544.お望み通りに、もう二度と ◆
場違い過ぎる。
入ってすぐに思った事はそれ。
会場のダンスホールに着いた私は、内装や他の生徒のきらびやかさに圧倒されていた。
シャロンに勧められるまま、学園の貸し出しドレスを選んだけど……変じゃないかな。
私なんかがドレス着てるって、何か…恥ずかしい勘違いをしてると思われそうで。
『おっ。何だよカレン、似合ってんじゃん。』
『レベッカ……やっぱり私も、制服で来ればよかったよ。』
『何言ってんだ、背中曲がってなきゃバッチリ決まってるって。』
『うう…』
知り合いと合流できてよかったけど、制服姿のレベッカを見てると余計にいたたまれない。
でもシャロンが勧めてくれた時は、どうしたって断れる雰囲気じゃなかったし…。
『諦めて背筋伸ばしとけよ。カレンは王子様だのお貴族様だのと仲良くしてんだから、誘われるかもしれねーだろ?』
『えぇっ?そんなわけないでしょ。私、平民だよ?』
そう言いながらも確かに、他の子より仲良くしてもらってるかもしれない、って思った。
ウィルとアベルからは何でか、呼び捨てにしていいって言われたし。そのせいだと思うけど、チェスターとサディアスの事も呼び捨てする事になったし……。
いつもの皆の前限定の話とはいえ、本当はダメって事は、わかってる。
『そうだけど、このパーティーじゃ貴族が平民誘う事もあるって聞いたぜ。』
『ど、どうして…』
そんなの、誘われた側は目立って困るに決まってるのに。
……けど、もし本当に誘われるかもしれないとしたら。
【 私に声をかけるのは、もしかして… 】
サディアス、だったり――…するわけないよね。
………ない。
さすがに、ないよ。
チェスターならもしかして、ふざけてとか、あるかもしれないけど。
全校生徒が集まってるんじゃないかってくらいに人がいて、校外からも人が来てるような中で、サディアスが私を選ぶわけがない。
…自分で考えておいてちょっと、さびしい、けど。
そうやって思う事さえ、本当はおかしいのかな。入学式で道に迷ってなければ、今よりもっともっと遠い人だったはずで。
音楽が鳴り出した。
『お、そろそろか?』
ざわついていた会場が一気に静かになって、中心にぽっかり空いたスペースの真ん中を学園長先生が歩いてくる。叫んでるわけじゃないのに、その声はよく響いて。
《女神祭も三日目、この夜をもって終わりとなる。笑えたか、楽しんだか、不満があったか、悲しみを覚えた者もいるかもしれない。全部ひっくるめてこそ青春という名の修羅場だ。各々、この三日間であった事を糧として、これからも励んでくれると信じているよ。》
壇上で足を止めた学園長先生が手で合図すると、一つの扉が光の魔法で照らされる。
何が起きるかは私にだってわかった。今からウィル達が入ってくるんだ。
《それでは舞踏会を始めよう。まずは、最初にダンスを披露する面々の登場だ》
楽器の音が大きくなって扉が開く。
途端にホール全体から響いた拍手の音に、私も慌てて手を叩いた。
ウィルとアベル、シャロンも、サディアスやチェスターも………皆、すごく綺麗。
私が近くにいていい人達じゃない。
……でも。
だからこそ、……頑張りたいって、思うんだ。
学園長先生は皆に、それぞれパートナーを選ぶように言った。
こういうのって大体、男性が女性を誘うものだと思ってたけど…シャロンはどうするんだろう。
皆がそろった舞台をじっと見てたら、まず最初にウィルが動いた。最初から決めてたみたいに、すぐだった。
『シャロン。俺と踊ってくれるかな』
『もちろんよ。ウィル』
すごくお似合い。
一緒に舞台を下りていく二人は息ぴったりで、つい見とれてしまう。決まった位置なのか立ち止まって、顔を見合わせて、そっと微笑んで。本当に仲良しだなぁ……。
かつんと足音がして、はっとする。
二人とは反対側の階段で舞台を降りたアベルは、上の学年の人かな?たぶん貴族の女の子を選んだみたいだった。
次は……サディアスの番だ。
アベルとパートナーの子が位置につくのを待つその姿を、ついじっと見てしまう。
きっと、綺麗なお嬢様と踊るんだろうな。
当たり前の事なのに、心臓のあたりがちくっと痛んだ気がした。
……なんだろう。私……サディアスが女の子を選ぶとこ、見たく、ないかもしれない。
目が合った気がして、ついビクッとして。
サディアスはすぐ目をそらした。そんな普通の事に私は、何で傷ついちゃうんだろう。階段を下りる足音がどこか遠く聞こえて。
じわっと視界がにじんで、あれ、おかしいな。
涙が出るのはさすがに、おかしいよ。……おかしいのに。
ちょっとだけ、苦しい。
近付いてきた音が止まって、会場がどよめく。何だろう。
瞬いて顔を上げると、サディアスがこちらに手を差し出していた。
『カレン。私と踊って頂けますか』
『……へ…』
目を丸くして、びっくりして、レベッカが私の背中を叩く。
慌てて頷いて、手を重ねた。
『っはい!よ、よろしくお願いします。』
『結構』
サディアスは照れたりとか何にもなしに、さらっとエスコートしてくれる。
どきどきして、後ろからひそひそ話声が聞こえるけど、嬉しくて、でもわからなくて。顔が真っ赤になってるかもしれない私は、今、ちゃんと歩けてるのかな。
『ほとんど基本のステップしかやりません。授業で習いましたね?』
『は、はい。しっ、シャロンからも、ちょっとだけ。』
ウィルやアベルのペアからちゃんと離れたところで、一緒に立ち止まる。
舞台から下りていくチェスターは女の子達に手を振ってて、うう、私もあれくらいいつも通りになれたらよかったのに。
手が、サディアスの大きい手が、私の手と触れ合ったままで。
ちらっと顔を見たら、ちょっとだけ笑ってくれた。
『どうしてそんなに堅いんですか。泣きそうな顔でこちらを見てきたのは、貴女でしょう。』
『それは……っでも、よかったのかな。私なんかで…』
『構いませんよ。今すぐ婚約者を決めるつもりがない、そんな意思表示に貴族でない方を指名するのは、一般的にある事ですから。』
『そうなんだ……』
レベッカが言ってたのって、そういう事なのかな。
そっか……私ただ、そういう理由で、ちょうどよかっただけなんだね。
遠くでチェスターが恭しく女の子の手を引いてる。
『………もし嫌だったなら、』
『っ嫌じゃない。』
咄嗟に遮っちゃって、手をぎゅっと握っちゃって、サディアスが瞬いた。
近くで見ると、本当に……なんて綺麗な目をしてるんだろう。冷たいとか怒りっぽいって思われがちだけど、実際は優しい人だって私は知ってる。優しいからこそ、注意するんだって。
だから私、力になりたくて。
…近くに、いたくて。
『…嫌じゃ、ないよ。私…すごく嬉しかった。』
『………そう、ですか。…そろそろ始まります。集中しましょう』
『あっ、うん。ご、ごめんね。』
ぽそぽそ小声で謝って、私今、今の、伝えて大丈夫だったのかな。
そんな風に焦った時。
バン、と大きな音を立てて扉が開く。
会場中の人がそっちを振り返った。「うわっ!」て驚く声とか、どこかでお皿が割れた音、「大丈夫ですか!?」とか、「何だ一体!」って、ざわめいて。どよめいて。
『ちょっと!!どうなってるんですの、迎えの者が遅過ぎましてよ!?』
王女様だ。
あの大声にはもう、体が勝手に怯えてしまう。サディアスが重ねた手を軽く握ってくれた。
シンとしたダンスホールにどかどかと、ロズリーヌ王女が歩いて来る音が響く。
何人かためらいながらも止めようとした生徒がいたけど、全然見えてないのか、気にしてないのか。扇子をばさっと広げて、王女様は私達四組の中央まで歩いてきた。
『皆様わたくしをお待ちでしょうから?こうして自ら出てきて差し上げたのですけど!!責任者はどこですの?このわたくしを放っておくなんて、どんな事情があっても許されませんわよ!!』
責任者って言ったら、ここには学園長先生がいる。
でも王女様の方に進み出たのはウィル――より少し足早に、わざとなのか靴の音を大きく立てて。目を細めたアベルが口を開いた。
『殿下。女神祭における予定は事前に伝えられていたはずだ。誰か貴女に、迎えを寄越すなどと言ったかな。』
『まあ!アベル殿下、貴方は何を言ってるんですの?パーティーの予定を知ってたから今、こうして来たんでしょ!なぁんて理解が遅いのかしら!!』
『それは失礼。自由参加の意味からお教えしておくべきだったね。』
アベルの笑顔で会場の気温が下がった気がする。
王女様は全然、気付いてないみたいだけど。
『ちゃあんと謝って素直にわたくしを誘うなら、許して差し上げてもよくってよ!理解が遅くても愛想がなくても、貴方、顔は良いのですから。』
なんて事を。会場中がざわってする。
聞いてるだけでも血の気が引いた。息が詰まりそう。見なくてもわかる、隣でサディアスがすごく怒ってる。彼はアベルに失礼な人を許さない。
『跪いてキスなさいな。ほら』
『殿下』
アベルに向かって手の甲を突き出した王女様を、ウィルが止めに入った。
王女様はウィルと、すぐ後に続くシャロンを見てにやっと笑う。
『あらウィルフレッド殿下!わたくしを盗られると思ったんですわね?おーっほっほっほ!ご安心くださいな、一度や二度踊るくらい、わたくしの心を射止めた証拠になりませんわよ!』
『ウィル、出てこなくていい。僕が別室で理解させる。』
『待て、アベル!……殿下、ちょうど一曲目が始まるところで皆戸惑っています。ここは…』
『でも!わたくしに惹かれるのもわかりますわ。パートナーを変えたいって皆様の心、存分に伝わっていましてよ!!』
何を言ってるんだろう。
ウィル達が自分で相手を選んだ事、知らないから?
王女様はチェスターやアベルのパートナー、シャロンのこと、最後に私を、汚いものでも見るみたいに睨みつける。
『わたくしという華がいるのに、そんなみすぼらしくて卑しい人達と踊らなければいけないなんて。とんだ苦痛ですこと!どこの牛の骨かも知れない貴女も、貴女も…』
…う…牛……?
どこからか、失笑するような声が聞こえる。一人一人扇子で示してる王女様は気付いてない。今度はシャロンに先端を向けた。
『貴女もよ、わたくしにいちいち嫉妬して喚き立てる貴女!今日も男受け狙いが見え透いた格好ですこと!たかが公爵家の娘ごときが、一国の王女たるわたくしに敵うとでも!?』
シャロンに、そんな事言っていいわけないのに。
どれだけ「皆」を怒らせてるか……この人は、なんにもわかってないんだ。王女様に睨まれてビクッとしたら、サディアスが後ろに庇ってくれた。
『貴女が一番ありえないんですのよ、気色悪い頭の平民!血みたいな目して、まるで人殺しの化け物ですわ!!親がよっぽど誰かに憎まれて、そんなみっともない見た目になったんじゃ――』
『ロズリーヌ・ゾエ・バルニエ殿下。』
『ッ何ですの、貴女が偉そうにわたくしの名を呼ばないで!!』
耳にキンキン響く金切声で叫ばれても、シャロンは全然怯まない。
あの優しいシャロンが……あんな冷ややかな目をしているところは、初めて見た。足音がする方を見ると、いつの間にか入口から騎士が何人か入ってきてる。
ドレスの裾を持ち上げて、シャロンは淑女の礼をした。
この騒ぎを忘れそうになるほど優雅に、美しく。
『お望み通り――今後もう二度とお呼びする事も、お話しする事もございません。』
『そう!ええ二度と、絶対ですわよ!!貴女なんか、』
『いい加減に大声はやめて頂きたい。殿下、俺達はあと一度でも騒ぎになれば終わりと決めていたんだ。』
ウィルが静かに言った。
その意味をわかってないのはきっと、王女様だけ。眉をぎゅっと縮めて首を傾げている。
全然笑ってないチェスターが片手を軽く上げると、集まった騎士達が王女様を遠巻きに囲む。そこでやっと彼女は、ぽかんと口を開けた。
何のつもりなのって聞くみたいに、その目がこっちを見る。
サディアスが指先で眼鏡を押し上げた。
『王族といえど殿下は留学生です。ツイーディアの法と秩序を守れず、改善も見込めないのであれば。どうなるかはおわかりになりませんか?』
『な……何を言っているの、貴方達。わたくしは――わたくしは王女ですのよ!ロズリーヌ・ゾエ・バルニエ!!王女たるわたくしがッ、』
『なんて理解が遅いんだろうね、貴女は。本当に僕の想像を超えてくる』
ふと笑ってみせたアベルの声は冷たい。
彼がたった一言「捕えろ」と命じて、留学生の王女様は騎士に連れて行かれた。
ずっと文句を、皆の悪口を、叫びながら。
……この空気、どうするんだろう。
ウィルとシャロンも、アベルも、何も無かったみたいな顔で元々いた位置に戻ってくけど。
学園長先生がようやく口を開いた。
《早速の修羅場となったが、これで全員揃ったね。では始めよう》




