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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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532.奇跡のような危険な力



 北東校舎三階――ホワイトの研究室。


 マグカップから立ち昇る湯気が薄まっている。

 いつも通りホワイトは自分の大きな椅子に、シャロンは隣の椅子に腰かけて、二人はしばらく話をしていた。後方の壁際ではダンとメリルがソファに並んでいるが、防音の魔法により互いの会話は聞き取れない。


 噴水広場で発生したネム草の一件は昨夜にも軽く報告を入れていたが、改めて詳細を伝えたところだ。テーブルに置かれたニワトリのストラップには恐らくもう、覚醒の効果が残っていないだろう事も含めて。


「おまえが付与した《覚醒》は睡眠薬の効果さえ打ち消す、それが証明されたわけだ。」

「……自分で使っていないせいか、いまいち実感はありませんが。」

 深刻そうに眉を顰め、シャロンは小さく頷いた。

 彼女は半ば強引にアベルに触れさせて自身はそのまま眠ってしまったために、彼が覚醒を使った瞬間も見ていない。

 《覚醒》のニワトリは元々、シャロンの身に起きた原因不明の強制睡眠への対策だった。

 だからこそ、付与した効果が発動する条件も疲労や体質的な眠気に限らず、適用範囲が広かったのかもしれない。


「ネム草の煙によって睡魔に襲われた人を、何も摂取させず触れただけで治す。……本当に、スキルでしかありえない事象ですね。」

 シャロンにとってこのニワトリのストラップは、自分のために用意した物ではあった。効果付与は成功していると聞いて、それを信じてもいた。

 毎日きちんと持ち歩いていた、しかし。


 ――いざこうして結果を示されてみると。頼もしいけれど、でも、その()()が恐ろしい。


「もっと想像しやすく水を媒介にすれば、様々な事ができてしまいそうです。」

「そうだな。おまえのスキルを使えば、いずれ回復や強化だけでなく()()もできるだろう」

 ホワイトが淡々と言う。

 今回少なくとも《覚醒》において、眠気をもたらした原因に効果は左右されないだろう事がわかった。

 仮に同じように解毒の効果を付与できた場合、たとえ何による毒であろうと治せるかもしれない。


 神業と言ってもいい奇跡のようなスキルで、悪魔の所業すら行えるだろう危険なスキルだ。


 どくりと心臓が鳴って、シャロンは胸元で手を握る。

 万能解毒薬が作れるようになる頃にはきっと、望めば毒薬を作れるだろう。それは予想ではなく、確信だった。

 そうなりたいという願望ではなく、彼女自身の知識と経験から導かれる、当然の結果。


 ――ゲームの世界で【秘薬】を作っただろう私はきっと、無味無臭の毒を作れるようにすら()()()()()()


 シャロンにとって、それは恐ろしい事だった。

 きちんと使いこなせるようにならなければ、傷薬やクッキーの時のように、無自覚にスキルを発動させる可能性がある。

 苛立った時、悔しい時、辛い時、苦しい時。ただの水のつもりで出した魔法が、本当にただの水であるとは限らないかもしれない。


「…先生……」


 助けを求めるように呼び掛けたのは、ほとんど無意識だった。

 強力なスキルの持ち主であるプレッシャーも重く感じたが、問題はそれだけではない。

 国王ギルバートが極秘扱いとしたこのスキルを、人に知られてしまった時の危険性。


 ――どのルートでも私が殺されたのは、もしかして、スキルがかかわっている?


 狙われた結果だったのか、あるいは、カレンを応援するその裏で、自分は何か毒にまつわる()()をしていたのだろうか。

 その被害を受けた誰かの復讐だったのではないか。


 考えたところで正解を知る術もない憶測で、そうなったとは思いたくないただの想像だが、シャロンは血の気が引く思いだった。

 どうしようもない息苦しさを感じながら、ホワイトの赤い瞳を見上げる。


「シャロン。おれは今、薬の話をしている。」


 その声と眼差しは、普段となんら変わりなかった。

 ほんの一秒彼を見つめ、シャロンはふと、息を吐いた。肩に入っていた力が抜け、固く握られていた拳が緩く解ける。


 彼女が何を恐れたかを察して端的に示された事実。

 今は薬の話であって毒の話は考える必要すらないと、そう切り捨てた。

 希少スキルの持ち主を前にして何の欲も恐怖もない、落ち着いた、いつも通りの声色で。焦る必要も恐れる必要もないという事を。

 意識して深呼吸し、落ち着きを取り戻したシャロンはしっかりと頷いた。


「…はい。取り乱してすみませんでした。」

「解毒という点において、おまえはもっと喜ぶかと思っていた。望むものが作れるようになる。」

「望むもの……?」

 シャロンは以前、ゲームに出てくる【秘薬】についてホワイトに尋ねた事があった。

 どんな傷も癒し魔力すら回復する、奇跡のような薬。今も望んでいるかと言われれば、恐らく自分のスキルだろうとわかった段階で解決はしている。シャロンが求めたのは入手方法だったからだ。


 ――いえ、「解毒という点において」?もしかして…


「《ジョーカー》という毒による魔力暴走を解除する。それはおまえが望むものではないのか。」

「っ……!」

 思わず目を見開き、シャロンはホワイトを凝視した。

 そんな事ができるのかと頭の中で考える。吸入した成分による体の変化を消せたのなら、飲み下した成分による変化も消せるのではないか。


「…それが、できるのなら。来年の二月を迎えるより早く、私はそれを作れるようになりたいです。」

「ならそれを目指せばいい。暴走した相手にどう摂取させるかという問題はあるが。」

「はい、先生。」

 高揚する気分を落ち着かせようと心掛けながら、シャロンは丁寧に頭を下げた。

 まだ作ってもいない毒に、現れてもいない敵に怯えるよりも。スキルの有用性を、自分にとって使()()()《効果》とは何かを考えるべきだ。それを使いこなせるように努力すべきだ。


 ――ホワイト先生は私に気付きをくれる。見逃していたものを指し示して、ここにも道はあると導いてくださる。


 この方以上の適任はいなかったと、シャロンは改めて心の中で噛み締めた。

 薬師としての知識と実績、感情や欲につられない冷静な視点、緊急時に対応できる戦力もある。

 姿勢を戻した時、顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「ありがとうございます。先生が私の師となってくださって、本当に良かった。」

「…そうか。」

 なぜそんな事を言われるのかわからない。

 感動も驚きもなくそういう顔をしているホワイトは、何も特別な事をしてきた自覚はないのだろう。そこがまた「先生らしい」と感じながら、シャロンは妙な引っ掛かりを覚えた。

 顔には出さないように気を付けて原因を考え――内心はっとする。


 前世の彼女がゲームで見たイベントだった。

 女神祭の二日目、すなわち昨日カレンの選択によっては起こる可能性があったもの。中庭で会ったホワイトと共に、彼の研究室へ移動して昼食をとるイベントだ。


 職業ごとの特別授業を積極的に受ける同級生を見て、自信のないカレンは「自分が受けたところで」と弱気になっていた。

 ホワイトは相談を聞く気もなさそうなほど淡々としていたが、それでもカレンが「どうしたいのか」を引き出したのだ。

 選択肢は「お礼を言う」か、「それでも自信がない」か。


『ありがとうございます。ホワイト先生が私の先生で、本当に良かった。』

『…そうか。』


 ――言葉をなぞったつもりは全くないけれど、ほとんど同じ事を言っていたなんて……いえ、これも先生のお人柄というか。相手が誰でも、同じように導いてくださったということね。


「今回は第二王子が相手だからよかったが、引き続き他人への安易な使用は避けろ。」

「もちろんです。…そろそろ、お昼を食べましょうか。」

 時計をちらと見たシャロンが促すと、ホワイトも鷹揚に頷いた。

 それぞれ既に昼食は買ってきてあったが、報告が先と考えるのは師弟ともに同じだったのだ。がさがさとパンの包みを取り出し、食べ始めたホワイトは露骨に眉根を寄せた。シャロンがぱちりと瞬く。


「先生?……もしかして、(から)いのですか。」

「…普通のものを……買ったはずだった。…思い返せば、横には激辛が置いてあったが。」

「『これ』ではなく、品名を伝えるようにしましょうと言ったではありませんか。」

「忘れていた。」

「いつもの、出しますね。」

 しょうがない師匠である。

 立ち上がったシャロンは、部屋の奥にある小型の保冷庫を開けた。

 常に冷気が溜まったままでいる不思議な箱で、氷による冷蔵庫を主流とするツイーディアではかなり珍しい品だ。

 ヨーグルトを常備しませんかと提案したシャロンも、まさかホワイトがこんな物をあっさり用意してくるとは思いもしなかった。


 ――ノーラにでも話したら、商機に目を輝かせるかも。…言わないけれど。


 恐らくこれは、誰かのスキルがかかわる魔法なのだ。

 量産できるものでも、場合によってはその人がいなくなれば再現性もない品かもしれない。

 そんな事を考えながらヨーグルトの瓶を取り出して中身を深皿へ移し、砂糖を振りかけて混ぜたものをホワイトに渡す。

 ソファでは「シャロン様を小間使いのように…」と青筋を立てるメリルをダンが適当に宥めているが、二人は気付かなかった。


「どうぞ。」

「ありがとう。…おまえの提案は中々、役に立っている。」

「何よりです。」

 役立つと思えるほど、つまりはシャロンが知らない間にも買い間違いが発生しているらしい。

 とても頼りになるのに、どうも変なところで抜けている。それがルーク・マリガンという男だった。

 自分の席に戻り、シャロンはカーテンが閉められた窓を見やる。その向こうには青空が広がっている事だろう。


 ――ジークハルト殿下は、もう戻られたのかしら。それともまだ学園(ここ)に?


 昨夜の言い方からして、別れの挨拶なしにいつの間にか帰る可能性が高い。

 しかし護衛という名目の監視はついているし、学園の教師陣も注意している相手なので、後からであればいつ帰ったか知る事ができるだろう。


 自分の昼食に手をつけながら、シャロンはホワイトに視線を移した。ヨーグルトを合間に挟みつつ、パンを食べ進めている。

 アベルとシャロンが昨夜ジークハルトと会食した事を知っていて、その内容を聞いてこない。


「…先生は、ジークハルト殿下に会ってどう思われましたか?」

「何も。質問の意図は明確にしろ」

「では……性格や人柄はどんなものだと感じましたか。」

「至って冷静だ。好戦的で気分屋と聞いていたが、言動による印象操作が上手い分、そこは鵜呑みにすべきではない。しかし……人間の、特に内面的な部分はおれが苦手とする分野だ。」

 パンの包みを置いてマグカップを手に取り、ホワイトはそれを一口飲み下した。

 薄紫色の瞳を見やる。


「本題ではないだろう。何が聞きたい。」

「……私は殿下をツイーディアの敵とする気はないので、これはふと浮かんでしまった、ただの疑問なのですが。……仮に殿下と戦った場合、勝てると思われますか?」

「勝てない。」

 即答だった。

 つい目を見開くシャロンに、ホワイトは「おれ一人の場合はな」と付け加えた。


「一対一の勝負なら、途中までは五分か…なんなら、状況によってはおれの方に少し分があるくらいだろう。だが決定的と言えるほどではなく、ゆえに長期化し最後は負ける。」

「…どうしてですか?」

「意志の違いだ。最後の最後という局面で粘り勝てるほど、おれは()()()()に執着がない。」





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