第37話
怜司は604号室に入るなり、書斎に行ってクローゼットを開けた。乃亜も後に続く。
「……こりゃあ大量だな。フリマサイトで全部売っぱらうか」
「そんなことしたら、買った人が大変なことになっちゃいますよ!」
「冗談に決まってんだろ」
使い古したリュックに靴、革の財布に毛布など……どれも変色したり、汚れが付いている。乃亜は、長年使い込まれた品だと思っていたが、何処かで拾ってきた物だとわかると、急に気味が悪くなった。
明らかに男が使っていたであろう腕時計や、女性向けのヒール等、少し考えてみれば同一人物の持ち物には見えない。もう少し想像力を働かせていれば……と思ったが後の祭りだ。
クローゼットだけではなく、本棚や、引き出しの中の物も取り出した。
乃亜は、引き出しの奥にあったモスグリーンの手帳をパラパラめくる。
汚い字で日記が書いてあった。上司がムカつくだとか、隣に住んでいる女が胸がでかいとか、他愛もない内容だったが、乃亜は何かが記憶に引っかかった。
「この手帳、もしかして……」
「ん? 何か気になるもんでも見つけたのか?」
他の品を漁っていた怜司が声をかける。
「夢の中で見た、作業着の男の人が探してた手帳かもしれません」
「ふーん……まあ、お前は『見える』し、夢でも影響を受けやすいのかもな」
怜司が手帳をめくっていると、スマホが鳴った。
「朝倉か? さっきの件は……おお! やるじゃねえか! ちょっと待て。こっちはもう1人いるから、スピーカーにするぞ」
怜司がスマホをテーブルの上に置くと、こもった男の声が聞こえてきた。
「もしもし、聞こえます? さっき送ってもらった場所について調べたんですけど……もちろん、インターネットで検索しただけじゃありませんよ? 私の人脈と、推理力と、お金を使って調査したんですから。誰でも出来る事じゃありませんからね」
「ハイハイ。お前のリサーチ力は信用してるから、早く言えよ」
「失礼。それでは、単刀直入に言いますけど。送ってもらった場所……あそこはいわく付きの土地ですね」
朝倉は何だか楽しそうに言った。
「って言うと、何かあったんだな?」
「ハイ。まあ、心理的瑕疵とでも言いましょうか、なかなかショッキングな事があったんですね。うわあ、近付きたくないなぁ」
朝倉は一人で感嘆の声を上げた。
「あー、何があったかさっさと言えよ」
怜司は、わざとらしい朝倉の演技に苛立った。
「えー? それじゃあ言っちゃいますよ?」
くすくすと含み笑いを漏らした。
「11年前に、男女5人が集団で自殺してますね」
「……え?」
乃亜は絶句した。
「集団自殺だあ?」
「ハイ、SNSで知り合った自殺志願者が集まって、そこで自殺したそうですよ。自殺の方法はそんなに珍しくも無いのかもしれませんが……目張りをしたワゴン車の中で練炭を焚いたようです。一酸化炭素中毒ですね。しかし、一つ興味深い点がありましてね、コレは報道されてない情報なんですけど」
朝倉はまた一人で笑った。
「もったいぶらずに言えよ」
「5人がそれぞれ首にロープを縛って、お互いに結んでいたそうですよ……。つまり、5人の頭が数珠つなぎの状態でだったようです」
「……はあ? 何でそんな事したんだ?」
怜司は首を捻った。
「さあ? 確実に全員で死にたかったのかもしれませんが……。何だか、お互いに誰も逃げられないように縛り付けたみたいで、実に興味深いですねぇ」
知り合って間もない5人が、お互いに首をロープで結んで自殺した……?
想像を絶している。乃亜は息が苦しくなり、胸を押さえた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。続けてください」
乃亜は肩で息をしながら言った。
「おやおや、若い女の子がいるんですか?」
「前から話してるバイトだよ。良いから、さっさと言え」
「はあ。それからまだ、報道されていない事がありまして。全員、手の一部を怪我していたらしいです、怪我の詳細まではわかりませんが。それから皆、誰かを恨む書き置きがあったとか。車の中にも、『殺す』とか『呪う』とか物騒な文字が大量に書いてあったとのことです」
「……一体、どう言う連中なんだ?」
「生前の関係はほぼ無い、と思います。えーと、20代男性、30代女性、50代男性、10代女性、30代男性。住所もバラバラ、普通に生きてたら交わる事は無かったんでしょうね。たまたまネットで自殺志願者が出会ってしまい、集まったら本当に実行に移してしまったというところじゃないでしょうか。1人なら、死ねなかったかもしれないのに」
「俺には理解できねーな……。しかし、そいつらが死ぬ前から、その土地に何かあったのか?」
「あ、それは私も気になって調べたんですが、何も事件はありませんでしたよ。元々、人里から離れた山の中で訪れる人も少なかったらしいのですが……猿や猪はいたようですがね。そんな土地のせいか、猿の神様がいるっていう伝承もあったようです。まあ、長閑な場所ですね。もちろん、そんな所に来る人はほとんどいませんでした。しかしその頃、全国的にキャンプ場を作るブームがあったそうで、その場所も例に漏れず、山を開墾していたそうです。で、キャンプ場がもうすぐ完成するというところで、他県から来た連中がワゴンで乗り込んで自殺してしまったと」
「迷惑な話だな。そのキャンプ場は今もあるのか?」
「いえ。この件が関係しているのかははっきりしませんが、キャンプ場の開発は中止になったようです」
「絶対関係してるだろ。そんな事件があった所に泊まりたくねーし」
「まあ、そうですよねぇ。実際、ネットの一部界隈では話題になっていたようですし」
「だろうな。それじゃあ誰も寄り付かねーだろ」
「そう思うでしょ! それがですねえ……」
ヒヒヒ、と朝倉は笑った。
「噂を聞きつけたのか、同じ場所で自殺する人間が増えたんですよ! 確認できただけで9人は死んでますね。自殺の名所になりつつあるそうです。今、注目のスポットですよ!」
「タチの悪い場所だな……」
「でも柊木さん、その場所が新宿のマンションと何の関係があるんですか?」
乃亜がもっともな疑問を投げた。
「俺にもわからん。それより、もう一つ頼んでいた事は調べたのか?」
「604号室で人が死んだ日ですか? えーと……」
怜司は朝倉が読み上げる日付をメモ帳に書いて、通話を切るとスマホで何かを調べ始めた。メモした日付を一件ずつ確認しているようだ。
乃亜は気分が悪くなり、床にへたり込んだ。自殺の名所の物を拾ってくるなんて、どうかしている。おそらくこの部屋の住人は、その森からの来訪者のせいで頭がおかしくなり、恐ろしい結末を迎えたのだろう。そして、近いうちに自分も……。いや、私はまだ死ぬわけにはいかない。
ふと前を見ると座った視線の先、本棚の下部にボタンが見えた。何のボタンだろう? 乃亜が何も考えずにボタンを押すと、本棚がガラガラと音を立てて横にスライドした。
「おいおい、何やってんだよお前!?」
怜司が慌ててやって来た。
「ボタンを押しただけですよ! 何のボタンかわかりませんけど」




