第36話
……それはつまり、来訪者を招き入れてしまったせいだろうか。乃亜は、小さな画面に映った、虫にまみれた口を思い出し気分が悪くなった。
「で、なんか奥の本棚のある部屋に案内されて。色んな物を見せてくれました。リュックとか、腕時計とか、眼鏡とか。どれも使い古されて、汚れていて。何なんだこれは? って感じでした。『森の仲間からもらった物だ』って言ってましたね。なんでも、会社辞めてからその森に何度も行って、拾って持ってきていたらしいです」
森で……拾った? 嫌な予感がした。
「あの、その中にはシュラフとかもありました?」
乃亜は恐る恐る聞いた。
「ああ、あったよ。確か青っぽいやつだったと思うけど。特に気味が悪かったよ、誰が使ったかわからないのに。拾ってきても、絶対使うわけないよなって」
深津はそう言うと、糸を引いた口で笑った。
乃亜は、昨晩のシュラフの感触を思い出して血の気が引いた。身体中がむず痒くなる。
「実はさ、今もその拾いもんがマンションに残ってるんだけど。全部郷田さんが集めたのか?」
「いえ、全部が全部、郷田が拾ったものでは無いそうです。郷田がマンションに入居する前から置いてあったものもあるらしくて」
「つまり、前の住人もその森で拾ったものを収集してたと……?」
「奴の話を聞く限り、そうだと思います。色々ありましたね、中には高そうな時計とか、ブランド物の財布とかも」
「……イカれてんな。乃亜も見たのか、そのコレクション?」
怜司は乃亜を振り返った。
「はい……ていうか、昨日そのシュラフ使いました。和室でも寝たく無かったので、書斎の床に敷いて」
乃亜は頭を抱えた。
「マジ!? すげーな、お前!」
怜司は手を叩いて笑った。
「知らなかったんだから、しょうがないじゃないですか! それより、郷田さんは何でそんなものを集めてたんですか?」
「『森との絆を深めるため』って言ってたけど、意味不明ですよね。あ……でも、どれだけ集めるつもりなんだ? って聞いたら、『もう欲しいものは見つけたから、拾いに行く必要は無い』って言ってました」
「欲しいもの……って、何ですか?」
乃亜は嫌な予感がした。
「さあ、それはわからないけど。それから、『満月の夜に、神様もやって来る』と言ってました」
怜司と乃亜は、顔を見合わせた。
「郷田さん、何か特定の宗教を信仰してたの?」
「いいえ、そんな様子はありませんでした。どちらかというと、クスリをキメてるんじゃないかと疑いましたね。今となってはわかりませんが……。とにかく、『森』のこと以外は何も話さないので、私はそこで諦めて帰ることにしました。で、私が帰ろうとすると、郷田はしきりに『お前も何か持って行け』とコレクションを勧めてきました。……それが郷田との最後のやり取りです。心配だったので、その後も何度か連絡を入れましたが、返信はありません」
深津は空っぽになったクリームソーダを啜った。
「なるほどねー。やっぱり、あのマンションでヤバい目にあったわけだ」
怜司は天井を回るシーリングファンを見上げながら言った。
「その『森』って、どこなんでしょうね?』
「さあな。それがわかれば手掛かりになりそうだが」
「あの……多分、その場所わかります。郷田が地図情報を送ってきたので」
深津が躊躇いながら、スマートフォンを差し出した。画面が滅茶苦茶に割れているが、地図アプリが北関東の県境の山を指しているのがわかった。
「深津さんナイス! それが知りたかったんだよ!」
怜司は、位置情報を自分のスマホに転送させた。
「あの、これで報酬はいただけますかね?」
「もちろん! じゃあ、コレどうぞ!」
深津は怜司から封筒を受け取ると、すぐに中身を確認し、安堵した表情を浮かべた。
「ありがとうございます。これでしばらくは生きていけます! それじゃ、し、失礼します」
「また何かあったらよろしくねー!」
深津はいそいそと、店のドアを開けた。
「あ、そうだ、深津さん!」
怜司に呼び止められて、慌てて振り返る。
「……まだ、何か?」
「あのさー、郷田さんのコレクション、何か貰った?」
深津は一瞬、驚いた表情を見せる。
「い、いいえ。あんなもの貰う訳ないじゃないですか、気味が悪い」
そう言うと、ドアを閉めて出て行った。乃亜達の座っているテーブルの窓の前を足早に歩いて行くのが見えた。すぐ側に、陰気な女が寄り添っていた。
「大丈夫ですか? あの人?」
乃亜は、背中を丸めて歩き去る深津を見て言った。
「言ったろ? 大丈夫じゃねえって。でも、多分ありゃあ自業自得だな」
「……どういうことですか?」
「きっと郷田の『コレクション』を持ち帰ったんだと思うぜ。金目のものでもあったんだろ」
怜司はアイスコーヒーを一気に飲んだ。
「『コレクション』って、あのマンションの?」
「ああ。それを介して、呪いが伝染したんだろうよ」
「なるほど、あの部屋の物を持ち出したのがいけないと……。って、ええ!?」
乃亜は思わず立ち上がった。
「どうしよう……」
「なんだよ? まさかお前もパクってんじゃねーだろーな?」
「違います! 深いこと考えずに、あの部屋にあったハンカチを小春に貸したのと、漫画を借りて家に置いて来ちゃっただけですよ」
「パクってんじゃねーか!」
「ちゃんと返すつもりでした! でも、小春も沙羅も、家で幽霊を見たって……」
怜司は腕を組んだ。
「なるほどな。ますますさっきの話の信ぴょう性が増したってわけか」
「そんな他人事みたいに! 小春と沙羅が危ないんですよ!」
乃亜は怜司の肩を掴んで揺さぶった。
「落ち着け! さっきの男も生きてただろ? すぐに命に関わる事はねぇよ」
「でも……」
「それに、忘れてるかもしれないがお前のほうが危ないんだぜ? 先に呪いを受けてるんだからな」
「う……そうかもしれませんけど」
「とにかく、さっきの情報をに調べさせるから待ってろ」
怜司はスマホを操作すると耳に当てた。
「朝倉か? 今から位置情報を送るから、急いでその土地について調べてくれ。緊急だよ、緊急! ……あ? そんなのどうでも良いから、こっちを調べろよ! 時間がかかる? 良いからさっさと調べろ! ……それから、山陽マンション604号室で住人が死んだ日をもう一度確認してくれ。……明日? 駄目だ、1時間以内に調べろ!」
電話を切ると、電子タバコを取り出してゆっくり煙を吸い込んだ。
「よし、行くか」
怜司は席を立った。
「どこに行くんですか?」
「あの部屋にに決まってんだろ。森の仲間とやらの絆を探そうじゃねーか」




