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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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539.一番良い結果




 第一王子が選んだ相手が倒れた。

 言うまでもなく、ドレーク王立学園前代未聞の大事件だ。王侯貴族の娘にそのような醜態を晒す者などいない。

 体の弱い王妃セリーナとて学生時代、ギルバート王子がどれほど眩しかろうと何とか乗り切ったのだ。


 ――さすがに予想外だ。やってくれたなぁ、ロズリーヌ殿下。本意でないのはわかるけれど。


 落ち着いた表情のまま、ウィルフレッドは立ち上がるまでの僅かな間に考える。

 ちらりと一瞬、学園長シビル・ドレークを見やって自分の口元を指差した。誰かが使っている拡声スキル《遠吠え》を自分に適用する指示だ。シビルが即座に他の者に合図する。

 ざわめきも密やかな会場は気まずい空気になりかけていた。楽隊が音を止めていない事が救いか。


 ――まぁ、切り替えよう。これはこれで「無し」じゃない。


 会場をさっと見回し、息を吸う。

 それだけで視線がウィルフレッドに集中した。


《騒がせてしまったな。殿下の体調を見抜けず失礼した》


 誰がどう見ても先程までのロズリーヌは元気だったし、彼女がちょくちょく倒れている事は多くの生徒が知っている。

 ウィルフレッドに落ち度がない事は皆わかっていたし、仮にもし本当に体調不良なら、それは倒れる前に自ら参加を辞退すべきだ。


 ゆえにこれは、言葉通りに「自分の失敗だ」と言っているわけではない。

 ロズリーヌの失態について「王女殿下に対して責を問う気はない」という意思表示だ。


《異例ではあるが、改めて相手を選ばせて頂こう》


 二番目、三番目に選ばれる可能性があると自覚している高位の貴族令嬢は、基本的に舞台のあるこちら側に来ている。

 婚約者がいて「二番目」も割と避けたい、そんな令嬢は現時点では離れた位置か、あるいは舞台側でも人々の後ろに下がっているものだ。

 ゆえに、ウィルフレッド自身が候補を探して大きく歩き回る必要はない。


 自分が「最初」に選ばれるかもと色めき立った者は――駄目だ。事態を理解していない。

 理解していても辞退の意思がある者は、目が合わないようにしたり後ろへ下がったりと、選ばれないための仕草をしている。


 留学生であるヘデラ王国第一王女の、いわば代理の立ち位置に選ばれる重さ。

 血筋も、本人の持つ品格も、それなりのものでなければならない。


 そしてロズリーヌが倒れたからこそ、次の者には()()()()()()()()()()()()()()()という重さ。

 これ以上ツイーディアの星を困らせる事も、待たせる事も、ましてや恥をかかせる事など、あってはならないのだ。


 冷静に。覚悟を持って目を合わせる者の中から選ぶ。

 ウィルフレッドは、彼の頭に浮かんでいた候補の中で最初に見つけた令嬢に微笑みかけた。当然のように、まるで初めから決まっていたかのように。


「びっ…くりしたぁ。」

 成り行きを見守っていたカレンが、ほっとした様子で小さく息を吐いた。

 声はあくまで密やかに、隣にいるデイジーとレベッカにしか聞こえない程度で。


「私もう、どうなっちゃうのかと思ったよ。」

「心配しなくてもどうもならないわよ。殿下のお相手が見つからないわけがないでしょう。」

「選ばれたの誰だ?意外と地味めな……いてっ。」

「失礼な事言わないで。プリシラ様は侯爵家よ」


 誘いを受けて足を踏み出したのはプリシラ・ミーハン、生徒会で会計を務める三年生。

 コバルトグリーンの髪は肩を越す長さだが、今日は後ろで上品にまとめ上げている。前髪は普段通りきちんと切り揃えられ、フレームレスの眼鏡の奥にある瞳は茶色。


 理知的な顔立ちは時に近寄りがたい印象も与えるものの、下々の言葉を無下にせずしっかり話を聞いてくれる、そんな彼女を慕う者は多い。

 淡い緑を基調とした露出の少ないドレスを身に纏い、浮かべた微笑みには緊張も、浮足立った様子さえもなかった。


 当然だ。

 彼女の心にあるのは「これを機に縁談になるかもしれない」という期待ではなく、「殿下から任された仕事を完遂しなくては」という使命感である。


 ――殿下は、私を信用して選んでくださった。……なら、応えないとねぇ。


 プリシラはウィルフレッドに導かれるまま歩き、既に舞台から降りて配置についていたアベルとシャロンに軽く会釈した。

 シャロンはにこりと微笑み返してくれたが、アベルは二人の方を見やっただけだ。


 王族、それもあの第二王子なのだから、反応としてはプリシラの予想通りかつ当然のものだ。

 むしろここでアベルが会釈を(丁寧に)しようものなら、まるでプリシラにロズリーヌの尻拭いをさせたとか、借りを作ったと主張する仕草に受け取られかねない。


 ――私の役目は、ウィルフレッド殿下と一曲正しく踊り終えること。この広さを四組だけで使うのだから、他のペアと接触する恐れはまずないと思っていいわね。無茶をする方々ではないし。


 次はサディアスが舞台を降り、伯爵家の令嬢をパートナーに選んだ。

 ニクソン公爵の側近、魔獣対策にかかわる法律制定に向けて尽力した政務官の娘。彼女がサディアス個人と特別親しいと聞いた事はないので、選んだのは父親の働きに対する礼儀だろう。


 ――後はチェスター様……ん?向かう先にいるのは…


「カレンちゃん。俺と一曲どう?」

「えっ……ええええ!?」


 顔を真っ赤にして焦っている白髪の女子生徒はカレン・フルード。

 シャロンや他の令嬢から聞いて、プリシラも存在を知っている平民だ。震えながらも両脇にいた友人に後押しされ、明らかに慣れない様子でチェスターの手に自分の手を重ねている。

 当然ながら、カレンが貴族令嬢なみに踊れるはずはないだろう。


 会場はざわめいて、貴族令嬢には嫉妬の目を向ける者も、安堵の表情を浮かべた者もいた。

 よほど特殊な事情でもない限り、チェスターが平民の女性と結ばれる事はない。すなわち婚約者候補として選んだわけではない、今誰かを選ぶ気はないということ。


 ――ダンスの間はあのペアだけ注意かしら……とはいえ、チェスター様なら上手いことやるでしょ。こっちに被害を及ぼすとは思えないわ。


 他の参加客から妨害でもない限り、無事に終わる。

 それがわかっているからこそ、プリシラは緊張していなかった。他の令嬢であれば、それ以外のところ――ウィルフレッドへの恋情や憧れによって、必要以上に緊張する可能性もあるけれど、プリシラにはそれがない。

 もちろん尊敬はしているが、そこまでだ。


 なぜなら、ウィルフレッドのような()()()()()()()()()()の男性は、タイプではないから。


 剣闘大会では意外な力強さを見せ、魔法発表会では美しい魔法を披露したウィルフレッド。

 プリシラは侯爵令嬢として王子殿下の晴れの舞台を見ていたし、惜しみない拍手を贈った。生まれや才能に限らず、本人の努力もあってこそだろうと感心もした。

 そこまでだ。


 プリシラは男性の身体や剣技の強さだとか、魔法の強力さに惹かれて好きになるタイプではない。

 仮に柔らかく微笑みかけてくれても、淑女として丁寧に優しく扱われても、甘い言葉を囁かれたとしても。特別な好意を持っていない男性からされたところで、ときめかないのだ。

 彼女の好みは「絵本に出てくるような優しい王子様」ではない。


《早速の修羅場となったが、これで全員揃ったね。では始めよう》


 四組が配置につき、シビルの一言で新たな曲が流れだした。

 プリシラはウィルフレッドとは入学前にも王都ロタールで幾度か顔を合わせており、踊った事もある。その頃と比べれば互いに背が伸びた。


 生徒会の一員としてこの女神祭に向けて会う回数も増えたが、こうして触れるのは数年振り――だからと言って、背が伸びた事も、身体つきや手指がしっかりした事にも、ときめいたりはしない。

 ダンスの最中、密やかな声で話しかけられても。


「今回は、貴女なら受けてくれると思って頼らせてもらった。助かったよ、プリシラ嬢。」

「お礼を言って頂く程では。殿下に選んで頂けたこと、大変嬉しく思っております。」

「ふふ。その落ち着きぶりが本当に頼もしい」


 ウィルフレッドのリードに身を任せ、プリシラは()()()()()殿()()の言葉に微笑みを返した。

 第一王子は聡明で穏やかな人柄だ。


 やらかした者にはきちんと厳しい一面も見せたらしい、そんな話を聞いた事もある。

 会議などでの様子を見ていても、プリシラは「この方は良き王になるだろう」とは思っている。

 何なら、良き夫にもなるのだろうな、とすら思っている。


 ただ、自分が恋するかどうかはまったく別の話だ。

 今も周囲から嫉妬の視線がちくちく刺さっているけれど、彼女達は名誉か家のためか己の恋情のために、ウィルフレッドを狙っているのだろうけれど。

 心の中で片頬に手をあて、ふうと一息つきたいところだ。


 ――ウィルフレッド殿下はとても素敵な方だけど、まだまだ()()()()()のよねぇ。


「殿下こそ突然の事態でも動揺を見せず、冷静な対応をされていて。お見事でした」

「ありがとう。…恐らく怪我のないよう対処できたとは思う。完璧ではなかったけれど」

「傍目からは充分過ぎるほどでした。完璧を目指せば邪推が出ましょう」

「ああまったく、それなんだよな。」


 プリシラは自分の好みを、人生で一度たりとも口にした事がない。姉には察されたが。

 聞かれたら「尊敬できる方」と言っている。嘘ではない。自分と同等以上に優秀で尊敬できる相手である事は、好みどころか前提条件だ。

 貴族の結婚に恋愛など必須項目ではないのだから、その前提さえ問題なければよい。プリシラはそれを選ぶくらいは許される家に生まれた。


 ――好みとしてはもう少し、冷徹さもあって。その笑顔の裏で策略を巡らせるようなあざとさがあったら。もし悪い笑顔とか、犯罪者や政敵に対して冷たい笑顔を浮かべる瞬間なんてあったら、もっといいわ。


 生憎と、ウィルフレッドがそんな言動をするところなど見た事がない。

 かつプリシラの好みで言えば、アベルの笑顔は行き過ぎである。見た時には恐怖と畏敬が脳内を占め、ときめく余裕などなかった。

 あれはよくない。彼に狂う信者を作ってしまうタイプの笑顔だ。あれでは反対に穏やかさが足りなさすぎる。


「邪推を防ぐためにも、すぐ見つけられて良かったよ。」

「長引けば、迷い躊躇いと思われる可能性がありますものね。」

「それもあるし、あの状況の理想こそは貴女だった。」


 …と言われても、心拍に変化がないのがプリシラだ。

 なぜなら、ウィルフレッドが言ったのはただのわかりきった事実である。

 彼は女性に好かれている自分をひけらかすような性格ではないから、あの状況では絶対に「自分に恋をしている女性」は選ばない。身分の合わない相手や、選ばれて前に出る勇気がない者も選ばない。


 自分が候補にいたのは当然の事だと、プリシラは思っている。

 だからこそ見つけやすい位置で、見つけやすいよう彼に視線を送っていたのだ。王族のために動くのは当然の義務。


「もちろん他にも候補は考えていたけど、最初に貴女と目が合う事こそ一番良い結果で、俺はそれを実現できた。貴女の協力のお陰だな」

「勿体ないお言葉です。私の些細な行動より、災難と見た天が味方をしたのでしょう。」


 ――普段は落ち着いていて、でも時折どきりとするような、策士的な面を見せて頂ける殿方だったら最高だわ。我ながら無茶を言っているけれど、私はそういうお方のために働き、役に立てる人生をもっとも望んでいる。


 男性に「僕が守る」とか何とか言われ、甲斐甲斐しく全ての世話を焼かれるのは御免だ。何かしら仕事がないと人生に張り合いがない。

 次期侯爵である姉には「万一悪い男に出会ったら騙されそう」とか、「貴女は相手によっては喜んで貢いでしまう気がする」などと事実――否、失礼な事を言われていた。


 ――私がもし誰かに恋して「結婚したい」と思っても、お姉様が認める相手でなければ絶対に不可能なのよね。理想的な殿方なんて中々いないし、「恋して愛して結婚」は無理だと割り切っているけど。


「災難か。ロズリーヌ殿下にはそうでも、俺はこの機を丁度良く使わせてもらったからなぁ」

「使う、と申しますと?」


 ウィルフレッドが穏やかで軽い口調だったので、プリシラはつい聞き返してしまった。

 青い瞳と目が合う。

 ダンスに誘われた時の紳士的な微笑みとは明確に違う、目を細めて少し口角を上げた笑い方。ほんの一瞬だった。


「公の場で注目を集めた状況だ。()()()するにはそれなりの覚悟も度胸も必要だろう?」


 試されていた。

 場の流れではなく、ウィルフレッド自身の意図をもって。「自分ならできる」という意思表示をする令嬢はいるのか、誰なのかを見られていた。(はか)られていた。

 突然の事態を利用して。


「貴女は流石だった。プリシラ嬢」


 そんな人に期待されていた、応えられた。認められて、役に立っている。

 耳の奥から脈動が聞こえそうな程の何かが、体がじわりと熱を持つような何かが湧き上がる――歓喜と興奮。


 立ち止まりそうな思考を脳内で叩いてでも前へ進め、プリシラは体運び足運びを失敗しないよう全力で集中する。

 自分らしく、あくまで落ち着いた微笑みを返して。


「――光栄です。殿下」


 このダンスだけは絶対に、間違えない。




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