011 『王の責務と過去』
「呼び出して済まないね」
レイがお茶を用意する横で、風見は足を組んで優雅に座っている。
「いや。俺も出来る限りのことは協力したいしな。別にいいさ」
「あたしはただの付き添いよ」
レイの供してくれた紅茶に礼を言って、祐樹と霧香も腰掛ける。
レイは前回と同じく給仕が終わると丁寧に一礼して隣室へと去っていった。
「レイはあまり仕事に関わらせないのか?」
問う声に風見は微笑を見せ、
「あまり巻き込みたくはないのでね。それに彼女は彼女で色々と抱えている。これ以上負担を掛けるのも憚られてね」
どうやら、ただのメイドという訳ではないようだ。
「それよりも、早速要件に移ってもいいかな?」
「ああ」
祐樹の頷きに、風見は組んでいた脚を戻しながら、
「昨晩から調べた情報と祐樹の記憶を照合したくてね……まあ、君の記憶も万全ではないだろうから、仮説を補強する程度になってしまうと思うけれど」
「風見の言う通り、あんまり当てにならないぞ」
「いいさ」
笑みは少し苦いが、本心を言えば藁にもすがりたい、と言ったところか。
「まず始めに。あの男はアーデルで間違いない?」
「夢で見た容姿と瓜二つだ。が、本人と断定できるほど俺はあいつを知らない」
「ふむ。まあ、全くの無関係ということもあるまい」
全くの無関係だとしたら、それこそ祐樹を狙う道理がない。
「で、アーデルだと仮定した場合、その行動理由、つまり動機は何かって話なんだけど……君が言うには誰かの命令だった。そういうことだよね?」
「ああ。命令されてオルカを殺しに来た、と。そう言ってたな」
「オルカを殺す、ね……そうすると、条件が絞られるよね」
「どういうことだ?」
「君は新城祐樹であって、オルカ本人じゃない。これが一つ」
風見は人差し指をピンと立てる。
「二つ目。君はオルカの転生である」
「それはわかる……ん?」
祐樹はふと何かを思い付く。当然、それは風見も承知している筈のこと。
「つまり、オルカの意識が前面に出ている必要がある、ということだよな?」
「そういうことになるね」
「じゃあ、そうなる条件は?」
恐らく、そこが核心になる。何故だか、霧香が身を震わせた。
「転生神の意識が覚醒する。それだけだよ。しかし、下手をすると、神が現在の自我を飲み込もうとする場合もあるけど、オルカに限ってそうなることはないと思うよ」
「飲み込まれるパターンって、もしかして邪神とかそういう類?」
霧香の問いに風見は苦い顔で頷く。
「神と一口に言っても、色んな考えのがいるからね。邪神のような類は、転生先の肉体を単なる器としか見ていない。表層意識なんて以ての外。やつらは自分が目覚めるためなら、なんだってするよ」
「オルカでよかったと、心から思う」
「そうも言ってられないよ? オルカ自身は邪悪ではないけど、彼を付け狙う連中はそれこそ馬鹿げた思考を持っている」
「復讐、か?」
風見は首肯。ソーサーごと持ち上げ、紅茶の香りを楽しみながら、
「今回のパターンも恐らくはそう。しかも、アーデルに命令できる人物は自然と限られる」
「あいつがもともと仕えていた国、か?」
「十中八九。もし違うとしたら、その方が厄介だけど」
「厄介?」
祐樹はその理由がわからず首を傾げる。
「本人の意思を無視して命令を遂行させるだけの支配力を持っていた場合、最悪、オルカを手駒にしようと画策している可能性もある」
いわゆる精神支配、催眠の類だろうか。
「僕はこの事件の首謀者をアーデルの仕えていた国の女王、ソフィアが関わっているものと睨んでる。彼女は優れた魔術師で、しかし功名心に溺れ、オルカの祖国シュベルティアを宣戦布告もなしに襲撃した経歴がある」
「それって……」
宣戦布告もない戦争は襲われる側からしてみればただの蹂躙。国家同士の覇を競いあうようなものにはなり得ないだろう。
「当然、シュベルティアの戦況は熾烈を極め、国土の四分の一が支配されたこともあった」
「なにか、逆転劇でもあったのか?」
そう問うと、風見はため息をつき、
「その契機を作ったのは他ならぬオルカだよ? 彼は傭兵ギルドの人員を駆り出し、各地でゲリラ戦を展開した。なによりも、アーデル側は戦線を伸ばしすぎた上、無理な進軍で疲弊も激しかったからね。休む暇を与えない波状攻撃に敵軍は撤退せざるを得なかった」
「ギルドの人員がいたとは言え、せいぜい数百人程度だろ? よくそんなことが出来たな……」
驚きと感心がない交ぜになる。
「それを可能としたのが、オルカの卓越した対群戦闘技術とアセリアの広域攻撃魔法だ。だがまあ、たかだか数百人程度とは言え、腕に覚えのある猛者ばかりを揃えた訳だから、まさに一騎当千の勢いだったと聞くけど」
「オルカはそんなに強かったのか。俺の記憶にあるのはアーデルとの最終戦の記憶がほとんどだから、正直強さが実感できなかったが……」
対群戦闘能力。恐らく、新城家に伝わる『忌剣』の技術だろう。祐樹も深奥までは窮めてはいないが、一通りの技術は祖父から教わった。生憎、父は体が弱かったのでほとんど習得していないらしいが。
「それでオルカ側が盛り返して、俺が夢に見る最終決戦か。そのあとの記憶もないんだが、どうなったんだ?」
「アーデルを討ち取ったオルカは王都に向かい、降伏を迫った。しかし、その時には王女はすでに逃走し、貴族の満場一致で降伏が決まったそうだよ」
「逃げた……?」
それは王たるものとして如何なものか。祐樹の中での王の姿とは、国を背負い、民を背負い、全ての責を負うものだ。それが、国を、民を、責を捨てて逃げたとは。
「その後、どうなったの?」
「降伏を宣言したアーデルの国、ファレンスはシュベルティアからの監視付きという条件で独立を維持。国としては栄えた方じゃないかな」
「随分とぬるい気もするわね……」
「そう思う者もいたけど、シュベルティアの王はそれ以上失わせる道を選ばなかった。そういう選択だよ」
「失わせない、か」
確かに、無理やり支配して憎しみを増やすよりは、ということなんだろう。
祐樹は手のひらを見つめた。思い出すのは喪失の記憶。愛し、しかし、奪われた記憶。その記憶と共に刻まれたのがこの銀の左目と、左脇腹の傷。今でも痛むそれらは、決して過去の出来事を忘れさせまいとするかのようだ。




