第2話:裏切り者(うらぎりもの)
**ドォォォォン!**
**ズガガガガッ――!**
夜の山林に、激しい爆発音が絶え間なく鳴り響く。
岩石は砕け散り、樹木はなぎ倒される。
静寂に包まれていたはずの無人島は、今や混沌極まる戦場と化していた。
サ露ス(サルス)は、言いようのない違和感に苛まれていた。
自分は助けに来たはずなのに、なぜか救出対象と死闘を繰り広げている。
(この男のエネルギーは一体何なの!? これ、邪神の力じゃないの!?)
(なぜただの人間が、これほど熟練した手つきで邪神の力を操れるのよ!)
(まさか、こいつが『神の眷属』だっていうの?)
資料に記されていた「一般人」という情報とは、あまりにもかけ離れている。
それに彼が持つあの剣。神聖な気配が濃厚すぎて吐き気がするほどだ。
なぜ重要人質であり、人類陣営の一員であるはずの男が、正反対の性質を持つ二つのエネルギーを同時に、しかも融合させて使いこなしているのか。
そして、何よりも解せないのは……。
(なんで親の仇みたいに、必死になって私を斬りつけてくるのよ!)
こちらは荒波を越え、わざわざこの恐ろしい禁忌の地まで、たった一人を救うためにやってきたのだ。感謝されるならまだしも、執拗に命を狙われる筋合いはない。
「もうやめて! 私は貴方を助けに来たのよ!」
サ露スは機械腕を掲げ、降参のジェスチャーを見せた。
だが、返ってきたのは山をも断ち割らんとする致命的な一太刀だった。
**ゴォォォッ!**
サ露スは紙一重でそれを回避し、真っ二つにされる運命を免れた。
これには、彼女の堪忍袋の緒もついに切れた。
「この分からず屋! せっかく助けに来てあげたのに、恩を仇で返すどころか斬り殺そうとするなんて! 母親から礼儀ってものを教わらなかったの!?」
サ露スは怒りに任せて突進し、湯評に強烈な平手打ちを見舞おうとした。
しかし、逆に湯評の蹴りをまともに食らい、近くの岩壁へと叩きつけられる。岩にめり込み、身動きが取れなくなった。
邪神の代行者は、この好機を逃さなかった。
彼は両手を掲げ、この怪物を一撃で仕留めるべく力を込める。
「偉大なるタノシよ! 我に力を!」
「貴方の意志と憤怒を背負い、目の前の敵に裁きの鉄槌を振り下ろさん!」
「深淵邪法――海月大砲 (クラゲ・キャノン)!」
海のように深く純粋な蔚藍のエネルギーが男の手の中に凝縮され、何ものも防ぎ得ぬ砲弾と化す。それは雷霆のごとき勢いでサ露スへと放たれた。
(……まともに食らえば、死ぬか、良くて半死半生ね)
(もう構ってられないわ! まずは生き残るのが先よ!)
「隠密モード、解除!」
「Holy Angelic System, Open(ホーリー・アンジェリック・システム、オープン)!」
湯評が驚愕の目で見守る中、サ露スが形態変化を開始した。
双腕が球体の内部へと格納され、外殻には電子回路のような紋様が浮かび上がる。そして、全身から黄金の炎が噴き出した。
古代文字で構成された二つの桃色の星環が虚空に出現し、球体の周囲を高速で回転し始める。
星環が回るたび、サ露スの纏う黄金の炎は、より一層その輝きを増していった。
「あの黄金の炎……一体、何なんだ?」
タノシの圧倒的な強さを知る湯評でさえ、この光景を前に思わず一歩後退した。
「貴方がどう思おうと、私は必ず貴方を連れて帰るわ!」
サ露スは燃え盛る太陽のごとき姿となり、何ものも寄せ付けない絶対的な力をもって、湯評の元へと突進した。
---
その頃、湯評とサ露スが激戦を繰り広げている場所からほど近い山腹。
軽鎧を纏った龍姫は、目の前の三体の敵を見据えていた。
**ジャキィィン! ジャキィィン!**
二本の長槍が突き刺さる。
残るは、あと一体。
青嵐は槍を抜こうとはせず、そのまま敵を大地に縫い止める「釘」として放置した。
「貴様、世界の意志に認められた存在ではないのか? なぜ我らの邪魔をする!」
唯一の生き残り、パクス(Pax)が声を荒らげて問い詰めた。
なぜ彼女が自分たちを襲うのか、彼には理解できなかった。世界の意志に認められたのであれば、彼女は「善」の陣営に属するはずだ。
彼女から溢れる神力は、一点の汚れもないほど純粋なのだから。
資料によれば、彼女は四聖獣・青龍の末裔である可能性が高い。
パクスは、事態がなぜこれほどまで混迷しているのか、見当もつかなかった。
「……」
龍姫は答えず、ただ冷徹な眼差しで彼らを見下ろす。
「貴方の体に何か拘束術式がかかっているのか? 奴隷契約か何かだろう! 我らを解放しろ、その契約を解く手助けをしてやる!」
パクスは焦っていた。拘束を逃れようともがくが、神力によって強化された蔦は、馬力を100%にまで引き上げても微動だにしない。
他の仲間たちも戦っているはずだ。自分がここで時間を取られるほど、撤退は困難になる。
彼らの第一任務は、異端の邪神を滅ぼすことではなく、あくまで「人質の救出」なのだから。
「貴方たちは、いくつか勘違いをしているようね……」
青嵐は淡々と言い放った。
同時に、操る蔦がパクスの体をさらに強く締め上げる。パクスは内臓が押し潰されるような錯覚に陥った。
「あ……がはっ……やめろ……っ!」
パクスが悲鳴を上げる。
金属の球体形態とはいえ、神級の攻撃を受ければ、彼もまた痛みを感じるのだ。
「第一。私が世界の意志を受け入れたのは、単にそれが必要だったからに過ぎないわ」
「第二。高貴なる龍の一族が誰かに屈することなどない。奴隷契約など、その気になればいつでも引き裂ける」
「第三。そして、これが貴方たちの犯した最大の過ちよ……。私の『夫様』を連れ去ろうだなんて! 万死に値するわ……信じられない。たとえ神が貴方たちを許したとしても、この私が決して許さない! 死になさい!」
龍姫が両拳を握りしめた。
刹那、虚空に三本の長槍が出現し、碧緑の光を放つ。
彼女が手を振り下ろすと同時に、三つの円球の怪物は木っ端微塵に粉砕された。
敵を排除した青嵐は、山麓の戦場へと視線を向け、久しぶりに微笑んだ。
「また、強くなったのね……。ふふ、流石は私が見込んだ男だわ」
---
**ドォォォォンッ!**
サ露スは狂ったように盾へと体当たりを繰り返す。一歩も引かない、不退転の構えだ。
だが、そのゼリーのように柔らかな盾は、揺るぎなく湯評を守り続けていた。
サ露スは、自分が盾を叩いているのではなく、ダイラタンシー流体(非ニュートン流体)に突っ込んでいるような錯覚に囚われていた。
もはや、遊んでいる時間はない。人質を連れて一刻も早く撤退しなければ。
「いい加減に目を覚ましなさい! 私は貴方を助けに来たのよ!」
サ露スはスピーカーを最大出力にし、最後通告とも取れる歩み寄りの言葉を投げかけた。
本来の計画では、兄の伯尼達斯が邪神を引きつけている隙に、湯評を密かに連れ出すはずだった。
だが、事態は明らかに狂い始めていた。
人質は洗腦されたかのように敵意を剥き出しにし、援護に現れるはずの三人も姿を見せない。
(……私一人で、この任務を完遂させるしかない!)
「貴方もこの星の住人でしょう!? ここは危険よ、早く私と一緒に来て!」
「その力を使わないで、死んでしまうわ!」
サ露ス(サルス)は湯評の敵意を削ぐため、語気を和らげて対話を試みた。
だが、湯評は微塵も動じない。
感情を排した戦闘マシンのように、淡々と、そして確実に任務を遂行していく。
彼の目的はただ一つ。目の前の敵を抹殺すること。
---
**【Aetherisシステム:情報処理中……】**
**【ソース:敵対ユニット】**
**【外部音声干擾:シールド完了】**
静寂に包まれた世界の中で、湯評には自分の鼓動以外の音は聞こえなかった。
余計な雑音を排除し、勝利のために目の前の敵だけに集中せよ――それがモニカの与えた指針だった。
「湯評、外の声は聞こえる?」
「いや、君の声以外は何一つ。どうしたんだ?」
「何でもないわ。ノイズキャンセリングが故障して、外の爆音に貴方が惑わされないか心配だっただけ」
「ありがとう、君がいてくれて本当に助かるよ」
「……」
モニカは沈黙した。
これが彼女の仕事だ。たとえその手段が卑劣であろうとも、芽吹いた種は今のうちに摘み取らねばならない。
すべては、タノシ様のために。
「……やっぱり、怖がる必要なんてなかったんだ」
湯評が低く呟く。
体内にはタノシの力が宿り、傍らにはモニカのバックアップがある。すべては掌握下にあるのだ。
目の前の円球の怪物など、恐るるに足りない。
湯評は無造作にエネルギー砲を放ち、サ露スを遥か彼方へと吹き飛ばした。
モニカから教わったのは、最も基礎的なエネルギーの循環法に過ぎなかった。
だが、魔力を特定のルートで巡らせ、経絡と穴を貫通させることで、その運用効率は劇的に向上する。
湯評はそこへ、自分なりのアレンジを加えた。
魔力を四肢に付加すれば、身体能力は五輪選手を凌駕するほどに跳ね上がる。拳や武器に集中させれば、その威力は倍加する。
卓越した想像力とモニカのリアルタイム補佐により、独自神術――**『海月シリーズ』**が誕生したのだ。
今の湯評なら、あのイチゴの怪物が十体並んでいようと、瞬きする間に塵にできるだろう。
「偉大なるタノシよ、疾風のごとき速さを我に!」
「深淵邪法――海月神行 (くらげしんこう)!」
湯評の両足が爆発的な推進力を生み、彼は砲弾となって飛び出した。
その速度はフル稼働状態のサ露スにすら匹敵し、彼女を驚愕させた。
(こいつ……戦いながら、どんどん強くなってる!?)
---
サ露スはもはや出し惜しみはできないと判断し、機体の稼働効率を八割まで引き上げた。
「Thrones Mode: 8th Eye Open(スローンズモード:第八の眼、開眼)!」
サ露スの放つ輝きが激しさを増し、周囲の木の葉は一瞬で焼け焦げて丸まり、大気は高熱で歪んだ。
あまりの眩しさに、湯評は一瞬視界を奪われる。
次の瞬間、強烈な衝撃が湯評を襲い、彼は吹き飛ばされた。
だが、彼が地面に叩きつけられる寸前、サ露スはさらに追い打ちをかけ、再び彼を宙へと打ち上げた。
(考えを変えたわ! 気絶させてでも連れて帰る!)
しかし、湯評もただ打たれるだけの男ではない。
「捉えどころなきタノシよ! その彩り豊かな演技をもって、敵を、そして世界を欺き給え!」
「深淵邪法――海月幻影 (くらげげんえい)!」
**シュッ――!**
刹那、戦場に三体の残像が出現した。どれもが湯評本人と瓜二つだ。
四人の湯評が四方へと散り、別々の方向へと逃走を開始する。
予期せぬ事態に、サ露スは一瞬その場に釘付けになった。
だが、即座に彼女は再起動する。
「Thrones Mode: 9th Eye Open(第九の眼、開眼)!」
出力をさらに高めたサ露スが、逃げる湯評の一体に肉薄する。
**ゴンッ!**
燃え盛る金属球が背後から激突し、湯評の姿を光の粒子へと粉砕した。
「くっ、幻影ね。次よ!」
その後、残る二体の幻影も次々と撃破された。
サ露スはついに本体の湯評へと突撃を敢行する。もはや、逃げ場はない。
「海月大砲 (クラゲ・キャノン)!」
放たれた光軸を、サ露スは熱したナイフでバターを切るように突破する。
彼女のセンサーは、湯評の顔に浮かぶ驚愕を克明に捉えていた。
「海月防護壁!」
「海月防護壁!」
「海月防護壁!」
形勢逆転を悟った湯評が、なりふり構わず三重のシールドを展開する。
だが、無駄だ。
**パリィィィン! パリィィィン! パリィィィン!**
三枚の盾が瞬時に砕け散る。
目の前には黄金の太陽。湯評の全身から汗が噴き出す。
サ露スが機械腕を大きく広げ、彼を捕らえようとした。
「海月神行 (くらげしんこう)!」
最後の瞬間、湯評は奇妙な歩法でサ露スの拘束を紙一重でかわし、再び鬱蒼としたジャングルへと逃げ込んだ。
「往きなさい! おとなしく一緒に来るのよ!」
サ露スは巧みに樹木を回避しながら、なおも投降を促す。
(……ダメ、もう時間がない!)
通信から聞こえる状況では、兄の伯尼達斯たちが邪神を辛うじて足止めしている。
パクス兄さんたちが援護に来ないのは不安だけれど、今は自分の任務に集中するしかない。
この愚か者を一刻も早く島から連れ出しさえすれば、ボニタス兄様は一切の憂いなく禁術を解放し、あの邪神を確実に消滅させられる。
それで任務はすべて完遂するはずだった。
なのに……この大馬鹿野郎は、なぜ止まらないのよ!
「止まりなさい! この分からず屋ッ!!!」
サ露ス(サルス)はさらに速度を上げ、湯評の背後に肉薄する。
だが、湯評は彼女の叫びに耳を貸すことなく、方向を転じて逃走を続けた。
湯評は焦っていた。
もはや、打てる手は残されていない。
『海月大砲』は彼が持つ最強の技だ。もしこれでも相手を退けられないのであれば、逃げ続けたところで結果は同じだ。遅かれ早かれ追いつかれる。
(……結局、最後はタノシ様に頼るしかないのか)
「タノシ様、そちらの状況はどうですか!? 敵は倒しましたか!?」
『&#%#$@&……』
(くそっ! ノイズだらけだ!)
(……自分で何とかするしかない。考えろ、漫画や映画に出てくるような技を……戦況を逆転させる方法を……!)
そうだ。最初の一撃は、確かに手応えがあった。
相手が本気になり、体表から炎が噴き出し始めてから、俺の技が通じなくなったんだ。
なら、俺も魔力の密度を極限まで高めればいい。技の破壊力を底上げすれば、致命傷を与えられるはずだ。
(よし! 賭けてやる!)
「海月幻影!」
湯評の体から一体の幻影が分離し、サ露スを誘い込むように前方へと走り去る。
一方、湯評の本体は地面に伏せ、幻術の加護によって地表へと完全に同化した。
**ドォォン!**
前方の幻影が粉砕される。
サ露スが振り返る。そこに、湯評の本体を見つけた。
彼は長劍を高く掲げた。
「お前が誰なのかは知らないし、恨みもない。だが、この生まれたばかりの国を壊し、民の希望を奪おうとするなら……俺は決して許さない!」
重い決意を込めた宣告。
それに応えるかのように、手の甲の『水神の印』が爆発的な蔚藍の光を放った。
光は手首を這い、踵を貫き、一筋の髪の毛にまで無尽蔵の力を宿らせる。
不可視の威圧感が四散し、敵をも戦慄させるその立ち姿は、まるで神霊が地上に降臨したかのようだった。
膨大なエネルギーが積層し、最終的にすべてが『七星龍淵』へと集束していく。
湯評の瞳から迷いは消え、代わりに言いようのない「狂熱」が宿った。
この戦いに退路はない。
今度は、俺が勝つ。
「勝つのはこの俺――湯評だ!」
「なるほど……自ら望んで、その力を?」
サ露スの声が低く沈む。
もし彼女に人間のような瞳があったなら、湯評はそこに深い失望の色を見たはずだ。
「貴方のような人を、私は数え切れないほど見てきたわ」
「最初は力を借りているつもりでも、最後には自分という存在すら忘れてしまう。……貴方を、そんな風にはさせない!」
彼女は心の中で十字を切った。
周囲を回る星環が高速回転を始める。
「迷える子羊よ。神聖なる光の導きに従い、帰るべき道を見つけなさい!」
灼熱の炎が全身を包み込み、サ露スは機体内の潜在能力がすべて呼び覚まされるのを感じた。
それは太陽から授かりし天の火。世のあらゆる汚れを焼き尽くす『陽光烈焰』だ。
深淵に堕ちた悪人を討ち、歪んだ真実を正す。たとえそれが暴力によるものであっても。
「聖光十字神国の守護者としての誇りに賭けて、創造主たる我が父に、この唯一無二の勝利を捧げましょう」
「Thrones Mode: 10th Eye Open(スローンズモード:第十の眼、開眼)!」
サ露スが全出力で湯評へと突っ込む。
燦然と輝く黄金の烈焰が、夜空を昼間のように照らし出した。
彼女は今、地球へと降り注ぐ彗星。目の前の生命すべてを滅ぼすと誓った、正義の凶弾だ。
(今度は、砲弾だろうと盾だろうと通用しないわ! 正義の裁きを受けなさい……裏切り者!)
「神聖禁呪――Flare Comet!」
対する湯評も、準備は整っていた。
「大洋の統治者、タノシよ! 貴方の憤怒は都市を飲み込み、その咆哮は艦隊を灰にする!」
「貴方こそはこの星の最強者、唯一無二の至高神だ!」
「その力を貸し与え給え、眼前の敵を滅ぼすために!」
湯評は一歩踏み出し、両手で柄を握り締めた。
「これが、俺の選んだ道だ!」
「深淵邪法――海月斬!」
湯評が猛然と剣を振り下ろした。
巨大な蒼い斬撃が弧を描き、一直線にサ露スへと飛翔する。
この一撃に、魔力のすべてを注ぎ込んだ。
自分の命を。
己の誇りを。
すべてを、この一太刀に。
千軍をなぎ倒す神の斬擊と、地核を突き穿つ烈焰の彗星――。
相反する二つのエネルギーが、真っ正面から激突した。
蒼と金の境界で、空間が飴細工のように歪む。
そして――。
世界は、静止した。
風も。
音も。
鼓動さえも、止まったかのように。
次の瞬間――。
**ドゴォォォォォンッ!!!!!**
光がすべてを飲み込んだ。
天空は引き裂かれ、大地は崩壊する。
半径百メートルには、ただ焦土と化した地表と、消え残る炎の残光だけが残されていた。




