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理想の夫は嘘をつく  作者: 熊猫ぱんだ


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2/17

秘密

金曜の夜だった。


「今日遅くなる?」

ネクタイを締めながら、美咲が聞く。

「接待。たぶん終電近い」

「そっか。ごはんいる?」

「向こうで食う」

「飲みすぎないでね」

悠真は適当に頷いて家を出た。


エレベーターの鏡に映る自分は、いつも通りだった。営業成績もいい。家庭もある。外から見れば何一つ問題のない男。

地下駐車場へ向かいながらスマホを見る。

『先入ってるね♡』

後輩の奈々からだった。

ホテルの名前も部屋番号も、もう送られている。



部屋に入ると、奈々はベッドの上で笑っていた。

「遅いです」

「仕事してたんだよ」

「ほんとかなぁ」

甘えた声。

悠真は上着を脱ぎながら笑う。

こういう時間は楽だった。

何も考えなくていい。

責任も、家庭も、父親も全部忘れられる。


奈々が抱きついてくる。

「今日ちゃんと泊まってくれる?」

「無理。朝あるし」

「またそれ」

唇を重ねながら、悠真は適当に誤魔化す。


その時だった。

ブブッ。

スマホが震える。

画面。

『お義兄ちゃん今日接待?』

莉奈だった。

悠真は眉をひそめる。

「誰ですか?」

奈々が覗き込もうとする。

「会社のやつ」

適当に返して画面を伏せる。

『うん』

それだけ返した。


数秒後。

『そっか』

短い返信。

なぜか少しだけ引っかかった。



一時間後。

ホテルを出る頃には雨が降っていた。

奈々が腕を絡めてくる。

「送ってほしい」

「タクシー拾えよ」

「冷たーい」

笑いながら身体を寄せてくる。


その時。

視界の端に見覚えのある顔が映った。

悠真の動きが止まる。

道路の向こう。

コンビニの前。


傘もささずに立っていたのは、莉奈だった。


一瞬、目が合う。

奈々が気づかず笑っている横で、莉奈だけが固まっていた。

最悪だ。

悠真は咄嗟に奈々の腕を外す。

「じゃ、また」

「えー?」

奈々が不満そうな声を出す。

だが悠真はそのまま道路を渡った。


莉奈は逃げなかった。

雨に濡れたまま、じっと立っている。

「なんでここにいる」

「……友達と飲んでた」

声が変だった。

「お義兄ちゃんこそ」

悠真は舌打ちした。

「接待じゃなかったの?」

返事が詰まる。


莉奈は笑った。

でも全然笑っていなかった。

「最低だね」

その言葉が妙に刺さる。

「お姉ちゃん、信じてるのに!」

「大声出すな」

「なんで?」

莉奈は一歩近づく。


雨で髪が濡れている。

「なんでそんな普通の顔して浮気できるの?」

「……関係ないだろ」

「あるよ」

即答だった。

「家族じゃん」

その言葉に、悠真は少しだけ苛立つ。

「お前に説教される筋合いない」

「じゃあ誰ならいいの?」

莉奈の目が赤かった。

怒っているのか、泣きそうなのか分からない。

「おねえちゃんが知ったらどうなると思ってるの?」

「言うつもりか」

沈黙。

雨の音だけが響く。


莉奈はしばらく悠真を見ていた。

やがて小さく笑う。

「……言わないよ」

「……」

「言えるわけないじゃん」

その言い方が、妙に引っかかった。

悠真は眉をひそめる。

「なんだよそれ」

「別に」

莉奈は視線を逸らした。

「でももう無理かも」

「何が」

莉奈は答えない。

ただ、苦しそうに笑った。

「お義兄ちゃん、思ったより最低だった」

そう言って背を向ける。


雨の中を歩いていく後ろ姿を見ながら、悠真は妙な違和感を覚えていた。

浮気がバレた。

普通なら面倒なのはそこだけのはずだった。

なのに。


莉奈のあの顔だけが、なぜか頭から離れなかった。


──


翌朝、悠真は最悪な目覚めだった。

頭痛ではない。

罪悪感でもない。

莉奈に見られた。その事実だけが妙に引っかかっていた。


「パパ起きてー」

娘に揺すられ、無理やり身体を起こす。

リビングへ行くと、美咲が朝食を並べていた。


「珍しいね、そんな眠そうなの」

「昨日飲んだから」

「接待?」

「ああ」

嘘は自然に出る。

もはや考える必要もなかった。


「そういえば昨日、莉奈遅かったんだよね」

悠真の手が止まりかける。

「ふーん」

「友達と飲んでたらしいけど」

美咲は特に疑っていない。

当たり前だ。

まさか自分の妹が、義兄のラブホテル帰りを見ているなんて思うわけがない。



昼休み。

スマホが震えた。

莉奈。

悠真は数秒見つめたあと、人気のない非常階段へ向かう。


電話を取る。

「何」

『……今話せる?』

声が暗い。

「仕事中」

『少しだけ』

沈黙。

「昨日のことなら、忘れろ」

『忘れられないから電話してるんだけど』

少し強い口調だった。

悠真は舌打ちする。

「じゃあ何がしたい」

『なんで浮気するの?』

真っ直ぐな声。

責めるというより、本気で分からないみたいな聞き方だった。

「別に理由なんかない」

『お姉ちゃんのこと嫌いなの?』

「違う」

『じゃあなんで?』

悠真は答えなかった。

答えられない。

家庭は大事だった。子供も可愛い。美咲にも不満はない。


でも、それと浮気しないことは別だった。


「お前には分かんねぇよ」

『分かりたくない』

莉奈の声が震える。

『……最低』

そのまま電話は切れた。



夜。

帰宅すると、莉奈がいた。

ソファに座って子供と遊んでいる。

「おかえりー」

美咲が笑う。

「また来てたのか」

「いいじゃん別に」

莉奈は子供を抱き上げたまま、悠真を見ない。

空気が少しおかしい。

だが美咲は気づいていなかった。


「今日泊まってくって」

「は?」

思わず声が出る。

美咲が首を傾げる。

「なんでそんな嫌そうなの」

「いや別に」

莉奈は無言だった。



深夜。

子供たちも寝静まり、リビングの電気も消えている。

悠真は喉が渇いて目を覚ました。

キッチンへ向かう。

その途中。

暗いリビングに人影が見えた。


莉奈だった。

ソファに座ったまま、スマホを見ている。

「……何してんの」

「寝れない」

近づくと、画面が見えた。


ホテルの前。

奈々と腕を組んで歩く悠真。

昨日、撮られていた。

悠真の顔が変わる。

「お前」

「撮っちゃった」

莉奈は笑わない。

「消せ」

「やだ」

即答だった。


「何がしたいんだよ」

「分かんない」

莉奈はスマホを握りしめたまま俯く。

「でも……昨日からずっと苦しい」

悠真は黙る。

「なんでかなって考えてた」

静かな声。

「最初はお姉ちゃんが可哀想だからだと思った」

莉奈はゆっくり顔を上げる。

「でも違った」

目が合う。


その瞬間、悠真は本能的にまずいと思った。

「私、お義兄ちゃんが他の女といるの見て嫌だった」

空気が止まる。

「……何言ってんだ」

「分かんない」

莉奈の声が震える。

「ほんと分かんないの。でも苦しくて」


悠真は舌打ちした。

「疲れてんだよ」

「そうかな」

「そうだろ」

自分に言い聞かせるみたいに返す。

莉奈はしばらく黙っていた。

やがて小さく笑う。


「じゃあさ」

「……あ?」

「私がお義兄ちゃんと浮気したら、お姉ちゃんと同じくらい苦しくなるのかな」


心臓が一瞬止まった。

冗談には聞こえなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

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