第一章 第五話 壊れた日常
違和感は、音よりも先に来た。
空気が、わずかに歪んだ。
それは訓練で何度も感じてきた感覚だった。魔力の収束。高出力の攻撃が放たれる直前にだけ生まれる、空間の“歪み”。
「――っ」
神一郎の思考が一瞬で戦闘モードに切り替わる。
次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。
「二人とも――危ないっ!!」
叫びながら、床を蹴る。
奈々と優子の距離まで、一瞬。
そのまま二人の身体を引き寄せ、強引に抱え込む。
同時に、跳んだ。
――直後。
轟音。
遅れて、光。
さっきまで二人が立っていた場所に、白い閃光が突き刺さる。
床が、消えた。
“砕けた”じゃない。“吹き飛んだ”でもない。
そこだけ、存在が抉り取られたみたいに、空間ごと削り落とされていた。
そして。
そこにいた人間も、まとめて消えていた。
「……え……?」
奈々の声が震える。
視界の中で、人がいなくなる。
悲鳴すら上がらない。ただ、消える。
現実が、理解を拒否する。
「な、何よ……今の……」
腕の中で、奈々がしがみついてくる。
震えている。
「今はいい、あとで説明する!」
神一郎は叫ぶように言った。
「今は信じてくれ!」
奈々は言葉を返せなかった。
ただ、必死に頷く。
その間にも。
第二撃が来る。
空間が再び歪む。
――速い。
さっきの一撃で位置は割れてしまったはず、しかし反撃を恐れていないのか間髪入れずに次を撃ってくる。
しかも、正確すぎる。
狙いは明確に――奈々。
「神一郎っ!!」
横から声。
すでに椎菜はリンクしていた。
簪が光り、二丁の銃へと変形する。
「考えるな、動けっ!!」
言葉と同時に、射撃。
乾いた音が連続する。
次の瞬間、上空から降り注いできた収束砲が、空中で撃ち抜かれ、弾ける。
衝撃波が、遅れて空間を震わせた。
――速い。
神一郎は歯を食いしばる。
敵も、椎菜も、次元が違う。
「ちっ……数が多い……!」
椎菜の声が低くなる。
視線はすでに上空を捉えている。
だが、敵の姿は見えない。
それでも撃ち落としている。
――予測射撃。
しかもほぼ誤差なし。
だが、それでも。
撃ち落としても撃ち落としても、次が来る。
「神一郎っ、このままじゃ持たない!」
椎菜が叫ぶ。
その声に、神一郎は一瞬だけ迷う。
――戦うか。
――逃がすか。
答えは、一つしかない。
だが。
「……っ」
優子が前に出た。
「リンク!」
指輪が光る。
風の魔力が渦を巻き、半透明の障壁が展開される。
次の瞬間、収束砲が直撃。
轟音。
だが、シールドは割れない。
「神一郎君は奈々を連れて逃げて!!」
振り返らずに、優子は叫んだ。
「ここは私たちが抑えるから!!」
「優子……!」
奈々が声を上げる。
だが優子は振り返らない。
ただ前を見ている。
その背中は、もう“ただのクラスメイト”じゃなかった。
「行けっ、神一郎!!」
椎菜の声が重なる。
その瞬間。
神一郎の中で、何かが切り替わる。
――判断。
「……了解!!」
決断した。
奈々を抱えたまま、魔力を集中させる。
「リンク……魔法陣展開――!」
床に、光の円が広がる。
複雑な術式が重なり、回転する。
その間にも、砲撃は止まらない。
シールドが軋む音が聞こえる。
優子の呼吸が荒くなる。
椎菜の射撃も、少しずつ間隔が開き始めている。
――時間がない。
「転移っ!!」
視界が白に染まる。
音が途切れる。
空間が、切り替わる。
⸻
残されたのは、二人。
椎菜と、優子。
そして、上空からの見えない狙撃。
「……何なのよ、あの威力……!」
優子が歯を食いしばる。
シールド越しでも、衝撃が伝わってくる。
普通じゃない。
リミッターを外している。
それも、かなり上位の騎士。
「……いい腕だ」
椎菜は、冷静だった。
だがその瞳は鋭い。
「だが、甘いな」
そう呟くと、銃の形状が変わる。
長く、細く。
対人ライフル形態。
「優子くん、転移の準備をしろ」
「で、でも――」
「いいからやれ」
低い声だった。
迷いを許さない声音。
「……わかった!」
優子が魔法陣を展開する。
その間も、砲撃は続く。
椎菜は一発も外さず、撃ち落とし続ける。
そして。
「――見つけた」
ぽつりと呟いた。
視線は、遥か上空。
肉眼では何も見えない位置。
だが、確かに“そこ”にいる。
「標的位置――確定」
呼吸を止める。
引き金に指をかける。
「撃ち抜く」
発射。
音が消えるほどの一撃。
光が一直線に空を裂く。
雲を貫き、その先へ。
「……当たれ」
次の瞬間。
遠くで、わずかに“何か”が揺れた。
「今だっ!!」
「転移っ!!」
光が弾ける。
二人の姿が消える。
⸻
静寂。
破壊されたロビー。
抉り取られた床。
消えた人々。
そして、誰もいない空間だけが残った。
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