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現実と絶望


 翌朝、テレビをつけたまま、香帆は動けなかった。


 被害者は、佐々木美咲さん、二十四歳。

 警察は殺人事件として捜査を進めています――。


 画面の中のアナウンサーは、淡々と読み上げていた。


 美咲の名前は出た。


 それなのに、全部が遠かった。


 自宅マンション。

 二十四歳。

 他殺。

 犯人は、まだ捕まっていない。


 その言葉だけが、耳の奥に残る。


 犯人は捕まっていない。


 ――つまり、どこかにいる。


 香帆はリモコンを取って、テレビを消した。


 部屋が静かになる。


 でも、静かになった途端、田中の声が蘇った。


 ――この前、部屋に入られてるんです。

 ――知らないやつがいたって、美咲が言ってたんだ。

 ――そいつがやったんだ。


 香帆は膝を抱えた。


 美咲は、何かを怖がっていた。


 なのに、自分は気づけなかった。


 スマートフォンを見る。


 発信履歴には、美咲の名前が並んでいた。


 美咲とのトーク画面を開く。


『どこにいるの? 連絡して』


 最後に送ったのは、自分だった。


 何度見ても、既読はつかない。


 もう、返ってこない。


 その事実だけが、うまく現実にならなかった。


――


 会社にはしばらく休むと伝えた。


 なにも手につかない。


 現実を受け入れることが、どうしてもできなかった。


 美咲が死んだ。


 拓海も死んだ。


 犯人は捕まっていない。


 ――つまり、どこかにいる。


 田中の言葉が、また戻ってくる。


 ――そいつがやったんだ。


 そいつ。


 誰のことなのか。


 分からない。


 田中は、優斗を疑っていた。


 優斗は否定していた。


 いつも落ち着いている優斗が、必死に。


 分からないのに、胸の奥がざわつく。


 夜、優斗が来た。


 優斗は何も言わず、コンビニの袋をテーブルに置いた。


「食べられそうなものだけでいい」


 プリンと、スープと、水。


 美咲が昔、同じように持ってきてくれたことを思い出して、喉の奥が詰まった。


 優斗は、隣に座った。


 触れるか触れないかくらいの距離で。


 無理に抱きしめない。


 無理に励まさない。


 ただ、そこにいた。


 その優しさに、香帆は少しだけ力を抜いた。


 でも、なぜか、泣けなかった。


「犯人、捕まるよ」


 優斗は迷わなかった。


「警察が調べてる」


 香帆は頷いた。


 そうだと思いたかった。


 そうじゃないと、立っていられなかった。


 でも、心のどこかで、別の声がした。


 美咲は、何かを見ていた。


 何かに気づいていた。


 だから、殺された気がした。


 そこまで考えて、香帆は目を閉じた。


 考えたくなかった。


 でも、もう戻れなかった。


 テレビを消しても、会社に行っても、優斗が隣にいても。


 美咲がいない世界は、どこまでも続いていた。


 どこかに、犯人がいる。

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