538.取り残された王子様
私、場違いじゃないかな。変じゃないかな。
そんな言葉が頭の中で回ってる。
ダンスホールは広くてきらびやかで、天井についたシャンデリアはすごい大きさ。あちこちがキラッキラだし、ほとんどの人は制服じゃなくてドレスとか燕尾服?っていうやつで、貴族は特に宝石飾りとかつけてるし。
まるで全然違う世界に来ちゃったみたい。
「ちゃんと背筋を伸ばしなさい、カレン。」
「はいっ!」
デイジーさんに声をかけられて、反射的に姿勢を正した。
学園にはこれまで居た生徒が寄贈したり置いていったドレスとかがあって、《礼儀作法》《服飾》担当のソディー先生が管理してくれてるみたい。
今日は、私やレベッカみたいな平民でもそれを借りられる。
私のは長袖のワンピースみたいな感じだけど、首まで高さのあるくしゅっとした襟をリボンで絞って、
スカートは白から緑のグラデーション、裾にぐるっと黄色の糸で刺繍が入ってる。
見る人が見たら、デザインが古いとかそういうのがあるのかな。それとも案外、去年作ったばっかりの高いドレスだったりして?……ちょっと怖い。
本当に借りていいのかなって何回も確認しながら、靴も一緒に借りて。
あとは前に買った花のヘアピンをつけてみたりして、髪はデイジーさんが編み込んでハーフアップにしてくれた。
自分の準備もあったはずなのに……デイジーさんってちょっぴり厳しめだけど、でもすごく面倒見が良い。私、お世話になってばっかりだな。
そんな事を考えてたら、横から呻き声が聞こえてきた。
「ぐっ……うう、落ち着かねー…」
「うん。なんか肌触りがもう、着慣れないよね。わかるよ」
最後の方まで抵抗してたレベッカも、私とデイジーさんに押し負けてドレスを着てる。
ちょっと襟が広めで鎖骨まで出てるからか恥ずかしそうだけど、いつもつけてる黒いチョーカーがよく見えていいと思う。…なんて言ったら、もっと恥ずかしがっちゃうかな?
朱色がメインのドレスで、袖口が広いタイプ。
お腹の辺りで布をきゅっと絞って、デイジーさんがマーメイドタイプって言い方をしてたスカートは黒いけど、ひざ下くらいまでを透け気味の朱色の布でさらに覆ってるせいか、そこまで黒が目立つ感じじゃない。
左の胸元には、デイジーさんが「これもつけときなさい」って取り付けた黒い花のコサージュ。
「…なぁ、カレン……これ、あたし大丈夫だよな?」
「何が?大丈夫だと思うよ。」
「だからほら、あの……くっ、黒をさ?使いすぎとかさ?へ、ヘアピン外そっかな…」
声が裏返ってるし顔はちょっと赤くて、灰色の目がきょろきょろしてる。
思わずフフッて笑っちゃって、レベッカがもっと赤くなった。
「何だよッ!!」
「ううん、可愛いなぁと思って。」
「はあ!?」
「そのままでいいと思う。とっても素敵だよ、レベッカ。」
アベル様、憧れだもんね。
でも本人にそれを見せつけたいわけじゃないみたいで、単にその色になっただけに見えるか、アベル様を意識してるように見えるか、どう思う?って話なんだろうけど。
「何言ってんだ、ぶん殴るぞ!」
「冗談でもやめなさい。野蛮よ」
「ぐぐぐ……デイジー!あんたはその黄色、何か言われたりしねーのかよ。」
「ジャスミンイエローっていうのよ、これ。第一王子殿下の御髪の金とは全然違うでしょう。」
デイジーさんは髪をいつも編み込んで一つ縛りにしてるけど、今日は低い位置でお団子……って言っていいのかな?編んだり飾りをつけたり、工夫されてる。
肩を出すデザインのドレスだけど、首から鎖骨の下くらいまでレースで覆われてるから、露出が多いって印象はなかった。
すとんと真っすぐなスカートで、左の腰から右の裾にかけて花柄が刺繍されてる。刺繍の外側は布が薄い色で、二の腕から手首までを薄い布で覆っていた。
デイジーさん自身の雰囲気も相まって、可愛いっていうよりは、かっこよくて綺麗って感じ!
「カレン、踊る時はできる限り落ち着くのよ。難しいだろうけど」
「うん。でも誘われないだろうし、大丈夫だよ。」
「何言ってるの?貴女、殿下達から最初に誘われる可能性があるでしょう。」
「へっ?」
今度は私の声が裏返っちゃった。
デイジーさんが言うには、「今は結婚相手を選ぶ気がありません」って意味で、あえて、結婚できない平民を誘う事もあるみたい。
どうして……そんなの誘われた側は目立って困るに決まってるでしょ!
「もちろん適当な相手では務まらないから、その時に選ばれるのはとても名誉な事なのよ?」
「ででででもさ?恨まれたりしないかな。殿下達ってすごく女の子に人気だし…」
「まぁ一部、そういう人もいるでしょうけど。」
「気にしなくていいだろ、そんな奴ら。ほっとけ」
「簡単に言うなぁ……」
二人とも、そういうところ強いよね。
思い出したくなかったけど、クッキーを踏みつぶされた時の事が頭に浮かんできた。
「とにかく、覚悟はしておいた方がいいわよ。」
「はは、頑張れカレン。」
「他人事だと思って……二人だって、殿下達に誘われるかもしれないでしょ?」
「ないわね」
「ねーよ!」
何で!
むっと唇を尖らせて、でも本当にそうなったらすっごく緊張しそうだと、私の顔は勝手にへにゃりと弱気になる。
殿下達に誘われるかもって、そんなの。
【 私に声をかけるのは、もしかして… 】
チェスターさんなら、大丈夫かな?
いつも色んな女の子と話してるし、万が一にも本気だと思われなさそうって意味では、あの中ではチェスターさんが一番いいっていうか、誤解がなさそう!
どうか、チェスターさんでありますように。
…ううん。誰も私のところに来ないのが、一番いいんだけど。
ちらっと、ダンスホールを見回してみる。
ただでさえ広いし、集まった人はなんとなく中心を空けて散らばってるから、その奥とかは全然見えない。壁際に点々と並んでる警備担当の生徒って、同じ服を着てるし……レオ、どこにいるんだろ。
「なんか、人増えてきたな。後ろから押されてね?」
「それはそうよ。殿下達が入場したら、一度すぐそこの舞台に並ばれるんだもの。」
「えっ!」
私、選ばれないためには遠くに居たらよかったんじゃ!?デイジーさん!!
道理でこのあたり、女の子ばっかりなわけだ!――と思ったら、貴族っぽい男の子もちらほら。シャロンと踊りたいのかな……腕がぶつかったとか何とかで言い合いしてる人達を見て、デイジーさんが「プラウズ様は相変わらずね」と呟いた。
音楽が鳴り出す。
ざわついていた会場が一気に静かになって、中心にぽっかり空いたスペースの真ん中を学園長先生が歩いてくる。
イベントの時はいつもだけど、叫んでるわけじゃないのに、その声はよく響いて。
《女神祭も三日目、この夜をもって終わりとなる。笑えたか、楽しんだか、不満があったか、悲しみを覚えた者もいるかもしれない。全部ひっくるめてこそ青春という名の修羅場だ。各々、この三日間であった事を糧として、これからも励んでくれると信じているよ。》
壇上で足を止めた学園長先生が手で合図すると、一つの扉が光の魔法で照らされる。
何が起きるかは私にだってわかった。今から殿下達が入ってくるんだ。
《それでは舞踏会を始めよう。まずは、最初にダンスを披露する面々の登場だ》
楽器の音が大きくなって扉が開く。
途端にホール全体から響いた拍手の音に、私も慌てて手を叩いた。
壇上に向かう、見慣れた制服とは違う皆の姿。
ウィルフレッド様は白、アベル様は黒の燕尾服で、それぞれ金色の刺繍と、小さい宝石がついてるのかな?光が反射してきらきらしてる。
上着の裏側は淡い青色で揃ってて、あれはきっとツイーディアの花の色。
ウィルフレッド様は髪を結ぶ位置を低くして体の前側に垂らして、いつも以上に落ち着いてるっていうか、風格があるっていうか。
アベル様は常日頃から怖…ううん、あの、風格があるけど。二人とも右の前髪を後ろに流してるから、なんだか印象が違って見えた。
「そっか…パーティーだから、剣は持たねーんだな…」
「…当たり前でしょう。」
レベッカのどこか残念そうな声に、デイジーさんが呆れ気味の声で返してる。
拍手の音で周りには届いてないと思う。他の人は殿下達に対して思い思いに何か呟いてるし。
次に入ってきたロズリーヌ殿下は薄いピンクのスカーフを首に巻いてて、クリーム色のドレスは腰から下がたっぷりした作りになってる。
スカーフと同じピンクのドレープ?があって、ゆったりした長い袖が歩く度にひらっとしていた。緊張してるのか、ニコッとした笑顔がいつもに比べると固いかも。
シャロンは薄い水色のドレスだった。
肩を出してるところなんて初めて見る。胸の両端から伸びた布を首の後ろで結んでるみたいで、胸元には金色に光るネックレス。
スカート部分は下にいくにつれて深い青色になるグラデーションで、宝石がちりばめられている。まるで星空みたい。裾のフリルは黒くて、スカートの腰回りを薄い水色の、細かな銀色の刺繍が入った布が覆ってる。
薄紫の髪はハーフアップのように見えて、上側は三つ編みにまとめてるのがちらっとだけ見えた。頭の後ろにつけた大きめの髪飾りが、シャロンが少し横を向いたりすると顔を覗かせる。
「美しい…」
誰かが呟いた。
誰か一人にというより、全員に向けた感想かもしれない。
サディアス様は金の刺繍が入った濃紺の、チェスターさんは襟が黒い深紅のタキシード。
チェスターさんの赤茶色の髪は編み込みを幾つか作って、きらっと光るのは髪留めかな?この二人は左の前髪を後ろに流してる。場慣れしてるっていうか、なんにも緊張した様子がなかった。
私とも話してくれる皆が、本当はすごく遠い人だってことを改めて思い知る。
調子に乗って距離感を間違えるような事があっちゃいけない、本当に「生まれ」が違う人達。
全員が間隔を空けて壇上に並ぶとようやく、拍手が止んでいく。
学園長先生が口を開いた。
《お前さん達には慣わし通り、それぞれ今ここで相手を選んでもらう。順に頼むよ》
ウィルフレッド様が頷く。
彼が最初なのは決まってるみたいで、アベル様は当然のように動かない。ウィルフレッド様はアベル様の前を通って――ロズリーヌ殿下の横で立ち止まった。
「王女殿下。俺と踊ってくださいますか」
アベル様がちょっと目を見開いたの、他に見てた人いるかな?
大体の人はウィルフレッド様の方を見てたと思うけど……アベル様、もしかして予想外だったのかも。それにしても声が聞こえるなんて、ここはやっぱり特等席みたい。
「まぁ!まぁまぁまぁ、わわ、わたくしでいいんですのっ?」
「ふふ、勿論です。よろしいですか?」
「ダンスにあまり自信はないのですが、ええ、よろしくお願いしますわ……!」
ウィルフレッド様が差し出した手にロズリーヌ殿下が手を添えて、二人が壇上から降りる。
すぐアベル様の番かと思ったけど、驚いてたせいかな?数秒動かなくて、少し離れた位置で立ち止まったウィルフレッド様達が振り返った。
アベル様の靴がこつりと鳴る。
きっと皆が予想した事だと思う、彼は迷わずシャロンの隣に立って、手を差し出した。
「…アーチャー公爵令嬢。僕と踊って頂けますか」
何でちょっとしかめっ面なの!
なんて思ったけど、いつものアベル様ならもっと余裕たっぷりに誘いそうだし、さっき驚いたのを引きずってるのかな……それとも、意外に緊張してたりして。
シャロンは目を細めて笑う――なんて可愛いんだろう。
「もちろんです、アベル殿下。ぜひ」
手を重ねたシャロンの微笑みは、まるで花束みたいに綺麗で、なのにあったかくて。
心がぎゅっとするようで、小さなざわめきが広まったのはきっと、皆がそう思ったからだ。
アベル様も少し表情が和らいだような。その手がシャロンの手を優しく握って、皆が息を呑む。二人が歩き出す。
「ア゜ッ」
何かの鳴き声と思うくらい、甲高い声がした。
つい見回すと、倒れかけたロズリーヌ殿下をウィルフレッド様が支えるところ!どうして急に!?
「ロズリーヌ殿下?大丈夫ですか?」
殿下が立っていられないと察してか、ウィルフレッド様は支えながらも膝をついて。
どよめきが広がって、飛び出した誰かが駆けて行く。殿下の従者の人…デカルトさんだ。
ぐったりした殿下は目を閉じてる。もしかして失神しちゃったんだろうか。
具合を確認したらしいデカルトさんが、ウィルフレッド様に何か伝えて頭を下げる。ウィルフレッド様が頷くと、殿下はそのまま従者に抱えられて退場していった。
後に取り残された、パートナーがいなくなったウィルフレッド様が立ち上がる。
こ……これって、どうするんだろう?




