえ!」
王宮図書館に来るようになったら、ガルガン宮廷魔道士長と聖女様の距離が急速に近くなった。
いいなあ、ガルガンが羨ましい。
フースーヤ殿がいない帝都では、ガルガンが最高の魔道の権威だから当然だとも言えるのだけれども、ボクも聖女様に頼られる様な人間になりたい。
聖女様の興奮にユージェニー嬢が興味を引かれたようだ。
「パルフェ様、その紙は何なのですか?」
「ガルガンさん、言っちゃっていい?」
「構いませぬぞ。しかし一応他言無用に願います」
「これねえ、転移の術式が書かれているんだよ」
「「「「転移の術式?」」」」
転移って、一瞬の内にどこか遠い別の場所に移動できたりするってことなのか?
本当に実現できるならすごい!
ガルガンが笑う。
「魔道士なら誰でも夢見ることなのですよ」
「かもしれんけど、実際にここまで術式を組み上げるってパねえ。ただ思いつきで書いたってもんじゃないよ。何十年も推敲重ねてると思う」
頷くガルガン。
聖女様には構文見ただけでそこまでわかるんだな。
「転移の魔法とは難しいものなんですか?」
「かなりの難問であることは間違いないですな」
「メッチャハードルが高いんだよ。風で座標決めて水で亜空間を経由してって具合だから、必ず複数の魔法属性が必要になっちゃうの」
「わしの術式だと全属性を組み込んでいますな」
「わかる。安定させようと思うとそーなっちゃうよね」
「これを発動させようなんて夢のまた夢でしたが、パルフェ殿なら可能かと思いましてな」
「多分イケる。今度郊外で実験してみようよ」
えっ? 聖女様気軽に言ってるけど、見たこともないような大魔法ですよ?
「危ないですよ!」
「いや、これ危なくないの。一つの過程終えてチェックまたチェックっていうふうに、たくさん安全のための回路が入ってる。これ全部外したら、三分の一くらいの魔力で発動するんじゃないかな?」
「そうですな。しかし最初はこれくらいから始めないといけませんので」
「二年生になるまでに実験したいな。一〇日後くらいでどーだろ?」
「何とたった一〇日で準備ができますか。パルフェ殿はそれで大丈夫ですかな?」
「構文書いた紙貸してくれる? さすがにアバウトじゃイメージ広がんないから、よく読み込んでおくよ」
「それは差し上げますぞ」
「ありがとう。あと転移の魔法はかなり魔力使うから、聖教会の方も調整しとかないと」
今は準聖女のネッサ嬢がいる。
国防結界の魔力供与も余裕を持って行われているので、そう調整も問題ないと思う。
となると本当に転移術が可能になるのか。
ワクワクするなあ。
「では一〇日後の午前中に、正門外で待ち合わせいたしましょうか」
「りょーかいでーす。不都合あったら早めに連絡するね」
人類の歴史を変えるような大魔法なのに、こんなに簡単にやってみようなんてことになるんだなあ。
一〇日後が楽しみだ。
「ところで学院生活の方はいかがですかな?」
「すっごく楽しいの。王都に来て一番嬉しいのは、学院に通えることだな」
「ボクも楽しいです」
目の見えなかった時は、学院に通うことなど考えられなかった。
今は第一王子として必要な経験を積むことができ、聖女様他の仲間もいる。
ボクは幸せだ。
「ここにいる五人は、来年度皆一組になりそうなんです」
「ほう、最優秀クラスですか。大変良きことです。……そういえば来年クインシー殿下の学年には留学生が来るという話でしたが、御存じでしたかな?」
「えっ?」
「へー、留学生か。知らなかったよ」
留学生が来ることはともかく、それを畑違いの宮廷魔道士長が知っているのは何故だろう?
違和感があるな。
「一人は帝国から、もう一人は南方の……確かカメハメハからでしたかな」
明らかに帝国ともう片方の国を指すニュアンスに強弱がある。
北の軍事大国ミナスガイエス帝国は、人類社会に覇を唱えようとしている国だという。
国防結界を維持することによって各国に恩恵を施し、尊敬を勝ち得ているウートレイドを面白く思っていないかもしれない。
宮廷魔道士長たるガルガンは常に帝国に注意を向けていて、その関係で留学生のことも知ったんだろう。
「留学生は、明らかに殿下と聖女殿を検分するために送られてくるのだと思いますぞ」
「物好きだなー」
そうだ、眼疾のために長く表に出なかったボクと、新しく就任した聖女様がどのような人物か見定めるためにやってくるのだろう。
聖女様笑ってるけど、緊張感が必要な場面なんじゃないかな?
いや、聖女様はお母様も認めるほど洞察に長けているから、気を引き締めないといけないのはボクの方か。
「個人的にはカメハメハの子に興味があるなあ」
「ほ? そうでしたか」
「あたしの住んでたハテレス辺境区ってとこは、他国からの流れ者が多いんだよ。特に帝国人は多かった。でもさすがにカメハメハの人はほとんどいないんだよね」
「パルフェさんはカメハメハ語も喋れるのか?」
「問題はそこだ。カメハメハの人に言葉は教わったから、喋れるは喋れる。でもその人のカメハメハ語が訛ってるかスタンダードなのかってのがわかんないんだよね。留学生の子と話してみればわかりそう」
「そういう理屈でカメハメハの人に興味があるんですか?」
「まあね。仲良くできる国とは仲良くしといた方がいいと思うよ」
あっ、どうやら聖女様も帝国と仲良くするのは難しいだろうと考えているらしい。
帝国が覇道を突き進もうとするなら、ウートレイドは東方のネスカワンや南方の小国家群との関係を深めておくべきだ。
聖女様はそういう意味でカメハメハの留学生に興味があるのだろうな。
留学してくるからには身分の高い者か優秀な者、すなわち将来の有力者に違いないのだから。
小国だからと軽く見てはいけない。
「来年は殿下の弟君も高等部に進級されるでしょう?」
「はい、エグバートが進級予定です」
「弟さん?」
聖女様は知らなかったか。
「エグバート殿下は側妃マリリン様の第一子だ」
「側妃様の息子さんか。あたし会ったことないや」
「普段は離宮の方で暮らしていますから、実はボクもあまり接触がないんです」
「どんな子?」
「元気がいい王子だ」
「初等部の時は活発な人という印象だったけど」
「おいおい、大丈夫かな? グレちゃってない?」
皆で顔を見合わせる。
ボクの目が治るまで、エグバートが王太子になるだろうというのが一般の認識だった。
おそらく聖女様が心配しているのは、そうした未来予想図の狂った弟が鬱屈していないかということなのだろうけれど。
「ま、いーや。会う機会があったら遊んでやろう。人生はいろんなことがあって楽しいからね」
特に聖女様の人生は楽しそうだ。
そして聖女様と関わったボク達にも同じことが言える。
「じゃ、ガルガンさん。一〇日後よろしく」




