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Tanosi牧場共和国  作者: 雪谷惑星
第2巻:白鱗の王姫
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第7話:BV5会議

藍く澄み渡る海原を、一隻の小型ボートが猛スピードで駆け抜けていた。

船上にいる五人の男女は、息を潜めて遠方の緑の点を見つめている。目指す「ポセイドンの島」は、もう目と鼻の先だった。

彼らは事前にすべての電子機器の電源を切り、船のGPS装置さえも遮断していた。

すべてが順調にいけば、島へ密入国できるはずだった。だが……。


『前方のクルーザー、直ちに停船せよ! ここはポセイドン・サンクチュアリ(禁区)である。軍艦、民民間船を問わず、進入は固く禁じられている!』

『これ以上の前進は、BV5に対する挑風行為とみなす! 触法者は全力をもって撃沈する!』


轟くような声が遠方から響き渡った。

一同は身体をビクリと震わせた。


「拡声器か!?」


彼らが慌てて北西に目を向けると、そこにある巨大な島礁の影から、滄海の国旗を掲げた白い沿岸警備艇が姿を現した。

どうやら、かなり前からそこで待ち伏せされていたようだ。


「編集長、どうします? バレちゃいました!」

舵を握る筋肉質の男が、焦った様子でリーダーに尋ねる。


「まずは普通の観光客を装うんだ。海釣りに夢中になって、うっかり船を出しすぎたと説明しろ」

リーダーであり編集長の葉風イエ・フォンは即座に指示を出した。これくらいの事態は想定内、事前のシミュレーション通りだ。


「了解!」


全員がそれぞれの配置につき、釣り竿やクーラーボックス、魚の餌などを引っ張り出した。

カメラやドローンはあえて隠さなかった。海外旅行に来て、これらの機材を持っていない方が不自然だからだ。


間もなくして、沿岸警備艇がボートの傍らに接岸し、アルミ製の梯子が手際よく架けられた。

軍服に身を包んだアジア系の男が、小銃を構えた四人の兵士を引き連れてボートに乗り込んできた。


「全員動くな! 身分証を出せ!」


黒々とした銃口を突きつけられ、五人は大人しくパスポートを差し出した。

四角い顔をしたその士官はそれらを受け取り、最初の一冊を開いた瞬間に動きを止めた。


(葉風、二十六歳、滄海共和国籍……)


「お前たち、我が滄海共和国の人間か? なぜこんな場所にいる。ここが禁区だと知らなかったわけではあるまい?」


「実は、会社の社員旅行でキウイフルーツ共和国に観光へ来まして。さっきマグロの魚影を見つけたものですから、一本釣って刺身にでもしようと夢中になっているうちに、うっかりここまで流されてしまい……」

葉風はバツが悪そうに後頭部を掻き、絵に描いたような旅行客を演じてみせた。


士官は男の目をじっと見つめ、嘘の綻びを探ろうとする。

そこへ、船内を捜索していた兵士が戻ってきた。


「報告。船内に武器や違禁品はありません」

「カメラの中身も確認しましたが、確かに魚釣りの写真と動画ばかりです」


「……うむ、苦労をかけた」

士官はカメラの液晶を確認し、クーラーボックスの中のアジをいくつか突つくと、深く沈思した。


この連中の言い訳は完璧だ。だが、外国人でありながら船のGPSを意図的に切って航行している時点で、怪しいことこの上ない。

しかも、これほど敏感な時期にこの島に近づいたのだ。彼らの狙いが何であるかは言わずもがなだった。

さて、どう処理すべきか……。


「あの……長官。私たちは本当に不注意で迷い込んでしまっただけなんです。もしご信じいただけないようでしたら、港に戻るまで監視をつけていただいても構いません」

葉風はへりくだった、媚びるような口調で言った。

言葉の裏に隠された意味を、相手も察したはずだ。

もし警備側も余計な事務手続きや国際問題を増やしたくないのであれば、彼らを「ただの迷い込んだ観光客」として処理(処理)することが、双方にとって最も利益のある着地点となる。


重苦しい四十七秒の沈黙の後、四角い顔の士官は硬い表情で頷いた。

「……港まで護送してやろう。うっかり妙な場所に迷い込まれては厄介だからな」


士官の警戒に満ちた視線を浴びながら、葉風はただ拝むように頷き、内心で大きな安堵の息を漏らした。

(拘束や勾留を免れた……。それだけでも万々歳だ!)


「はい、ありがとうございます! もちろんです!」


ボートのエンジンが再び咆哮を上げる。

ただし、今度の針路はさっきとは真逆だった。


二時間後、一同はホテルの客室に戻り、葉風の部屋に集まっていた。


「はあ……スクープ写真が撮れると思ったのになあ……」

部屋に入るなり、ボブヘアの眼鏡の女の子がソファに倒れ込み、不満げに両足をバタつかせた。


「本当だよ。せっかく最新型のドローンを買ったっていうのにさ」

カジュアルなシャツを着た黒髪の男も、手持ち無沙汰にドローンをいじくり回している。


そんな彼らのリーダーであり、「望遠鏡新聞テレスコープ・ニュース」の編集長である葉風は、苦笑しながら一同を慰めた。

「まあ、捕まらなかっただけマシさ! あとはここで待とう。世界を揺るがす大ニュースが、もうすぐ向こうからやってくる……」


彼はノートパソコンを開き、テーブルの中央に置いた。

全員の視線が画面に注がれる。それはMeTubeのある特設ページで、生配信が行われていた。

タイトルにはこう打たれている。

**『2040年-BV5会議:最新のポセイドン宣言、間もなく発表』**


---


『テレビの前の世界中の視聴者の皆さん、こんにちは! GNN特派記者のエミリーです。第五回BV5会議が間もなく開幕します!』


女性物のスーツをスマートに着こなした金髪の美女が、マイクを手に、カメラに向かって華やかな笑みを振りまいていた。


『Big Victory 5、通称BV5。第二次世界大戦の終結後、共同で【寰宇かんう和平協定】を締結し、国際連合の設立を主導した五大戦勝国。四年に一度、地球の武力の頂点に立つ五人の首脳がここ「ポセイドンの島」の【ピース・シティ】に集い、国際社会へ向けて【ポセイドン宣言】を発表します』

『この宣言は、今後四年の世界関税、軍事境界線、そしてテクノロジーの動向を決定づけるものであり、まさに歴史に刻まれる最重要会議と言っても過言ではありません』


白大理石で作られた豪華絢爛な議事堂内では、GNNを含む五つの主要テレビメディアがスタンバイを完了していた。

五人の指導者が姿を現した瞬間、世界同時生中継の解説が始まる手はずだ。

島内への立ち入りを許されたすべてのスタッフは、厳格なバックグラウンドチェックを受け、犯罪歴が一切ないことを証明されている。さらに徹底的なボディチェックで武器の不所持を確認されて初めて、この場への入場が許された。


今日の生放送を完璧に成功させるため、エミリーは五人の首脳のプロフィールを完全に暗記していた。絶対にミスは許されない。


『今、五人の指導者たちが議場へと入場します。まず姿を現したのは、キャメロット連合王国の首相、ベンジャミン・グレイ氏です』


黒いスーツに身を包み、黒縁の眼鏡をかけた男が入場してきた。

彼は長いレッドカーペットを歩み、五つの椅子が配置された円卓の、最初の一席へと腰を下ろした。


『続いて、リリー連邦の総統、マキシム・トリゴ氏です』


端正な顔立ちの、背の高い男が部屋に入ってくる。

彼の黒いスーツの胸元には、銀で作られた百合の花のブローチが鈍く光っていた。


『次は、スノーボール連邦の総統、オレグ・クヴァスト氏です』


がっしりとした体躯の男が歩みを進める。

その足取りは軽快だが、一歩一歩に言葉にできぬ威厳が宿っており、さながら歩く暴風雪のようだった。


『そして、滄海共和国の総統、呉蔚ウー・ウェイ氏です』


仕立ての良いスーツに、鮮やかな赤のネクタイを締めた男が入場した。

彼はカメラに向かって手を振り、和やかで親しみやすい笑みを浮かべた。


『最後に真打ちの登場です。我がGCP(The Great Country Potaco)の現大統領、マイルズ・キャンドラー氏です!』


会場に突如として重厚で熱いBGMが鳴り響き、すべてのスポットライトが入り口へと集中した。高身長で引き締まった体躯の男が、自信に満ちた笑みを浮かべて颯爽と登場する。

彼は大股で歩み寄り、最後の一つの椅子へと深く腰掛けた。


世界中の数十億の視線が注がれる中、彼は円卓を見回し、低く、力強い声で告げた。


「――始めようか」



報道陣がすべて退場した後、各国の随行政要や高官たちが続々と議場へと入ってきた。

――世界を切り分ける「分捕り合戦ディバイド」が、ここに始まった。


「あちらの国で革命が……」

「兵器の受注オーダーはすでに済んでいる……」

「首を突っ込むな……」

「この土地は我が国がもらう……」

「その貨物はすべてうちが買い叩こう……」


会議は極めてスムーズに進行した。世間が想像するような、互いに胸ぐらをつかみ合い、相手の鼻先を指さして罵倒し合うといった、映画のような大げさな展開は一切ない。

そこにいる全員が微笑んでいた。なぜなら彼らは、食卓の上で肉を切り分ける「切り手」の側に座っているからだ。


二時間余りが経過し、五通の重要書類への署名が完了した。あとは外で待つメディアに向けて【ポセイドン宣言】を発表するだけだ。

誰もが会議の終わりを確信したその時、リリー連邦の総統、マキシム・トリゴが不敵に口を開いた。


「金と権力の話がまとまったところで、少々面白い話をしようじゃないか」


「???」


残る四人の首脳、そして背後に控える政要たちは、一様に訝しげな表情を浮かべた。

互いに視線を交わし合うが、そこにあるのは同様の困惑だけだ。一体、何が始まるというのか。

マキシムは周囲の動揺などどこ吹く風で、独白のように淡々と語り始めた。


「二〇一二年の【末日巨変マツジツキョヘン】以来、地球には前例のない変化が起きている。台風、砂嵐、竜巻、豪雨といった天災の頻度は明らかに増加した。世界各地で超大規模な地震が発生し、太平洋と大西洋には無数の無人島が隆起した。海平面は上昇し、沿岸都市の約七割が水没の憂き目に遭っている」

「我が国のシンクタンクは、一致した見解を出した。――『転換点ターニングポイント』が来た、とね」


四人の首脳陣の眉が、一斉に跳ね上がった。

彼らはマキシムが何を言わんとしているのか、おおよその見当がついた。


「皆さんも、カミラ博士のことはご存知だろう? ビール連邦で名を馳せる高名な遺伝学の権威だ。これは、彼女が執筆した研究報告書レポートだ。目を通していただきたい」


マキシムが軽く手を振ると、後方に控えていたスタッフが四人の首脳と随行の頭脳集団シンクタンクへ、一斉に資料を配り始めた。


「こ、これは……っ!?」


資料の最初の一ページに目を走らせただけで、ベンジャミンは驚愕の声を漏らした。


「おい、これは本物か? 何を企んでいる」

呉蔚ウー・ウェイは手元の資料を机に放り出すと、腕を組んでマキシムを鋭く睨みつけた。


マキシムは顔色一つ変えず、両手の指を組み、それをテーブルの上に置いた。

「その通り、本物だ。テレビで愚民どもを煙に巻くためのニュース原稿ではない。長年にわたる過酷な実験の末に導き出された、紛れもない真実の記録ログだ」


「『大気中の魔力濃度の増加、および人類の先祖返りがもたらす肉体的変貌』……だと?」

オレグは顔を青ざめさせ、まるで呪文でも唱えるかのように、資料のタイトルを絞り出した。


「実験体は……ビール連邦のフレッド。彼の金髪が突如として黒変し、体表には竜に酷似した鱗が発生。激昂した際には、口から火球を吐き出した……!?」

我が国でも水面下で類似の実験を行ってはいたが、これほど異様な個体はマイルズにとっても初耳だった。


マキシムは全員の動揺を見計らい、爆弾を投下した。

「我がリリー連邦は、十分後、公式チャンネルおよびすべてのメディアを通じ、この報告書を全世界へ発表する」


「な、何だと……ッ!?!?」


その場にいた全員の顔が、【お前は正気か】という驚愕に染まった。

私裏で兵器を開発し、不道徳な人体実験を行うこと――それはどの国家も口には出さないが、裏では当然のように手を染めている公然の秘密だ。

しかし、目の前にあるこの事態は、それよりも遥かに複雑で、極めて危険な領域に属していた。


「正気か! 我が国は断じて認めん! 直ちに発表計画を中止しろ!」

マイルズが真っ先に声を大にして反対した。


「我が連合王国も同意見だ! 断固として反対する!」

ベンジャミンが即座に同調する。


「貴様、世界の秩序を崩壊させる気か!」

オレグがマキシムを指さし、その場で激しく問い詰めた。


「このデータを公表した瞬間、各国に……いや、全人類社会にどれほどの激震が走るか、本当に理解しているのか!?」

呉蔚は猛虎のような眼光で、じっと相手をロックオンした。彼はマキシムに対する忍耐の限界を迎えつつあった。


「この男……自分が狂うだけならまだしも、私たちまで巻き添えにする気か!」

マイルズがドンと机を叩いた。議場内の空気は、息が詰まるほど圧迫されていく。


「滅相もない。我が国は平和のために貢献しているのだ。そしてその栄誉は、BV5が共に分かち合うべきものだ」

マキシムは、どこまでも正義の味方然とした面構えで言い放った。


リリー連邦以外の政要や高官たちは、手元の詳細なデータを読み進めるうちに、全員が【親が死んだような】絶望的な表情を浮かべた。


呉蔚はその資料を凝視したまま、長い沈黙に落ちた。

他の誰よりも早く、彼はマキシムの真の意図を見抜いていた。

この一手、リリー連邦の打ち方はあまりにも陰険で、苛烈だ。


彼らが先んじてこれを一般公開するということは、すなわち「我々はもう、お前たちに知られても痛くも痒くもない」という宣言に等しい。

その余裕自体が、圧倒的な実力の誇示なのだ。

もし残る四カ国が追随を拒めば、国際世論において「利己的で危険な隠蔽国家」の烙印を押されることになる。

逆に追随すれば、リリー連邦が構築した理論の枠組み(フレームワーク)を承認したことになり、彼らを「新時代の教科書執筆者」として崇める羽目になる。


そして何より呉蔚を戦慄させたのは――「オープンソース化(開源)」は、すべてを明かすことと同義ではない、という点だ。

リリー連邦が公開するのは、せいぜい基礎的なフレームワークだけで、核心となる重要なパラメータや臨界値は、絶対にブラックボックスのままだ。

これは世界中に同じOSオペレーティングシステムを使わせながら、そのシステムの脆弱性がどこにあるのかを、開発者である自分たちだけが握っているようなものだ。


「……ハッ、仕方がねえな! 我が滄海共和国も、三十分後にこれまでの独自研究の成果をすべて公表する!」

呉蔚は資料を机に叩きつけると、スマートフォンをひったくるように掴んだ。

最初の一手を読み違えたなら、次の一手でひっくり返せばいいだけのこと。

この「魔法の軍備拡張競争マジック・レース」において、滄海が後塵を拝することなど断じてあってはならない!


オレグもまた、重い溜息をついて言葉を続けた。

「……スノーボール連邦も追随しよう。三十分後だ」

ドミノの連鎖は回り始めた。リリー連邦と滄海共和国が打って出た以上、スノーボール連邦が席を外しているわけにはいかない。それが最善の選択だった。


「GCPは地球最強の国家だ。世界を守るのは我々の責務だ。――デビッド、国内の研究チームに連絡しろ。三十分後にすべての機密データを解放する」

マイルズは資料を投げ出し、短く、しかし傲慢にすべての指示を完了させた。


「このデータが公表されたら、我が国の行政チームは二、三週間は徹夜続きだな……」

ベンジャミンは傍らに控える官僚を呼び寄せ、次々と想定される任務の割り振りを開始した。


一方、仕掛け人であるマキシムは、一人で大きなガラス窓の前に立ち、遠く広がる海面を見つめていた。その唇が、満足げな笑みに歪む。

彼は確信していた。古き神秘に満ちた「神代カミヨ」が間もなく現世に還流し、自分たちリリー連邦こそが、その革命の狼煙を上げる最初の先駆者になるのだということを。


---


ポセイドンの島から約六千キロメートルほど離れた、とある島。その地下深部で、タン・ピンは慌ただしく作業に追われていた。


「AP-79、顔を上げて」


彼の声に応じ、少女は緩慢な動作でこうべを上げた。

その双眸そうぼうには、恐怖も、感情も、そして光さえも宿っていない。

彼女たちは生物ではない。ただの【バッテリー】を組み込まれた人形なのだ。


タン・ピンは二秒ほど沈黙し、手元のバインダーのチェックシートに無言でチェックを入れた。そして、次の実験体の前へと歩みを進める。


刺すような白い灯火。

塵一つない真っ白な壁と床。

ここは、【完成品】を安置するための専用倉庫だ。タノシの神力に適合し、冷凍睡眠からの解凍、および改造手術を無事に終えた個体だけが、この部屋へと送られてくる。


――百体の、人間の女性の死体。

それらがまるで規律正しい職業軍人のように、整然とした方陣ファランクスを組んで直立していた。

かつてあの城で、身を挺して彼を救ってくれた七人の女騎士たちの姿も、その中にあった。

彼女たちの瞳は虚無に染まり、表情は凍りついたように強張っている。さながら、動く死人リビングデッドだ。


昨夜、タン・ピンはブラウアー皇室の戦後処理に追われ、酷く遅い時間にベッドに入った。

そして今朝、目を覚まして起き上がるや否や、世界中を駆け巡る【ポセイドン宣言】のニュースを目にし、思わず息を呑んだのだ。


『BV5が同時に魔法の存在を公表! 新時代が幕を開ける!?』


どのインターネットのプラットフォームを開いても、報道されているのはすべて同じニュースだった。タン・ピンの背中に、じっとりと嫌な汗が伝う。


(ダメだ……僕たちには、もう時間がない……!)

(もっと戦力がいる。……この、工場から出荷されたばかりの人造人間アンドロイドたち――【Android Prototype Model 1】の力が!)

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