012 『暗躍の王女』
「ご苦労だったわね、アーデル」
そこは通常の世界からは切り離された場所だった。周囲を紫色の光が囲む。光をよく見れば、無数の魔法陣が絶えず展開しているのが見て取れる。
そんな場所に足を踏み入れたのは白髪黒衣の男アーデル。彼は名を呼んだ主に対して深々と頭を下げた。
「ありがたきお言葉です、女王陛下」
「そうかしこまらないでくれるかしら。確かに、私は女王だけども、それは昔の話よ」
「そう、ですね……」
アーデルは顔を上げてまじまじとその姿を見つめる。少女の姿だ。年のころは十五、六といったところで、艶やかな黒髪に愛らしくも悪戯っぽい目。体つきはやや幼いが、まとう雰囲気は他者を威圧するもの。まさしく女王の器だ。そして、そんな彼女は鳥かごのような形をしたものの中にいて、周囲を数十人の少年や青年に守られている。彼らの瞳はうっすらと光っていて、普通の人間ではないさまを伺わせる。
「それで、首尾は?」
少女は問いかける。
「上々かと。九龍寺たちもこれで動き始めるでしょう。開戦まではまもなく、といったところ」
「そう。あなたの言うとおり上々ね。後は、敵がどう出てくるかというところね」
「はい」
少女は唇に指を当てて思案し、やがて、
「お前たち。新城祐樹の周囲を交代で見張りなさい。恐らく、ことは彼の周りで起こるでしょうから」
「わかりました」
リーダー格の青年が頷き、周囲に指示を出す。彼以外の者は無言で頷き、衣擦れ以外の音を立てない。
「忠実な駒ですね」
アーデルの感心とも呆れともつかない声に少女は妖しく笑い、
「あなたもこうなりたいのかしら?」
「いえ、遠慮させていただきます」
「そうね。あなたはそのままが一番いいわ。きちんと話し相手になってくれるもの」
「その御心のお慰みになるのでしたら、望外の喜びですとも」
アーデルはおどけてそう言い、恭しくと頭を下げる。
「さて、そろそろ私は寝るわ。この体もまだ馴染みきっていなくてね……存外疲れるのよ」
「左様ですか。ならば、ゆっくりとお休みください。その間に朗報を届けられるように鋭意努力させていただきます」
「よろしくね」
少女の言葉を聞き、アーデルはその体を背後の闇に溶かす。
しんと静まり返った空間を退屈気に見やり、少女は小さなあくびを漏らした。




