010 『金銀妖瞳』
「あ……」
気付いた時には遅かった。
「祐樹、油断したわね」
同情の目を向けるのは霧香で、だが、その姿は少し遠い。
というのも、祐樹の周りには人が集まっており、霧香はそれに押しやられたのだ。
「おい、その眼スゴいな」「カラコン? それカラコン?」「オッドアイとか初めて見た……」
台詞は様々、だが、一様に興味を示している。その対象となっているのは祐樹の瞳で、その色は右目が金で左目が銀。俗に言う、金銀妖瞳やオッドアイ、ヘテロクロミアと呼ばれる類のものだ。
右目は生まれつきのものであるが、左目は三年前の事故の際に欠損し、その際に色素異常でこのような色になったのだ。
しかし、生まれつきとは言え、右目の金も日本人としては十分に稀なものなので、普段はカラーコンタクトで隠していたのだ。だが、今日に限ってそれを忘れてきた。
家を出るときに若干ばたついていたのが原因なのだろうが、霧香も指摘してくれればよかったものを。
「はいはい、俺の目の色はどうでもいいだろ。さっさと席着け。チャイム鳴るぞ」
見物者を腕を振って払い、自分の席に向かう。だが、そう簡単に離れてくれるものでもなく、特に男子が、
「ヤバい。俺の厨二魂が加速する」
などと最早手を付けたくないレベルにまで達してしまったようだ。そんな彼に昨日の出来事を話してやったら滂沱して喜ぶのであろうが、しようとは思わない。
「もはや治らんな、お前のその病気は」
「治らなくて結構! 俺はこのまま突っ走る」
そして、本当に突っ走って行ってしまった。やれやれなことだ。
それにしても、この目の色を知られてしまった以上、隠すのはもはや愚策だろう。ここは堂々としているに限る。
やがてチャイムが鳴り、クラスメイトはそれぞれの席に戻っていく。担任の教師がやって来て、出席を確認。その時に少し俺を見て驚いていたようだが流石に大人。無用に騒ぎ立てることはしなかった。
授業が始まった。しかし、祐樹は少し上の空だった。思い返されるのは昨日の出来事。
魔封と神。オルカとアーデル。そして、三年前の出来事と昨日の出来事。
一体、何が起ころうとしているのか。アーデルの目的は明確ではないが、オルカに用があるのは確かなこと。
そして、昨日の襲撃は誰かに命令されてのことだったと言っていた。黒幕は誰なのか。
その人物を早急に突き止めることは風見たちが事件を解決するために必要なことだ。
だが、祐樹だってオルカとしての記憶を明確に思い出せる訳ではないのだ。あまりにも断片的で不明瞭。
結局、祐樹は物思いに耽ったままその日を過ごした。
「祐樹、大丈夫?」
放課後、席に着いたままの祐樹を心配して霧香が声を掛けてきた。
祐樹は何時も通りと言える彼女の態度を少し不思議に思いながら、
「少し考え事をな……」
「そ……でも、考えるだけじゃダメなこともあるわよ?」
「まあな」
それはわかっている。しかし、悩まざるを得ないのだ。だが、頭を悩ますのは昨日のこと以上に三年前の事件だ。霧香にも話していない、大切な人を失った事件。恐らく、風見は知っているのだろうと予想できる。なにせ、そういう性質を持った事件だった。
「帰ろ」
霧香の促しに頷き、荷物をまとめる。とは言っても、課題や自習に必要なもの以外はすべて学校に置きっ放しにしてある。
「行くか」
鞄を掴んで立ち上がる。
霧香と並んで歩く。
夏季休暇中の合宿申請など、必要な書類の処理は今までの活動で終わらせてしまっている。そのため、生徒会の業務も縮小気味だ。
昇降口で外靴に履き替えようとしたところで、追いすがってきた金髪に呼び止められた。
「おい、祐樹」
「ん? ああ、雅か。どうかしたか?」
「ちょいと」
近寄ってきて祐樹の耳に口を寄せる。
「風見が家に来てほしいって。さっきメールが来てな」
「そういえば、そういうやり取りを一切してなかったな。うん、まあ、行く件は了解した」
「じゃあ、気を付けてな。オレは用事があるから」
「ああ、じゃあな」
手を振り合って雅と別れる。霧香が靴を履き替えて傍に寄って来る。その瞳は雅の去った方を見ており、
「ずいぶんとせわしなかったけど、どうかしたの?」
「ああ、風見が家に来てほしい、とのことだ。連絡先とか一切交換してなかったから、雅を中継に使ったんだろ」
「なるほどね。納得だわ」
祐樹はスニーカーに履き替え、霧香に付いてくるか確かめた。
「今さらよ。付いて行くに決まってるでしょ」
それに、と付け加えて彼女は言う。
「わたしに心配されるのは癪かしら?」
「いいや」
祐樹は口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら首を振った。




