541.気楽に呑気にくるくると
誰を選ぶのかなーって、呑気にしてたのに。
「カレンちゃん。俺と一曲どう?」
私の前に来たチェスターさんは、ぱちんと片目を瞑ってそう言った。
「えっ……ええええ!?」
た、確かにさっき「チェスターさんなら、大丈夫かな?」とか考えたりしたけど、でもあくまでもしもで、ほんとにそうなるなんて思わないよ!
周りから一斉に見られてる気がする。なんだろう、あの、空気で押されるみたいな、圧が…!
「ありがとー。さ、行こ☆」
「まままっ!」
待って、待って。良いって言ってない!断れるわけないけど!
チェスターさんの手が、わーって胸の前に上げちゃってた私の手を取って。引かれたら抵抗するわけにはいかなくて、足を踏み出すしかなくて。でも!
「チェスターさん!む…無理です私っ!」
歩き出しちゃったら今更、もう意味がないのはわかってて、それでも小声で話しかける。
会場がざわざわしてるのは絶対絶対絶対に、平民の私が選ばれちゃったせいだ。どんな目で見られてるか確認するのは怖くて、踏み出す直前に背中を叩かれたのはたぶん、レベッカとデイジーさんで。
「大丈夫だよ、カレンちゃん。なんとなーくで俺についてきてくれたら。」
「ほんとに?本当の本当の本当に!?」
「本当の本当の本当だよ~」
チェスターさんはにこにこ優しく言ってくれたけど、何だかあんまり安心できない。
最初の位置は決まってるんだと思う、他の三組とは離れた場所で立ち止まって。必死に《礼儀作法》の授業で習った基本ステップを思い返す。
《早速の修羅場となったが、これで全員揃ったね。では始めよう》
学園長先生がそう言って、曲が始まった。
他の組を見る余裕なんて無いけど、見なくたって、いっそ目を閉じてたってわかる。たぶん、絶対に、明らかに、私だけ動きがぎこちない。
いっそ、気楽に思っていいのかもしれない。
この会場にいるどんな人だって、私がシャロンとか、他のお嬢様みたいに踊れるわけないってわかってるんだから。
「力抜いていいよ、カレンちゃん。楽に、楽にね。」
「そう思う、努力はしてますけどっ……!」
「あはは、ほんと?すっごい力入ってる。」
「緊張してるんだよ!せ、せめてもうちょっと早く言ってくれたら、練習とか…」
「そしたら、『失敗しないように』って余計に緊張するんじゃない?」
そうかもしれないけど!
たとえそうでも、心の準備ってすごく必要だと思う。
「だーいじょうぶ。俺が絶対、転ばせたりしないから。」
「あの、足踏んじゃったらごめんなさい…!」
「平気、平気。俺が勝手に誘ったんだから。そうならないようにするし、踏んじゃってもいいよ。痛くも重くもないからさ。」
「そんな事ないでしょ!というか、痛くも重くもなくたって、私が気にするよ。」
踏んじゃったらものすごく申し訳ないし、それにチェスターさんの靴だけだって、私が買えるような値段じゃないはずだ。
こっちの考えなんてわかってるのか、チェスターさんはからから笑う。
「ダンスが嫌いって事はないんでしょ?曲に合わせてくるくるするの、楽しくない?」
「楽しいよ。楽しいですけど、それは大勢の人に見られてなければで。」
動きが遅れそうで慌ててなんとか間に合わせて、ちょっとバランスを崩しちゃったのをチェスターさんがサッと立て直してくれて。
チェスターさんの顔を見たら、私じゃなくてどこか違う方を見てた。私の後ろに今、誰がいるんだろう。茶色の瞳がこっちを見やる。
「完璧なダンスは他がやってるから。俺達は気楽に呑気に、くるくるって踊ってればいいんだよ。」
「チェスターさんはそれでいいの?怒られたりしない?」
「俺が?しないしない。もしここに両親や妹がいても、誰も俺を怒らないよ。サディアス君とかは、ちょっと呆れてるかもだけどね。」
「それは、目に浮かぶかも。」
「でしょ?くくく、わかりやすくていいよねぇ、彼。」
チェスターさんとサディアス様。
全然タイプが違う二人だけど、割と仲が良いみたい――なんて言ったら、サディアス様は顔をしかめそうだけど。
剣闘大会の時もそう、チェスターさんはサディアス様を気に入ってるんだろうな。こんなに楽しそうに笑って言うんだし。
「…カレンちゃん。この後君は、知らない令息からダンスに誘われるかもしれない。それはごめんね。」
「えっ……そうなんですか?貴族の人で私と踊るなんて、チェスターさんくらいじゃないかな。」
「そう、その俺に誘われたからだよ。ダンスを口実にして、『オークス様と何をお話されたので?』とか聞かれると思う。」
「何をって。」
それこそその人達は、何を想像してるんだろう?
だってチェスターさんだよ?楽しい話とか、つい笑っちゃうような話はしたとしても。
たとえばアベル様と話した内容とか、ご両親とかと決めたお家の話を私に言っちゃうとか、そういう事はないに決まってるのに。
「あはは!そう、『何を?』って思うよねぇ。でも人はさ、なーんか気になっちゃうもんなんだよ。ダンスでも話でも、よくわからないお誘いは全部断っていいよ。俺の名前出していいから。」
「名前を出すって、どんな風に?チェスターさんに止められてます…とか?」
「それじゃ弱いかなぁ。『貴族の方のルールには詳しくないため、普段お付き合いのある皆様に心配されています。どうしてもであれば、オークス様の許可を得て頂けますか?』とか。」
私がそれ言うの?
……怒られないかな。生意気とか…嘘つけー、とか。
返事を考えるうちに微妙な表情になっちゃってたのか、私を見たチェスターさんがくすりと笑った。
「今のが言いづらかったら、これ。『お誘いを受けていいかどうか、オークス様に確認します』」
「そっか、私が確認に行くなら言いやすいかも……けど、絶対に女の子に囲まれてますよね?」
「否定できないけど、困り顔で連れてきてくれたら助けるよ。もちろん、シャロンちゃんに助けを求めたっていいし。デイジーちゃんがいたら、上手い事追い払ってくれるかもだし……まあ、そんなに大勢は来ないと思う。」
もし来られても、強引に話をしましょうってされちゃったとしても。
雑談しかしてない私に、そういう人達が求めてる「何か」の話ができるわけもない。
「貴方達が知りたがるような話は何もないですよ、って言ったら、諦めないかな。」
「信じてくれると思う~?隠されたと思って、もっとしつこくなると思うよ。それか、諦めたふりしてこっそり盗み聞きしようとするとか。」
「チェスターさん、そんなに気にされる何かがあったの?」
「俺の失態が欲しい奴は結構いるんじゃないかな。引きずり下ろしたらアベル様の従者が空くし――渡す気ないけどね?」
にこっと笑うチェスターさんだけど、これが今、笑ってないなーっていうのがわかるくらいには、私もこの人と接してきたと思う。本人も、今私に隠す気がないのかもだけど。
「そんな大変な事にはならないはずだけど、ちょっとでも困った事が起きたら言ってね。その時はおにーさん、お詫びに何でも買ってあげちゃう。」
ぱちんとウインクしたチェスターさんが、私をくるっと回す。バランスを崩す前に、また支えられて。
いつの間にか、なんとなく合わせて踊れていた。
意識しちゃうとぎこちなさが戻ってきそうで、あんまり考えない事にする。流れで、感覚で、どうにか。
「前みたいに食堂でデザート奢ってもいいし、街で欲しいものがあれば休日にお付き合いしますよ?お嬢さん。」
「ふふ…お嬢さんって。」
「何なら恋愛相談にも乗っちゃう。気になる子がいれば…」
「べちゅに――別に、そんな、なにも!」
「あははは。顔赤いよー、カレンちゃん。」
「チェスターさんっ!」
なにも、本当になにも!
焦って躓きそうになる私を引っ張って、チェスターさんは楽しそうに踊る。
いつの間にかもう曲は終わりみたいで、最後の音と一緒に足が止まった。最後まで、チェスターさんが誘導してくれるままに。大きな拍手が響いて。
「付き合ってくれてありがとう。急に誘ってごめんね?」
「ううん、大丈夫…です。ありがとう、チェスターさん。」
どうにか、やり終えたんだ。
何かまだちょっと信じられないような、今ってもしかしたら夢?なんて、そんなわけもなく、頭がじんとするような、緊張がぶわっと戻ってきたような。
チェスターさんが私を戻すように差し出してくれた方へ、そのまま歩き出す。
思った通り、レベッカのよく目立つ赤い髪が見えて。ぎくしゃくそっちに歩いていって、大きく手を振るレベッカと、笑って頷くデイジーさんのところに何とか辿り着いた。
「お疲れ!やったじゃねーか、カレン!」
「頑張れたじゃない。」
「う、うん。なんかもう、ダンスの事は全然覚えてないけど……!」
二曲目からは色んな人が踊るから、ダンスホールの中心へ出て行く人も多くて、へろへろの私に注目するような人も少ない。
レベッカが二の腕を支えてくれて、それがなかったらへたりこんでたかも。
「覚えてないって何よ。公爵家の方と踊れるなんて滅多にない事なのに。」
「だってもう、いっぱいいっぱいだったよ!デイジーさんなら、落ち着いて踊れるかもしれないけど。」
「けどカレン。あたしが見た時、めっちゃ笑ってたろ?」
「い、いつだろ。でも笑ってたかも…チェスターさんが、色々話しかけてくれたから。」
「緊張をほぐそうとしてくださったのね。」
そうだったのかな…思い返してみると、そうなのかも。
もしチェスターさんがキリッと真面目な顔でダンスに集中してたら、私はもっと慌ててたと思うし。
デイジーさんが柔らかく笑う。
「貴女、途中からは多少力が抜けて、うまくやれていたようだから。」
「そうなんだ……かっこ悪い感じじゃなかったんなら、よかった。」
「言うほど何か変わってたか?全然気付かなかったな。」
「レベッカはほとんど殿下を見てたからでしょ?」
「みッ…てねーよ!」
見てたんだろうなぁ、アベル様のダンス。
それもシャロンとペアでなんて、私も見てみたかったけど――あ。シャロン、次はウィルフレッド様となんだ。
「殿下とシャロン様のペアにしっかり見とれてたじゃない、目をきらきらさせて。」
「させてねぇよ、あんた目ぇ悪いんじゃないのか!?」
「独り言まで言ってたわよ、『かっ――もがっ。」
「言って、ない!!」
「ッ――ちょっと!同性だろうと、顔を掴むのは明確なルール違反だわ!」
「はあ!?元はと言えばそっちが、」
「二人とも、静かにしないと!」
もうダンスは始まってるし、雑談を始めた人だっているけど、それでもこの騒ぎは周りからの視線が痛い!
真っ赤になるレベッカと不満そうなデイジーさんを、どうどう、と宥めてみる。
「あんまり騒いだら警備の人が来ちゃうよ?ほら、デューク君とか…」
「――私、そんなに大声出してないわ。」
「出してただろうが!急に冷静ぶってんなよ!」
喧嘩は続けてるけど、レベッカも一応小声にはなってくれた。
ほっとして、皆のダンスを見ようかと思ったら。
後ろからざわっと、どよめく声。
何だろう?「ええっ!」なんて嬉しそうな悲鳴が上がってて、デイジーさんとレベッカもそっちに気を取られたみたい。
きゃあきゃあ聞こえる女の子達の声からして、誰か来たのかな?
デイジーさんが頬に手をあてて、ちょっと首を傾げる。
「あら……いらっしゃったの。意外だわ」
「適当そうに見えるけど、ちゃんとああいうの持ってんだな。」
「なに?誰が来たの?」
私は二人より背が低いから、ちょっとつま先立ちをしながら聞いてみる。
ちょうど、人波の向こうにその人が見えて。
ちょうど、デイジーさんが教えてくれる。
「ホワイト先生よ。」
……すっごく格好良い。




