表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想の夫は嘘をつく  作者: 熊猫ぱんだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/18

最低

 奈々が死んだと連絡が来たのは、その三日後だった。


 仕事中だった。

 悠真のスマホが震える。

 また知らない番号だった。

 嫌な汗が背中を伝う。


「……はい」

『黒沢さん、以前ご連絡した者です』

 奈々の友人だった。

 その声を聞いた瞬間、悠真は察した。


『今朝……奈々が』

 そこで言葉が詰まる。


 周囲ではキーボードの音が響いている。

 同僚たちは普通に仕事をしていた。

 なのに悠真だけ、世界から切り離されたみたいだった。


『亡くなりました』

 頭が真っ白になった。

 しばらく何も聞こえなかった。

 耳鳴りだけが残る。


「……は」

 情けない声が漏れる。

『マンションで……首を』


 そこから先は、ほとんど入ってこなかった。

 通話が終わったあとも、悠真はスマホを握ったまま動けなかった。


 呼吸が浅い。

 吐きそうだった。


「黒沢さん?」

 後輩に声をかけられ、悠真は慌てて顔を上げた。

「顔色やばいですよ」

「あー……寝不足」

 笑う。


 いつものように。

 反射だった。

 そうしないと崩れそうだった。

 トイレに駆け込み、個室に閉じこもる。

 便座に座った瞬間、全身の力が抜けた。


「……っ」

 震える。

 奈々が死んだ。

 本当に。

 頭では理解しているのに、現実感がなかった。


 スマホを開く。

 未読のまま残っている奈々のメッセージ。


『なんで無視するの?』

『会いたい』

『ねえ』

『お願いだから捨てないで』


 最後のメッセージは、深夜二時だった。

『もう疲れた』

 悠真は目を閉じた。

 胸の奥が重い。

 苦しい。


 でも。

 それ以上に。

 ─終わった。

 そう思ってしまった自分に気づき、ぞっとした。


 最低だ。

 奈々が死んだのに。

 自分はどこかで、“解放された”と思っている。


 スマホが震える。

 莉奈からだった。

『今日も行っていい?』

 画面を見つめたまま、悠真は動けなかった。

 今日は来るな。

 そう返したかった。


 今は誰にも会いたくなかった。

 特に莉奈には。

 あいつは勘が鋭い。

 顔を見れば何か気づく。

 でも、断れば面倒になる。


 最近の莉奈は少し不安定だった。

 返信が遅いだけで空気が変わる。

 他の女の影を感じれば、笑ったまま目が死ぬ。


 悠真は短く打った。

『好きにしろ』

 送ったあと、深く息を吐く。


 その日の仕事は、ほとんど頭に入らなかった。

 気づけば奈々の顔が浮かぶ。


 泣きながら縋ってきた夜。

 震える声。

 「捨てないで」と言った顔。

 悠真は強く目を閉じた。


 考えるな。

 もう終わったんだ。

 そう思おうとするほど、胃の奥が重くなる。


 夜。

 家のドアを開けると、子供たちの声が飛んできた。


「パパー!」

 小さな体が抱きついてくる。

 悠真はぎこちなく笑った。

「ただいま」

「今日ハンバーグだよ」

 キッチンから美咲が顔を出す。


 エプロン姿のまま、柔らかく笑っていた。

 その光景が眩しすぎて、悠真は一瞬目を逸らした。

「……そっか」

「どうしたの? 疲れてる?」

「仕事だよ」


 自然に嘘が出る。

 美咲は疑わなかった。

「ご飯できてるから座って」


 その時、リビングのソファから莉奈が顔を出した。

「おかえり、お義兄ちゃん」

 悠真の心臓が嫌な音を立てる。

 莉奈は笑っていた。

 でも、その目だけが妙に鋭かった。


「……来てたのか」

「うん。お姉ちゃんと子供たちだけじゃ寂しいかなーって」

 冗談っぽく言いながら、じっと悠真を見る。

 観察されている気がした。


 夕飯中も、悠真はほとんど味がわからなかった。

 子供たちは楽しそうに喋っている。

 美咲も笑って相槌を打っていた。


 平和だった。

 あまりにも。

 だから余計に苦しい。


「パパ、今日静かー」

 娘に言われ、悠真は無理やり笑う。

「そんなことねぇよ」

「あるよー」

 子供の無邪気な声が刺さる。

 その横で、莉奈だけが黙っていた。

 ただ、ずっと悠真を見ている。


 食後。

 悠真は逃げるようにベランダへ出た。

 煙草に火をつける。

 夜風が冷たい。

 肺に煙を落としても、全然落ち着かなかった。


 ガラス戸が開く音がする。

「また煙草増えた?」

 莉奈だった。

「……知らね」

「嘘」


 隣に並ぶ。

 距離が近い。

「顔色やばいよ」

「仕事で疲れてるだけ」

「へぇ」

 莉奈は手すりにもたれながら、横目で悠真を見る。


「また女?」

 その瞬間、悠真の指先が止まった。

 莉奈は小さく笑う。

「わかりやす」

「違ぇよ」

「じゃあ何」


 責めるような声じゃなかった。

 むしろ静かだった。

 だから怖い。


 悠真は煙を吐き出す。

 誤魔化せる気がしなかった。

「……死んだ」

「え?」

「前の女」

 莉奈の表情が固まる。


「自殺した」


 沈黙。

 遠くで車の走る音だけが聞こえる。


「……お義兄ちゃんのせい?」

 悠真は答えなかった。

 答えられなかった。

 その沈黙だけで十分だった。


 莉奈はゆっくり息を吐く。

「最低」

 ぽつりと言う。

「人壊して……死なせて……」

「……」

「それでも普通に帰って来れるんだ」


 悠真は何も言えなかった。

 言い返せない。

 全部事実だった。


 すると莉奈は、ふっと笑った。

 壊れたみたいに。

「でもさ」

 暗い目で悠真を見る。

「そういうとこ、お義兄ちゃんっぽい」

「なんだよそれ」


「だってまた繰り返すでしょ?」

 ぞくり、とした。


 莉奈は一歩近づく。

「必要とされるの好きだもんね」


 奈々の顔が浮かぶ。

 由奈の笑顔も。

 泣きながら縋ってきた女たちも。


「次は誰壊すの?」

 莉奈は笑う。


「由奈?」

「それとも私?」


 悠真は反射的に莉奈の腕を掴んだ。

「やめろ」

「なんで?」

「そういう言い方……」

「図星だから?」


 莉奈の目はおかしかった。

 怒っている。

 傷ついている。

 なのに、その奥に熱がある。


「ねえ、お義兄ちゃん」

 莉奈は悠真の胸元に触れる。


「私も壊れる時、ちゃんと責任取ってね」

ここまで読んでくださってありがとうございました!

少しでも「続きが気になる」「ドロドロ最高」と思っていただけたら、

作品フォロー・☆☆☆☆☆評価・感想をいただけるととても励みになります!

「このキャラやばすぎ」「ここ好き」など一言感想も大歓迎です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ