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Reverse World   作者: 陽乃鳥 蒼
第一章 副隊長、学園へ
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第二話 世界の裏側と、少し面倒な話

ここは普段、人間が暮らしている世界とは別の世界。


 Reverse World。


 国や世界地図はほとんど同じだが、一つだけ大きく違うところがある。


 本来日本があるはずの位置に、伝説の島――アトランティス帝国があるのだ。


 そのアトランティス帝国首都特別区アルカディア、通称王都アルカディアの、とある施設。


 広い平地を結界で覆い、仮想都市を作り出した訓練場では叫び声が響いていた。


「副隊長、もうここは抑えられません、後退しましょう!」


 二十歳前後の男が、慌てたように声をかける。


 だが、その相手は彼よりも若く見えた。十五、六歳。少年と呼んでもおかしくない年齢。


 それでも、ここではその少年が副隊長だった。


「そうですね……ならこうしましょう」


 副隊長こと神一郎は落ち着いた声で言った。


「部隊を二つに分け、俺を含むここにいる五人であの犯人の拠点を攻め、主犯を逮捕、拘束します。その他の者は出来るだけ速やかに応援を呼んできてください。いいですか?」


 残っていた隊員たちが顔を見合わせる。


 きつい作戦だ。神一郎自身も、それはわかっていた。


 だが、それでも動かなければ前には進めない。


「では、いきますっ」


 神一郎の指示で皆が一斉に動き出した。


 障害物を巧みに避けながら、神一郎は前へ出る。


「しっかりついて来てくださいねっ!」


 後ろを振り返りはしない。


 振り返らなくてもわかる。ついて来るだけで精一杯だ。


 神一郎の後ろに四人。皆、必死に食らいついている。だが目指すビルはまだ遠い。


 バシュッ。


「くっ……」


 一発の銃弾で、一番後ろの男が倒れた。


 続いて前方からまた銃弾が飛ぶ。神一郎は剣で何発か弾き、そのまま高く飛翔した。残りの三人も続こうとするが、次々に撃ち落とされていく。


 神一郎は空中で動きを止めた。


「残りは俺だけか……しょうがないかな……」


 やっぱりダメか。


 そう思いながら、地面に降りる。


「リンク解除。対テロリストトレーニングを終了」


 神一郎がそう言うと、手にしていた剣がボールペンに戻り、周囲のビル群が一気に消えた。


 荒れ果てた市街地は、綺麗に整備された平地へと変わる。


 倒れていた隊員たちも、ようやく訓練終了だと理解したらしい。呻きながら起き上がってきた。


「各員、回復後、俺までレポートを提出してください」


 神一郎が声をかけると、皆、辛そうにしながらも返事をした。


 そのとき、携帯端末が鳴った。


 ピピピッ、という無機質な着信音。


「はい、もしもし。三番隊副隊長の藤崎神一郎です」


 通話に出る。


「今からですか? それなら十五分くらいで。わかりました。では、今から本部に向かいます」


 通話を切る。


「……面倒臭いけど行くか」


 ぽつりと呟いて、神一郎はその場をあとにした。


     *


 アトランティス軍本部三階。


 そこにある「アトランティス軍騎士団長室」の前に、神一郎は立っていた。


 ここに来るのは何度目だろうか。


 アトランティス軍騎士団。


 それはこの国で唯一警察権を持つ組織、アトランティス警察の中でも特に選ばれたエリート集団だ。


 各都市に支部を持つアトランティス警察に対し、騎士団の支部は王都アルカディアにしかない。必要とあらば異世界へも他国へも赴くが、そうそう大事件が起きるわけではない。普段は要人警護や特殊任務を任されることが多い。


 そんな騎士団三番隊の副隊長を、神一郎は任されていた。


 年齢を考えれば異例だ。


 だが、本人としては別に誇らしくも何ともなかった。


「はあ……」


 小さくため息をつく。


 深呼吸してから、ドアをノックした。


「失礼します。藤崎神一郎です」


「入りたまえ」


 中から低い声が返ってくる。


 神一郎はドアノブに手をかけた。


 この先で何を言われるのかはまだ知らない。


 だが、たぶんまた面倒な任務なのだろうという予感だけはあった。


 そしてその予感は、きっと当たる。


 そんな気しかしなかった。



 ドアを開けると、いつも通りだった。


 無駄に広い部屋。無駄に高そうな机。無駄に広いソファ。


 そして、無駄に大きい男。


「待っていたよ」


 団長――新谷遥斗(シンタニ・ハルト)が、いつもの調子で言った。


「さっき正面玄関から入るのが見えていたからね。そろそろ来る頃だと思っていたよ」


「……それ、毎回言ってますよね」


 神一郎は軽く頭を下げながら言う。


「気のせいだろう」


「そういうことにしておきます」


 適当に返して、ソファに座る。


 こういうやり取りにも、もう慣れている。


「で?」


 神一郎はすぐ本題に入った。


「今回は何の任務ですか」


「せっかちだな」


「いや、どうせ任務なんでしょ」


「まあそうなんだが」


 団長は苦笑しながら、引き出しから一枚の書類を取り出した。


 今時わざわざ紙に印刷をするなんて、というツッコミを入れたくなるような空気感を無視し、それをテーブルの上に置く。


「護衛任務だ」


「護衛……?」


 神一郎は少しだけ眉をひそめる。


 戦闘任務ならともかく、護衛はあまり得意じゃない。


 相手の命を守るというのは、単純な戦闘よりずっと面倒だ。


団長室のデスクからホログラムが投影される。


今回の任務に関する資料だ。やはり紙に印刷する必要なんてなかったのだ。ただの趣味なのだろう。


「名前は赤坂奈々」


 その名前を聞いた瞬間。


 ほんのわずかに、記憶が引っかかった。


「人間界、日本。東京都。博文館学園高等部一年A組」


「……学生、ですか」


「そうだ」


 団長はあっさり頷く。


 神一郎は書類に目を落とした。


 写真が載っている。


 見覚えのある顔だった。


「……ああ」


 思い出した。


「同じ小学校のやつだ」


「ほう」


 団長が面白そうに目を細める。


「それは都合がいいな」


「いや、そうでもないと思いますけど、というか知っていたんでしょう?」


 神一郎はため息をついた。しかし団長は知らんふりをする。


「で、なんでその子を護衛する必要があるんですか?」


 そこが一番重要だ。


 ただの学生なら、騎士団が出る理由はない。


 団長の表情が、少しだけ変わる。


「彼女はな」


 間を置いてから言った。


「微量だが、魔力を持っている」


「……は?」


 思わず素で聞き返した。


「人間界の人間が、ですか?」


「そうだ」


「いやいやいや」


 神一郎は首を振る。


「それありえないでしょ」


「普通はな」


 団長はあっさりと言う。


「だが実際に確認されている」


 神一郎は黙る。


 それはつまり、“普通じゃない”ということだ。


「で、それだけならまだいいんだがな」


「まだあるんですか」


「ある」


 即答だった。


「中国軍が動いている」


「……あー」


 神一郎は天井を見上げた。


「面倒なやつですね」


「そうだな」


「完全に面倒なやつですね」


「否定はしない」


 ため息が出る。


 これは間違いなく面倒な任務だ。


「つまり」


 神一郎は整理する。


「その子が狙われてる可能性があるから、護衛しろと」


「その通りだ」


「……はあ」


 大きく息を吐く。


「政治がらみは嫌なんですが」


「日本は同盟国だ。仕方ない」


また大きなため息を吐く。


「で、どうやって護衛するんですか」


 普通に考えれば、裏で警護をつけるなり、監視するなり、やり方はいくらでもある。


 だが。


 団長は少しだけ楽しそうに言った。


「お前も学生になれ」


「……は?」


「編入手続きは済ませてある」


「いやいやいやいや」


 神一郎は思わず立ち上がりかけた。


「ちょっと待ってください」


「何だ」


「雑すぎません?」


「問題ない」


「問題しかないでしょ」


 即答だった。


 団長は気にした様子もなく続ける。


「同じクラスだ。隣の席にしてある」


「やりすぎでしょ」


「近い方が護衛しやすいだろう」


「そういう問題じゃないです」


 神一郎は額を押さえた。


 確かに合理的ではある。


 だが。


「……まあ、いいですけど」


 結局そうなる。


 任務は任務だ。


「あと」


 団長が思い出したように言う。


「もう一人、既に学園に送り込んである」


「……誰ですか」


「二番隊隊長」


 その一言で、空気が変わった。


中嶋椎菜(ナカジマ・シイナ)。一等陸尉」


「……え?」


「ランクはSSだ」


 神一郎は固まった。


「……ちょっと待ってください」


「何だ」


「SSって、あのSSですか」


「どのSSだ」


「上から二番目のやつです」


「そうだな」


「……マジですか」


 思わず本音が漏れる。


 十七歳でSS。


 普通に考えておかしい。


「お前にとってもいい経験になるだろう」


「いや、経験っていうか」


 神一郎は苦笑する。


「普通に怖いんですけど」


「そうか?」


「そうですよ」


 団長は楽しそうに笑った。


 絶対わかってて言ってる。


「で、その人と一緒に動くんですか?」


「当然だ」


「……ですよね」


 まあ、そうなる。


 それはいい。


 問題は次だった。


「それと」


 団長が何気なく言った。


「住む場所だが」


「はい」


「同じ部屋にしてある」


「は?」


 今日二回目の「は?」だった。


「いやいやいや」


 神一郎は完全に立ち上がった。


「それはさすがにおかしいでしょ」


「何がだ」


「いや全部」


「効率がいい」


「効率の問題じゃないです」


「あと予算」


 神一郎は本気でため息をついた。


「誰が上司と同じ部屋に住みたがるんですか。使いっ走りになるやつですよ、これ」


「頑張れ」


「やっぱりか……」


 もう何も言う気がしなくなった。


「三日後から人間界に移れ」


 団長が締めるように言う。


「以上だ」


「……了解しました」


 結局、それしか言えない。


 敬礼して、部屋を出る。


 ドアが閉まった瞬間。


「……面倒くさすぎる」


 小さく呟いた。



 そして現在。


 午前の授業を終えた神一郎は、奈々とその友人、朝倉優子に連れられ食堂に来ていた。


弁当を持っていなかった為に助かるっちゃ助かるのだが。


「あんたの分も買ってきてあげるから、先に席を取っておいてよ、カレーでいいでしょ?」


とのこと。


 だがここは食堂。

 昼休みの時間帯は席が空いているはずもなく、あてもなくうろうろしていると。


「やあ、よければ相席はどうだい?藤崎神一郎君。いや、藤崎神一郎一等空尉」


 声をかけられた。



 振り向くと、一人の女性が座っていた。


 長い髪。落ち着いた雰囲気。


 ただ、それだけでわかる。


 強い。


「……ああ」


 神一郎は軽く息を吐いた。


「あなたが中嶋椎菜一等陸尉ですね。流石、SSランクともなると魔力を抑えるのが上手ですね」


「そうだ、だがキミもうまく抑えてるじゃないか。探すのに苦労したよ」


 彼女は軽く笑った。


 通常、魔力を持つ人間は常に魔力を放出し続けている。


 こういった任務では居場所を悟られないよう、極力魔力の放出を抑えるのがセオリーだ。


 やはり高位の騎士ともなると魔力の放出がほとんどない。


「よろしくな、藤崎一等空尉」


「……よろしくお願いします、神一郎でいいですよ」


「なら私も椎菜でいい」


 軽い。


 思っていたよりずっと。


 だが、その奥にあるものは――


 はっきりとわかる。


 この人は強い。


 しかも、かなり。


「それで」


 椎菜が言う。


「任務の前に早速だが、私は家事ができない」


「……そういうことですか。だから同じ家


 と言いかけたところで


「何か問題でも?」


 遮られた。


「問題しかないです」


 即答するしかない。


 椎菜は少しだけ面白そうに笑う。


「まあいいじゃないか。効率的だ」


「団長と同じこと言ってますよ」


「そうか?」


「そうです」


 ため息をつく。


 けれど。


 この人と組むなら――


 たぶん、任務自体は問題ない。


 問題なのは。


「……日常の方ですね」


「何か言ったか?」


「いえ、何でもないです」


 神一郎は軽く首を振った。


 とりあえず。


 任務は始まった。


 そしてこれは――


 間違いなく、面倒なやつだ。

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