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理想の夫は嘘をつく  作者: 熊猫ぱんだ


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9/20

悠真の過去

 黒沢悠真は、昔から“女に困ったことがない男”だった。

 高校の頃からそうだった。

 別に、飛び抜けて顔が良いわけじゃない。

 けれど、目を見て話すのが上手かった。

 相手が欲しい言葉を、自然に言えた。


「悠真って、なんか放っとけない」

 昔付き合っていた女によく言われた。


 実際、悠真は聞き上手だった。

 相手が仕事で疲れていれば優しくする。

 泣いていれば朝まで電話する。

 些細な変化にも気づく。

 だから最初は、みんな幸せそうだった。


 だが、問題はそこからだった。

 悠真は、“必要とされる感覚”に酔う男だった。

 誰かに依存されること。

 自分がいないと駄目になること。

 それが、たまらなく気持ちよかった。


 大学一年の時に付き合った彼女は、三ヶ月で大学に来なくなった。

「悠真くんがいないと無理」

 そう言って泣く彼女を、最初は可愛いと思っていた。


 終電を逃した彼女を泊める。

 授業をサボって一緒にいる。

 夜中に呼び出されれば会いに行く。

 けれど半年もすると、面倒になった。

 重かった。

 返信が少し遅れるだけで泣かれる。

 女友達と話しただけで責められる。


「好きだからだよ?」

 泣きながらそう言われるたび、悠真は優しく抱きしめながら、心の中では冷めていた。

 結局、その女は悠真が別れを切り出したあと、自傷騒ぎを起こした。

 手首を切った写真が夜中に送られてきた。


『お願い、戻ってきて』


 赤く滲んだ画像を見ながら、悠真はコンビニの駐車場で煙草を吸っていた。

 怖い、とは思わなかった。

 面倒だ、と思った。

 そして同時に少しだけ、

 優越感があった。


 ──俺がいないと駄目なんだ。


 最低だった。

 でも、その感覚が忘れられなかった。

 二十代前半になる頃には、悠真は完全に“慣れて”いた。

 本命の彼女がいても、平気で他の女と寝た。


 会社の後輩。

 元カノ。

 夜の店で知り合った女。

 悠真は、誰に対しても優しかった。

 だから勘違いさせた。


『悠真は私を選ぶ』

 そう思わせるのが上手かった。

 別に、騙そうとしていたわけじゃない。

 その場では、本当に相手を大事にしていた。

 だが、永遠には続かない。

 悠真の気持ちは、熱しやすく冷めやすかった。


 相手が依存してくるほど、逃げたくなる。

 なのに、離れられると追いかけたくなる。

 矛盾した男だった。


 25歳の時、一度だけ大きな問題になった。

 相手は2つ年上の女だった。

 美人で、仕事もできて、最初は軽い関係のつもりだった。

 だが、半年もしないうちに同棲みたいな状態になった。


「悠真って、結婚とか考えてる?」

 そう聞かれた時、悠真は曖昧に笑った。

「まあ、そのうちな」

 その“そのうち”に意味なんてなかった。

 けれど女は、本気にした。

 そして妊娠した。


 検査薬の写真が送られてきた時、悠真はしばらく画面を見つめていた。

 頭が真っ白になった。

 責任を取る、という言葉が最初に浮かんだ。

 でもその直後、自由が終わる恐怖が押し寄せた。


 女は泣きながら言った。

「産みたい」

 悠真は答えられなかった。

 沈黙した。

 それが一番残酷だと分かっていながら。


 結局、その女は子供を下ろした。


 病院の日、悠真は付き添った。

 白い待合室で、女はずっと無言だった。

 帰り道、小雨が降っていた。


「ねえ」

 女がぽつりと言った。

「悠真ってさ……人を幸せにするふり、上手いよね」

 その言葉を、悠真は今でも覚えている。


 別れたあと、その女は会社を辞めたらしい。

 共通の知人から聞いた。

「結構病んでたみたい」

 そう言われても、悠真は何も返せなかった。


 罪悪感はあった。

 でも、それだけだった。

 数ヶ月後には別の女と付き合っていた。

 そうやって悠真は、“過去”を増やしていった。


 泣かせた女。

 依存させた女。

 壊れた女。


 そのたびに、「もう落ち着こう」と思った。

 だが結局、同じことを繰り返した。

 そして30手前で、美咲に出会った。


 最初、美咲は他の女と違った。

 距離感が心地良かった。

 重くない。

 干渉しすぎない。

 でも、ちゃんと優しい。

 一緒にいて楽だった。


 美咲は悠真を疑わなかった。

 スマホを勝手に見ることもない。

 女関係を詮索することもない。

 過去を聞かれても、「そうなんだ」で終わる。

 だから悠真は、美咲といる時だけ少し安心した。


 “ちゃんとした人間”になれる気がした。

 結婚を決めた時、悠真は本気で思っていた。


 ──もう遊ぶのは終わりにしよう。


 子供が生まれた時は、本当に嬉しかった。

 小さな手を見て、自分も父親になるんだと実感した。

 美咲は泣きながら笑っていた。

 その顔を見て、守ろうと思った。

 幸せにしようと思った。

 少なくとも、その瞬間だけは本心だった。


 けれど。

 人は、そんな簡単に変われなかった。


 仕事の飲み会。

 軽い連絡。

 「相談乗ってください」

 最初は本当に軽い気持ちだった。

 でも、女に頼られると嬉しくなる。

 必要とされる感覚が蘇る。


 “夫”や“父親”ではなく、“男”として見られる感覚。

 それを、一度覚えてしまった悠真は捨てられなかった。

 だからまた繰り返した。


 優しくして。

 期待させて。

 依存させて。

 逃げる。


 そのくせ、本気で嫌われるのは怖かった。

 最低だった。

 それでも、美咲だけは信じてくれていた。

「悠真は優しいから」

 笑いながらそう言う美咲を見るたび、胸が痛んだ。


 ──違う。

 悠真は優しくなんかない。

 ただ、人に好かれる方法を知っているだけだ。

 それでも、美咲は知らなかった。


 過去に泣かせた女のことも。

 妊娠させたことも。

 壊してきた関係も。


 知らないまま、“理想の夫”だと信じて結婚した。

 そして悠真も、その幻想に甘えていた。

 自分は変われたんだと。

 ちゃんと家族を愛しているんだと。

 そう思い込もうとしていた。


 ──莉奈と、一線を越えるまでは。

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