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同じ場所


 朝、目が覚めたとき、最初に浮かんだのは優斗の顔だった。


 駅で待っていた優斗。


 連絡もなく、当たり前のようにそこにいた。


 ――近くにいたから。


 その言葉が、頭から離れない。


 近くって、どこ?


 そこまで考えて、やめた。


 意味のないことを考えている気がした。


 香帆はしばらく天井を見つめたまま、動けなかった。


 起き上がり、支度をする。


 テレビをつける。


 音が流れる。


 でも、内容は頭に入ってこなかった。


 ――


 出勤途中、いつもの道を歩く。


 人の流れに混ざる。


 同じ時間。


 同じ景色。


 なのに、どこか落ち着かない。


 視線を感じる。


 振り返る。


 誰もいない。


 ただの通行人。


 それでも、もう一度振り返りたくなる。


 自分でもわかっていた。


 気にしすぎだと。


 それでも。


 足が少しだけ速くなる。


 会社に着いても、その感覚は消えなかった。


 仕事に集中しようとする。


 メールを返す。


 資料を確認する。


 数字を打ち込む。


 ミスはなかった。


 でも、集中できている感じがしない。


「中村さん」


 桐島の声だった。


 振り返る。


「今日、顔色悪くない?」


「大丈夫です」


 即答した。


 間を置かなかった。


「無理してない?」


「してないです」


 少し強くなった。


 自分でもわかった。


 桐島は一瞬だけ黙った。


「そっか」


 それ以上は何も言わなかった。


 でも、視線だけが残った。


 見られている。


 その感覚が、消えない。


 ――


 昼休み。


 スマートフォンが震える。


 優斗だった。


『今、何してる?』


 短いメッセージ。


 何もおかしくない。


 なのに、少しだけ息が詰まる。


『休憩中』


 送る。


 すぐに既読がつく。


『今日は遅くなる?』


 画面を見つめる。


 どうして、その質問になるのか。


 少し考えてから、打つ。


『たぶん定時』


 数秒後。


『じゃあまた駅で』


 指が止まる。


 また。


 当たり前のように言われる。


 断る理由はない。


 でも、なぜか返事ができなかった。


 ――


 その頃。


 拓海は、同じ駅にいた。


 改札の外。


 少し離れた位置。


 人の流れに紛れるように立っている。


 昨日と同じ時間帯。


 同じ場所。


 同じ構図。


 違うのは、自分の立ち位置だけだった。


 観察する側。


 それだけだ。


 視線を動かす。


 改札。


 人の流れ。


 そして――


 優斗。


 いた。


 昨日と同じ場所。


 同じ姿勢。


 同じ視線。


 まるで、時間が止まっているみたいに。


 動かない。


 ただ、見ている。


 あのときと、何も変わっていない。


 ――やっぱりな。


 確信が、静かに固まる。


 偶然じゃない。


 これは、繰り返されている。


 習慣みたいに。


 日常みたいに。


 そのことの方が、異常だった。


 しばらくして。


 改札の奥に、香帆の姿が見えた。


 歩いてくる。


 昨日と同じように。


 何も知らないまま。


 優斗の視線が止まる。


 わずかに。


 本当にわずかに、変わる。


 その瞬間だけ、空気が変わった気がした。


 拓海は息を止めた。


 そのとき。


 一瞬だけ、優斗の目が動いた。


 こちらを見る。


 目が合う。


 逃げない。


 逸らさない。


 真正面から。


 それだけで、また香帆へ視線を戻した。


 完全に、無視された。


 拓海は、ゆっくりと息を吐いた。


 偶然でも、事故でもない。


 あの男は、ずっと香帆を見ている。


 そして今、俺が見ていることにも――気づいている。


 拓海は視線を外さなかった。


 考える。


 どう動く。


 どこまで踏み込む。


 答えは、もう決まっていた。


 逃げない。


 引かない。


 目を逸らさない。


 拓海は、その場から動けなかった。


 あの男は、昨日と同じ場所にいた。


 待っているみたいに――最初から、全部わかっていたみたいに。


 その夜、拓海は何もできなかった。

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