第一章 副隊長、学園へ 第一話 軽さの向こう側
その力は、君のものではない。
少年、神一郎が振るう剣、ツキカゲが敵の細剣を叩き落とす。
敵の腕が跳ね上がる。
神一郎の左手が、敵の襟を掴んだ。
「名前を言え」
ツキカゲは敵の喉元に食い込んでいる。
「……」
「誰の命令で来た」
敵は笑った。
仮面の奥で、確かに笑った。
「もう遅い」
転移陣が強く光る。
敵の身体が輪郭を失い始める。
神一郎はさらに強く掴む。
「言え!」
その声に、敵は最後の一瞬だけ口を開いた。
「・・・だ」
次の瞬間、敵の身体が光に呑まれた
男の姿がかき消える。
同時に、周囲を覆っていた結界がふっとほどけた。倒れていた敵も、荒れた地面も、空気に満ちていた血なまぐさい緊張も、まるで最初から無かったみたいに消えていく。
代わりに現れたのは、学校の校舎だった。
窓。廊下。植え込み。見慣れた白い壁。
そして――
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。
ついさっきまでの戦闘と、あまりにも噛み合わない音だった。
「おい、そろそろ戻らないと授業に遅刻するぞ?」
後ろから女の声がした。
神一郎は振り返らずに応える。
「そうですね。また放課後に食堂で会いましょう」
この学校に来てから、もう数日になる。
初日は結構緊張したが、もうだいぶ慣れてきた。道に迷うこともない。教室までの道のりも、教師の顔も、昼休みに混む場所も、おおよそ頭に入っている。
神一郎は軽く手を挙げるようにしてから、校舎へ向かって歩き出した。
廊下を急ぎながら、少しだけ気を抜く。
戦闘から教室に戻る。この感覚にも、もう慣れた。
けれど、さらに数日前のあの日は違った。
あの日は、流石に少しだけ緊張していたと思う。
*
2025年6月12日。
博文館学園高等部一年A組。
「今日からお世話になります。藤崎神一郎です。よろしくお願いします」
教壇の前に立ってそう言ったとき、神一郎は自分でも少し緊張しているのがわかった。
静かな教室。
約三十人分の視線が、自分に向いている。
正直、戦闘よりこういう方が苦手かもしれない。そんなことを考えた瞬間――
ガタッ!
椅子の引かれる音が、やけに大きく響いた。
視線がそちらへ流れる。神一郎もつられるように見ると、一人の少女が立ち上がっていた。
「し、神一郎!?」
「え?」
つい声が漏れた。
いきなり名前を呼ばれたのだから仕方がない。
少女は驚いたような顔で、まっすぐ神一郎を見ていた。肩までの髪。大きな目。昔より少し大人っぽくなった顔立ち。けれど面影はあった。
赤坂奈々。
どうしてここに来たのか。その理由の中心にいる少女。
だが、その瞬間の神一郎は任務云々よりも先に、別のことを思っていた。
――覚えてたのか。
その驚きの方が大きかった。
しかしその顔を見た瞬間、頭の奥深く、記憶の縁に何かが引っ掛かるような違和感を覚えた。
思い出そうとすると離れていく、そんな奇妙な感覚だけが残る。
その違和感の正体を神一郎はまだ知らない、いや、知らないままでいたかったのかもしれない。
神一郎がこの博文館学園に来た理由は数日前に遡る。




